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06.魔術Ⅱ

 昼食を摂り終え、一息ついたところで本題に入る。

 厨房に無理を言って取り変えた温かい昼食に満足したのか、サクラの表情は心なしか上機嫌だった。


 「……さて、ここからは後半戦だ。今までの説明は、魔術を扱う上での心構えのようなもの。それを踏まえた上で、次は実戦的な魔術について説明していこう」


 ここから彼女に話す内容は、より実戦的。つまり、人を殺す術であると同時に、己の身を護るための術でもある。

 難解な説明をなるべく理解してもらえるよう、俺はひとつひとつ細かく噛み砕いてサクラに話していった。

  

 「まず、魔術には地水火風の四つの属性がある。それぞれの特性を活かし、最大限に活用することができれば、並大抵の敵は尽く滅ぶだろう。……だが、その力を扱うには、常に犠牲となるものがあるということを忘れてはならない。分かるか?」


 俺の出した問いに、サクラは即座に答えてみせた。


 「……魔力……?」


 サクラの回答に頷く。報告書にあった通り、魔術の基礎については理解しているようだ。


 「魔術師が持ち得る魔力量は個人によって決まるが、それは決して無限ではない。如何に魔術を究めた者とて、強力な魔術を乱発すればいずれは尽きる」


 この定義に例外はなく、魔力量未知数を誇るサクラとて、この法則からは絶対に逃れられない。

 大きな力には代償が付き纏う。どこの世界でも不変の事実であった。


 「……さて、ここで重要となってくる要素がひとつ。それは、実戦で対峙した相手の力量と特性を即座に見極める能力だ。これを養わなければ、一流の魔術師とは言えない」


 俺の言葉に、サクラが首を傾げる。


 「先程も説明した通り、魔力は有限だ。故に、魔術師にとって戦場における魔力の枯渇は死に繋がる。それはすなわち、戦う術を失うということに他ならないからな。だから、魔術は戦う相手によって効率よく使用していく必要がある」


 例えば、魔術を放つ標的が平服に近い軽装歩兵であれば、然程の魔力を割かずともその身を煮るなり焼くなり好きにできる。

 しかし、標的が堅固な鎧を纏った重装歩兵であった場合。その分厚い装甲を喰い破るためには、必然的に強力な魔術の発動を迫られる。

 このように、魔術師は何時如何なる時も最適な魔術を構築できるよう、常に彼我の力量と特性を測り、不必要な魔力の温存に努めながら戦うことがセオリーだった。


 「……まぁ、お前さんの場合、膨大な魔力量を保有しているから、敵軍に強力な魔術を闇雲に撃ち込むだけでも実際は問題ない。……だが、状況が変わればそうもいかない。これは、後程併せて説明しよう」


 サクラは時折首を縦に振って頷きながら、俺の説明を黙って聞いている。

 速成の欠点とはいえ、彼女がどこまで理解できているか不安になるが、ともかく説明しておくのとおかないのでは全く違う。


 「では、次の説明に移ろう。魔術の発動には、基本的に詠唱が必要となる。これは、練達した者であれば無詠唱でも発動可能だが、強力な魔術に関してはそうもいかない。ましてや、戦場に立つならば強力な魔術のひとつやふたつでもまともに扱えんと話にならんからな」


 そこまで説明したところで、サクラが心許ない様子で小さく手を挙げた。


 「……ひとつ、質問が……」


 そのまま、彼女の疑問を促す。


 「……詠唱の意味って、何ですか……?」


 彼女が提示した問題は妥当なものだった。魔術を学ぶ者ならば、誰しもが疑問に思うことだろう。


 「分かりやすく説明するならば、そうだな。……言魂、という言葉を知っているか?」


 サクラは首を横に振って否定を示した。やはり、この世界では聞きなれない言葉か。


 「言魂とは、声に出した言葉が現実の事象となって現れる現象のことだ。魔術においては、これを一種の自己暗示として利用する。……つまり、脳内でイメージした魔術を現実のものとして固定するための手段だ」


 「……イメージ?」


 サクラが首を傾げ、不思議そうな表情で俺を見詰める。

 

 「ああ、そうだ。さっきの昼食でも、サクラは冷えた食事を魔術で温め直そうとしただろう? あの時、頭の中で何をイメージした?」


 そう尋ねると、サクラは紅い瞳を閉じ、先刻を思い出すようにして思考に耽る。

 しばらく考える素振りをした後、自らが思い描いたイメージを確かめるようにして口を開いた。


 「……炎が、燃えるような……?」


 なるほど、糧食を温め直すには随分と過激なイメージだが、俺の求めるイメージとそう大差はない。


 「その感覚だ。魔術師は、魔術の発動に関して脳内でのイメージを最も重要とする。具現化したいイメージを固定できれば、後は詠唱の方から勝手に付いてくる。それで魔術は完成だ」


 そこまで言い終えると、サクラは得心がいった様子で頷いた。

 どうやら、魔術のイメージに関しては理解がしやすかったらしい。

 実際、魔術のイメージは創造力の豊かな子供の方に適正が出やすいと中央の研究室では言われている。


 「……魔術の講義に関してはこれで終了とする。よく頑張ったな。……だが、最後にひとつ。ここで、サクラの疑問に答えておこう。何故、魔術を教える前に剣の扱い方を教えたか、という疑問にな」


 サクラ自身も忘れかけていたのか、それを聞いて興味津津な様子となる。

 彼女も理不尽に思っていただろう剣術の稽古。

 魔術の講義を終えた今ならば、納得のいくものとなるはずだ。


 「魔術の発動に必要不可欠なものは魔力と詠唱、これは既に理解していると思う。……そこで、だ。仮に、口が何らかの方法で封じられたり、発声できなくなった場合。或いは、単純に魔力が枯渇してしまった場合。要するに、魔術の使用が不可能になった状況で敵と遭遇したと想定する。……この時、お前さんならどうする?」


 俺の質問にサクラは頭を捻る。

 ここまでの俺の教えを、己の知識として吸収していれば自ずと答えは出るだろう。


 「……剣で、戦う?」


 彼女の答えに俺は満足した。

 どうやら、ここまでの講義と修練で、俺が彼女に教えていたことはしっかりと伝わっていたらしい。


 「そうだ。魔術しか扱えぬ者がそのような窮地に陥った際、格闘のひとつでも武術が扱えれば苦労はしない。もっと欲をかけば、拳や脚よりもリーチのある剣を使用した剣術を学ぶことがより好ましい。正に、ついさっきまでやっていたことだな」


 正解だったことが嬉しかったのか、サクラが小さく微笑む。

 思えば、彼女の感情も僅かずつではあるが豊かになってきたように思う。


 「俺がお前さんに剣術を片っ端から教え込んだのは、万が一そういった不測の事態に陥った時、自らの手で窮地を脱するためだ。誰に頼ることなく自分を護るための術。覚えておいて損はないだろう」


 魔術と剣術。互いに相反する戦闘技術ではあるが、決して蔑ろにはできない。

 それは偏に、来たるべき戦場でサクラが生き残るため。

 本来、常人であればふたつの技術を短時間で修めることは難しいが、彼女の調整された身体能力がそれを可能にした。

 正に僥倖。魔術だけではなく、剣術という身を護る術まで教えられたのは大きい。


 「……遠回しな教え方で、すまなかったな。だが、これで生きるための術を実感できたと思う。……先日誓った言葉、ようやく果たせそうだ」


 もう少しで、俺はサクラに生きるための術を教えられる。過酷な戦場で生き残るための術を。

 だが、その一方で。俺は今のサクラとの関係に、一種の危うさを感じ取っていた。





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