第1話 VR始めてみませんか?
続きもののくせに不定期投稿です。
出来れば週一くらいで更新していきたいです。
宜しくお願いします。
21世紀も四分の一が過ぎた頃。
「失われた20年」から「失われてはいない40年(予定)」へと移行した景気は、大きくバブりもせず、かと言ってスパイラルにデフりもせず、正社員にはなれない派遣でも結婚できる程度の稼ぎを保障してくれようになっていた。
高望みしなければ趣味に軽くのめり込めるくらいの余裕もできる。恋人作れない系独身主義者には優しい時代だ。
そんな良くも悪くもユルユルな時代に華々しく現れた新時代の遊び――
それが、「バーチャル・リアリティー・ゲーム」だ。
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「お早うございまーす……?」
ある日、俺、白森譲が出勤すると、休憩室の一角に人集りが出来ていた。
何だろうと近寄ってみると、職場きっての廃ゲーマーである同僚の遠金敦夫が、何やら箱を抱えて周囲の人間に声を掛けていた。
「どした? 何かあったのか?」
「あ、白森さん、良いところに」
いつものように挨拶して人集りに加わると、遠金が餌を持ってきた下僕を見つけたドラ猫さながらの視線を俺に向けてきた。厄介事が這い寄ってくる予感に、思わず半歩下がる。
「白森さん、VRゲームやった事ないッスよね。これを機会に始めましょうよ」
「いきなり何の話だ」
「これなんスよ、これ」
そう言いながら、バイクのヘルメットよりふた回り程大きな箱を俺に見せる。箱には何やらシンプルなカラーリングのヘルメットの写真と「Vertual Reality Connector」の文字がでかでかと、印刷されていた。
「ん? これが噂の『バーチャル・リアリティー・コネクター』って奴か」
「そうッス。今時、ゲーマーでこれを持ってない奴は、モグリを通り越して化石ッスね、化石」
「いや、俺ぁゲーマーじゃないし、パソコンなら一応1台持ってるからな。2台も3台も要らん」
「バーチャル・リアリティー・コネクター」とは、VRゲームを遊ぶ際に必要なアイテムの一つで、バイクのヘルメットに似た形をしている、らしい。このヘルメットの中に、結構ハイスペックなパソコンと、脳みそと情報のやり取りをする為のセンサーやらが押し込められているんだそうだ。
まあ、俺が知っているのはテレビやネットの広告に出ている話くらいで、実物を見た事は無いんだが。
「いや、パソコンじゃないッス。似たようなもんスけど、あくまでVRゲーム専用のインターフェースなんで、パソコンみたいに何でも出来るわけじゃないッス。てゆーか、こいつをパソコンに繋いで使うんスから」
「……なるほど、解らん」
「理解する気ゼロッスか!?」
「ゲームなんて殆んどやらんし、パソコンだってメールくらいしか使わんし」
「ですから、この際思い切ってVRデビューしちゃいましょうYO!」
「なんでやねん!」
思わず関西系新喜劇っぽく突っ込んでしまった。しかもチョップ付きで。
ともあれ、詳しい経緯を遠金から聞き出すと、以下のようになった。
「いやぁ、実は前に応募していた懸賞が今頃になって当選通知してきたんスよ。前って言っても一年くらいッスかね。ちょうどその頃創刊したVRゲーム誌の記念プレゼントだったんス。自分は既にVRコネクターは持ってたんスけど、応募するだけならタダだしどうせ外れるだろうしこういうのは応募する事に意義があるとかそんな感じで応募してみたんスけど、まさか賞品の発送がここまで遅いなんて知らなくてすっかり忘れてたんスよね。しかも当選者の発表は発想をもって代えさせて頂きますとか何時の時代の懸賞だよと小一時間問い詰めたい昭和っぷりだったッスし。ええ、それでこのVRコネクターが当たったンス。まさか当たるとは思ってなかったし家にダブらせてても仕方ないスしどうせなら一緒に遊んでくれる人にプレゼントしようかな~なんて。そんなワケで白森さん、VRやりましょうよ、VR!」
……却下だな。
「悪いが他を当たってくれ。俺ぁアクション系のゲームにゃ向いてないんだ」
「大丈夫ッス。ちゃんと自分がフォローするッスから」
「ゲームなんて大昔に遊んだ事があるだけで、昨今のゲーム事情なんて全然分からんし――」
「そんなもん、ゲームを始めれば直ぐに追いつくッス」
「死んだ祖母ちゃんが『お前はゲームにだけは手を出すな』と――」
「先週職場の皆に差し入れてくれたせんべい、そのお祖母ちゃんが送ってくれたって言ってませんでした?」
「ゲームパッドを持つと全身に蕁麻疹が――」
「VRだからゲームパッドは持たないッス。さすがに苦しくなってきてないスか?」
そんな漫才もどきを繰り広げた結果、齢45にして、何故かVRゲームを始める事になってしまった。
ゲームなんて、大学時代以来だから……25年ぶりくらいか? どうなる事やら。
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定時に仕事が終わってから遠金から例の箱と遠金お勧めのゲームを受け取る。
ゲームのタイトルは『SPACE OPERA ONLINE』と言うらしい。箱の中にはカセットROMもCDもFDも入っている様子はない。
「中に入ってんのはシリアルコードを書いた紙と説明用紙くらいッスよ。ソフト本体はダウンロードになるッス」
「ふぅむ。最近のゲームはそうなってんのか……それはそうと、どんなゲームなんだ?」
「MMORPGッス……と言っても白森さん解んないスよね」
「ああ、解らん。RPGなら昔やった事があるが」
「MMOってのは、百人とか千人規模でプレイするゲームの事ッス。RPGで言うと、魔王を倒したい勇者が団体で競争してる、みたいな感じッスかね」
「はぁ……その中で一番強い奴が魔王を倒す、ってわけか。倒される魔王の方も大変だな」
「無理に魔王を倒す必要も無いッスけどね。その辺は他のプレイヤーに任せて、自分はアイテム製作や商売ばっかりやれるってのがMMOの売りの一つなんで」
遠金の説明からゲームを想像してみる。千人の勇者が魔王を倒そうとしたり、倒さずにアイテム販売やら何やらを勝手にやってる世界……
「……混沌だな。よく解らん」
「やってみるのが一番ッスよ。ちなみに、今渡したゲームはファンタジー物じゃなくてSF物ッス」
「ああ、タイトルを見ればそれくらいは解る。無限に広がる大宇宙を縦横無尽に駆け巡るんだろ?」
「残念ながら、そこまではまだッスね。現時点では、移動できる宇宙空間は星系内の一部だけッス。基本は惑星上でのドンパチッスね」
どうやら真空で髑髏の旗を翻す秋刀魚傷の宇宙海賊だの、見てくれの悪い宇宙船に乗った運び屋だのには、出会えそうにないようだ。
「いや、宇宙マップが充実してきても、そのへんは流石に出てこないッスよ? 版権上」
貴様はエスパーか。
突っ込み代わりに遠金をジト目でひと睨みしてから、おもむろに財布を取り出す。流石にこれをタダって訳にもいかんだろう。
「いや、良いッスよ。これは自分が無理やり誘ったんスから。それに来月からは白森さんが払うんスし」
「何?」
「MMOってゲームはオンライン上でずっと稼動してるんスよ。なんで、最初のパッケージ代金以外にも、継続料金として毎月5千円が必要なんス」
「うげぇ……遊んでいない時間の分まで払わにゃならんとは……」
「逆に考えれば継続中は月5千円で遊び放題ッスよ? まあ、有料アイテムとかに手を出すんなら別ッスけど」
「な、なるほど……」
思わず、財布と手をじっと見てしまった。
「大丈夫ッスか……?」
「……大丈夫だ。問題無い」
月5千円か……まあ、何とかなるだろう。今のところ大きな出費の予定も無いし。
何だかんだの交渉? の末、ゲームのパッケージ代金だけ払う事で双方の合意に達した。バーチャル・リアリティー・コネクターの方は遠金も懸賞で当てたので出費が無かったのと、店頭価格を聞いた俺が光の速さでお言葉に甘えたからだ。まさかスクーターの新車よりも高かったとは。
じゃあ、9時にゲーム内で待ち合わせしましょう、という事になり、いつもよりやや遅く職場を出た。
ちなみに他の同僚達に聞いたところ、VRゲームに興味を持っている奴らは既に一式購入済み。持っていない奴らは俺より年上か、俺以上にゲームと無縁の人生を歩んでいる方々だった。
結局、俺が一番適切な生贄って事だったらしい。
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帰宅の途中でコンビニに立ち寄り、今日の晩飯を購入。
基本的に飯は自炊を心掛けているんだが、今日は時間に余裕を持たせておきたいので、弁当で済ませる事にした。
ちゃっちゃと晩飯を済ませて遠金から貰った箱を開ける。寄木細工みたいなダンボールの緩衝材を取り外しすと、黒光りするプラスティック製のヘルメットが姿を現した。よく見ると、ヘルメットと言うよりは、どこぞの冒険小説に出てきそうな鉄仮面のプラスティック版みたいな形状だ。不透明なバイザーを下ろすと顔のうち外に出ているのは鼻から下だけになるらしい。
取り出して一通り眺めてから箱の中を確認すると、折りたたんだ紙が出てきた。
「ふむ、これが説明書か」
広げてみると、A3の紙にかなり大きめの書体とイラスト入りでこのヘルメットの初期設定のやり方が書かれていた。これなら俺でなくても、それこそゲームやってない暦50年の三崎さん――職場の同僚の一人だ――でも出来そうだ。
マニュアルを見ながらヘルメットからの無線を受信するアンテナをパソコンのコネクターに差してから電源を入れる。後は立ち上がったパソコンの画面に表示される指示に従って初期設定を済ませていく。多少時間は掛かったが、何とか無事に設定が完了した。
続いてゲームのインストールを始める。
パッケージの箱を開けると紙が二枚入っていた。一枚目にはこのゲームを一ヶ月プレイする為のIDが印刷されており、折りたたんである二枚目がインストールの説明書だった。こちらの説明書はB5の紙にちまちまとイラスト無しで手順が書いてある。
それを読みながら『SPACE OPERA ONLINE』のオフィシャルサイトへ行って、アカウントの登録を済ませる。それからゲームプログラムのダウンロードを始めた……のだが……
「……遅い」
進捗を表すバーはノロノロとナマケモノも裸足で逃げ出すペースで進んでいる。これじゃダウンロードだけで日付が変わりそうなんだが。
仕方ないので今の内にゲームの情報を少しでも勉強しておくかとブラウザの新しいタブを開いてみたが、ページの表示が重過ぎる。これ以上パソコンに負担を掛けたらダウンロードが終わらなくなりそうだ。
じっと我慢して待つしかないな、こりゃ……。
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