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08.思惑

 

「――困りましたねぇ。生憎と、貴重な騎馬砲兵の数を割くわけにはいかないのですよ」


 再起不能と化した練兵場の件をリーゼロッテに報告すべく司令室までやって来ると、扉の前にふたりの姿があった。

 ひとりは、何やら困った顔で白髪を撫でるアウグスト。そして、もうひとりは――。


 「そ、そこを何とかお願いします……!! 軍馬の数が足りないせいで、騎兵が定員割れしているんです。一頭でも構いません、こちらに回して頂けませんか?」


 金髪をポニーテールに結った見るからに活発そうな少女。きっちりと軍服に身を包んだその姿には見覚えがあった。

 どうやら、部隊間の調整に関してアウグストに陳情しているらしい。

 ふたりに近付くと、俺の存在に気が付いたアウグストが妙に嬉しそうな顔をして声を掛けてきた。


 「……おや、これはこれはエイン殿。このようなところへどうなされましたかな? さては、暇を持て余した少佐殿をたぶらかしに――」 


 「……違います。いえ、リヒテナウアー少佐に用があるのは事実ですが……」


 相変わらず油断ならない御仁だ。下らない冗談を言い切る前に制止するに限る。

 しかし、俺はともかく、自らが仕えるリーゼロッテまで貶めるような発言をして大丈夫なのだろうか。

 そう思っていると、俺を見詰めるもう一方の冷たい視線に気が付いた。


 「――随分と御無沙汰ね、“英雄”様? 話には聞いていたけれど、本当に軍に復帰しているとは思わなかったわ」


 あからさまな敵意を剥き出しにして俺を睨む少女。

 ある程度予測していたとはいえ、その忌むべき呼び名は俺の心に嫌な響きをもたらすものがあった。


 「……御壮健そうで何よりです、ブレーメ大尉」


 ――カティア・ブレーメ。

 グレンツェ要塞が擁する一個騎兵連隊、その第一大隊長を弱冠十九歳にして務める若き秀才。

 平民出身ながらも、幼くして戦場で挙げた数々の武勲をリーゼロッテに認められ、リヒテナウアー家に仕える騎士となった経緯を持っている。

 

 「……ふん。言っておくけど、あんたのことは信用していないから。例の決戦兵器も、どこまでが噂通りなのやら。せいぜい、私達の足手まといにはならないようにしてちょうだい」


 相も変わらず手厳しいことを仰る。俺よりも五つ年下だが、その気概の強さは折り紙付きといっていい。


 (……やはり、一般の兵卒の間では期待されていないようだな)


 もっとも、彼女がサクラの存在を危惧する理由もよく解る。

 兵士が扱う兵器や装備は、信頼性が第一。如何に優れた威力や射程を誇ろうとも、その性能が十全に発揮できなくては宝の持ち腐れも極まる。

 つまり、今のサクラがどこまで帝国軍の期待に答えられるかは、今後の俺の裁量に掛かっているということ。

 しばしカティアと剣呑な視線を交わしていると、不意に司令室の扉が開いた。 


 「……何やら騒がしいが、一体どうした?」


 「り、リゼ様!? あっ、いえ、リヒテナウアー少佐、これはですね……」


 司令室から出てきたリーゼロッテの姿に、カティアは慌てて姿勢を正す。

 彼女は騎士としてリーゼロッテに忠誠を誓っているとともに、ひとりの女性として心の底から心酔しているようであった。

 憧れの人物を前にして緊張するカティアに代わって、アウグストが状況を説明する。


 「ええ、それがですね。ブレーメ大尉が騎兵連隊に軍馬を回して欲しいと陳情なされたものでして。しかし、騎馬砲兵は今や重要な機動火力源。故に、砲兵連隊から軍馬を抽出するには少々厳しいかと存じますが……如何が為されますかな?」


 アウグストの指摘にリーゼロッテが頷く。

 既に返す言葉は決まっていたのだろう。彼女はカティアの方を見て諭すように声を掛けた。


 「カティア。分かっているとは思うが、どこの部隊も定員を満たせていないのが現状だ。定員割れしていない部隊などひとつもない。……だから、ここは我慢してくれ。以前の報告にもあったが、必要最低限の数は揃っているのだろう?」


 「……は、はい。ですが……」


 それでもなお尻込むカティアに、リーゼロッテは優しく語りかける。


 「大きな戦争を前にして、自らが率いる部隊の戦力を充実させたいという気持ちはよく解る。兵力不足が原因で、部下を死なせたくないという気持ちもな」


 リーゼロッテの紡ぐ言葉を、カティアは真剣な面持ちで聞き入っている。

 グレンツェ要塞の司令官たる彼女に、相当な信頼を寄せていることは容易に察せられた。


 「……だがな、この要塞には他にも頼れる部隊がいる。不足している部分は、彼らが補填することも可能だ。……ここはひとつ、戦場での私の采配に任せてはもらえないか?」


 心にすっと染み入るような、リーゼロッテの確信に満ちた言葉。

 要塞の守護を預かる司令官にここまで説得されれば、否が応にも納得せざるを得ないだろう。

 リーゼロッテとアウグストが見守るなか、カティアはしぶしぶと頷いた。


 「……わ、分かりました。御足労をお掛けして、申し訳ありません……」


 頭を下げるカティア。それを見たリーゼロッテが優しく微笑む。


 「分かってくれればそれでいい。今後の活躍、期待しているぞ」


 「は、はい!! ……で、では、私はこれで。し、失礼致します」


 カティアはぎくしゃくとした礼を執ると踵を返し、廊下を退き返していった。


 「……彼女には、意地の悪いことをしてしまいましたな」


 カティアが廊下の奥に去ると、アウグストが重い息を吐きながら切り出した。

 その言葉を聞いたリーゼロッテが、頭を抱えて唸る。


 「仕方ありません。補給先の優先順位が劣っているおかげで、人員や装備の不足は未だ解消できていないのが現状ですから」


 おそらく、補給が最優先で行われている地域は、ザトゥルンの第一目標と目されている帝国南部のシュペーア要塞だろう。

 それに比べ、同じく最前線に在りながら、ここグレンツェ要塞に送られた援軍はサクラたったひとり。

 軍上層部の思惑を深く詮索しても詮無いが、この差には何か関係があるのだろうか。


 「それでも、限られた時間と装備のなか、カティアはよくやってくれています。いずれ、労ってやらねば」


 そう言って、リーゼロッテが小さく微笑む。

 部下思いなところは実に彼女らしい。軍内部のみならず、城塞都市における彼女の人気の高さも頷けるというもの。

 そんなことを考えていると、ほとんど蚊帳の外にいる状態だった俺を見とめたリーゼロッテが、口を開いた。


 「……で、お前は私に何の用だ?」


 「あ、ああ。それが、練兵場について少しな……」


 言い難い案件ではあるが、隠していてもいずれは露わになることだ。

 心苦しいが、ここで言っておかなければ確実に後悔する。


 「練兵場? ……ああ、そうだ。サクラの調子はどうだ? 上手くいっているのか?」


 「……いや、その前にだな」


 「ちょうどいい。私もサクラの様子を見ておこうと思っていたところだ。直接、練兵場まで出向こう」


 そう言うと、リーゼロッテは俺の言葉には見向きもせず、練兵場へと向けて廊下を歩いていった。


 「ご苦労なされていますね、エイン殿」


 残された俺の隣に、アウグストが歩み出る。


 「……ですが、お嬢様の手綱は貴方がしっかりと握っておいてください。あの方に気兼ねなく接することができる者は、貴方をおいて他にふたりといないのですから」


 後先短い老いぼれからのお願いです、と付け加えると、アウグストはさも愉快げに低く笑った。

 しれっと言ったこの言葉。果たして、リヒテナウアー家に仕える家臣なりの助言なのか、はたまた単なる冗談なのか。

 彼の笑いに砕けた表情からは、如何とも判別し難い。


 「では、私もこれにて失礼致します」


 アウグストがわざわざ俺にまで礼を執ると、彼もまた、踵を返して廊下の奥へと姿を消していった。


 (……相変わらず読めない人だ。いや、それよりも今は――)


 先行したリーゼロッテの方が気掛かりだった。早急に練兵場の有り様を伝えねば、こちらの命が危うい。

 予測される最悪の結末を胸に仕舞い、急いで彼女の後を追いかけた。


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