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07.模擬試合

 「――“Lohen(ローエン)”ッ!!」


 前方にかざした右手。その指向した先の空間に、赤々とした炎が舞った。

 踊り狂う火焔。狙う先には、ひとりの少女。

 舐めるようにして襲い掛かる炎に、彼女は臆することなく対峙したまま、こちらと同様に手をかざして応える。


 「――“Wasser(ヴァッサー)”」


 少女が密やかに詠唱すると同時。彼女の周辺から、無数の水弾が射出された。

 撃ち放たれた水弾は、燃え盛る炎に狙い過たず直撃。その身を破裂させ、群がる火焔を一瞬にして消滅させる。

 だが、それだけでは終わらなかった。有り余る魔力によって形成された水弾の飛沫は、更なる水弾を生み出してこちらに迫り来る。


 (……やはり、単一の魔術を構成する魔力量が桁違いだな)

 

 飛来する水弾の数を確認。その数、六。

 即座に対抗手段を構築し、魔術のイメージを現実に投影する。

 魔力量、固定。発動個所、固定。イメージ、固定。


 「――“Felsen(フェルゼン)”ッ!!」


 一気呵成に詠唱を紡ぎ、練兵場の地面に手を押し当てる。

 直後、前方に巨大な岩壁が楯となってせり上がり、高速で飛来してきた水弾を弾いて四散させた。


 (ここまでは一進一退、といったところか。……だが、早急に隙を探して仕留めねば、魔力量の差でこちらがやられる)


 そそり立つ岩壁の向こうにいるであろう少女――サクラの力量を測りつつ唇を噛む。

 彼女の放つ魔術は下級のそれでありながらも、使用する魔力量はこちらと違って潤沢。

 故に、威力や範囲、特性といった諸々の要素が大きく底上げされている。実に厄介であった。


 (……先に、剣の扱い方を教えておいて正解だったな)


 魔術の講義を終えた翌日。早朝から練兵場を借り、サクラに魔術の稽古を付けているのだが――。

 相も変わらず、彼女の潜在能力の高さには舌を捲かされる。

 俺が教授せずとも、彼女の魔術は充分即戦力レベルにまで昇華されており、稽古とはもはや名ばかりで、既に実戦さながらの様相を呈し始めていた。


 (……ッ!?)


 微細な魔力の流れを感じ取る。サクラが仕掛けてくるか。 

 瞬間、練兵場の砂埃が舞い、風の流れが一変した。


 「――“Wind(ヴィント)”」


 サクラが詠唱を発したと同時。眼前にあった岩壁は風の刃によって粉々に砕け散った。

 更に、俺を取り囲むようにして膨大な魔力の奔流が渦巻く。その狙いは。


 (……眼眩ましか……ッ!!)


 直後、風によって巻き上げられた砂塵が煙幕となって視界を奪う。

 たまらず、対抗手段の魔術を選定し、現実に投影する。


 「――“Wasser(ヴァッサー)”……ッ!!」


 強烈な塵旋風によって眼が眩むなか、四方に向けて無数の水流を放つ。

 そのまま水を操り、俺を中心とした円環状に練って結合し、周囲を覆う即席の楯とする。

 構築したドーム状の水壁によって幾らかは砂塵の混入を防いでいるが、防戦一方では話にならない。

 ならば、ここで打つべき一手は――。


 「――“Wind(ヴィント)”」


 再び、サクラの魔術が放たれる。槍状に形成された無数の風弾が、水壁を切り裂いて殺到した。


 「……ッ!!」


 魔力の流れを読み取り、辛うじて躱す。

 互いに威力をセーブしているとはいえ、撃ち放たれた複数の風弾が皮膚を切り裂いていった。


 (……だが、位置は見て取ったぞ……ッ!!)

 

 鋭い痛みを気力で振り払い、サクラが風弾を射出したと思しき地点目掛け、直下の地面に拳を振り下ろす。


 「――“Felsen(フェルゼン)”ッ!!」


 瞬間、魔力を通した地面が一直線に次々と隆起し、ひび割れていく。

 激しい振動と共に魔力が突き進んでいく、その先には。


 「――ッ!?」


 驚愕に喘ぐサクラ。大地の震動によって足場が崩されては、立つことはおろか、魔術の制御に集中できまい。

 想定通り、魔術を維持できなくなったのか、先程から猛威を振るっていた塵旋風は消失した。

 今が好機。ほくそ笑んだ俺は、周囲に張り巡らせていた水壁をかなぐり捨て、裂けた大地に魔力を通す。

 イメージするは炎。火山の噴火が如く、断裂した地層から業火を生じさせる。


 「――“Lohen(ローエン)”ッ!!」


 直後、紡いだ詠唱が魔術を発動させ、大地に通した魔力がうねるようにしてサクラに殺到する。

 裂けた地面から次々と噴き上がる炎柱。地属性魔術で道を切り拓き、火属性魔術で止めを刺す。

 二段階による魔術の行使、複数の属性を扱える魔術師のみが為し得る多段攻撃の一種であった。


 「――“Wasser(ヴァッサー)”……!!」


 サクラが対抗手段として水弾を放つが、もう遅い。

 無数に枝分かれした地割れの中を進む炎は、既に広範囲に広がっている。

 水弾を放つならば、最大魔力で撃ち放つべきだった。だが、最後まで抗おうとしたその精神は称賛に値する。

 逃げ場を失ったサクラを、噴き上がる炎が襲う寸前。俺は魔力を打ち消して、群がる火焔を消失させた。

 

 「……合格だ、サクラ。魔術の基礎は問題ない。無論、それを利用した戦い方もな」


 彼女に声を掛けつつ近付く。地面にへたり込んでしまったサクラの手を取り、立ち上がらせた。

 だが、俺の顔を見る彼女の表情はどこか不機嫌で、どうやら負けてしまったことが悔しいらしい。


 (……大人げないことをしてしまったか)


 魔術の基礎能力を測るためとはいえ、最後は彼女に勝たせて花を持たせるべきだったかもしれない。

 いや、魔術の教授はここからが本番だ。決して、現状に甘んじてはいけない。

 魔術の基本をマスターした今、次はサクラ自身が扱える戦略級の魔術を模索し、来るべき闘争に備えて構築していく必要がある。

 そう思い悩んでいたところ、俺の袖をくいくいと引っ張る感触があった。サクラがこちらを見詰める。


 「……これ、怒られる……?」


 そう言って彼女が指し示したものは、魔術によって地面が引き裂かれた練兵場。

 一部は水弾によって泥状化し、一部は炎によって真っ黒に焼け焦げていた。

 この状態では、到底本来の練兵場としての機能を果たせない。


 (……しまった。調子に乗り過ぎたか……)


 サクラとの魔術戦に年甲斐もなく興奮し、後先省みず魔術をぶっ放した結果だった。

 何はともあれ、リーゼロッテに報告しなくてはならないだろう。彼女の性格を鑑みれば、相当絞られることは眼に見えている。

 自業自得の逃れられない運命とはいえ、重い溜息を吐かざるを得なかった。


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