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04.修練

 

 「――――ッ!!」


 土煙を蹴立て、少女が駆ける。その手には一振りのロングソード。

 小柄な背丈には似合わぬ剣を構え、ようやく様になってきた手つきと足取りで標的へと迫る。

 距離、二メートル。一足一刀の間合いに入った瞬間、少女は剣を振りかざし、上段からの一刀を見舞う。


 (悪くない動きだ。……だが)


 彼女が放つであろう斬撃の軌跡を見て取った俺は、迷うことなく瞬時に踏み込む。

 先の先。少女が剣を振り下ろすより先に、地を這う低い姿勢で相手の懐に飛び込み――。


 「――ッ!?」


 驚愕に見開かれる少女の瞳。だが、それに構わず中段に構えていた剣を彼女の首筋に刺し込む。

 刹那。鈍い切っ先が少女の柔肌を深く切り裂く――ことはなかった。


 「……まだ、甘いな。剣を打ち込む姿勢は随分と良くなったが、技巧が足りない。少々、愚直過ぎる」


 互いに剣を構えて静止した状態で、彼女に告げる。

 首筋に向けていた剣をゆっくりと離し解放してやると、少女はどこか残念そうな表情で俯いた。


 (……親の気持ちとは、こういう状態のことを言うのだろうか)


 厳しい指摘に落胆しながら所定の位置にとぼとぼと戻る少女――サクラの背中を見詰めながらそう思う。


 (だが、今は時間がない。残された時間で、どこまで鍛えられるか……) 


 被検体の少女と対面してから既に四日。俺はグレンツェ要塞内部にある練兵場の一画を借り、連日サクラに稽古を付けていた。

 彼女に手渡したものは、一般の兵卒が扱う両刃片手剣――やや剣身の長い歩兵用ロングソード。

 これを用いて、斬撃から始まる突き、払いといった各種動作を、順次教え込んでいった。

 ある程度の型を覚えさせた後は、実戦さながらに、こちらも同様の刃を潰したロングソードを用いて稽古を付ける。

 打ち込み、斬り返し。当初は児戯のそれにも等しかったが、彼女はそれらの技術をみるみるうちに吸収していった。

 脅威的な成長速度。技術を教える者にとってこれほど都合がいい生徒もいない。

 だが、その一方で。彼女が如何に特異な存在であるかということも、同時に理解せざるを得なかった。


 (……これが、かのエルフの血を用いて調整された被検体の特質……)


 彼女は一見してごく普通の少女に見えるが、その実、修練における身のこなしは尋常ではなかった。

 体力、筋力、そして、敏捷性。

 エルフの血か、内的魔術による後天的強化が功を奏しているのか、戦闘に必要とされる能力の尽くが一般の兵卒のそれを軽々と上回っている。

 おそらく、成人男性が彼女と同様の鍛錬を積んだとしても、早々にこの領域まで踏み込むことはできないだろう。

 修練を始めて、早五時間。彼女が打ち込む剣撃には、疲労による揺らぎはなく、呼吸の乱れもない。

 兵士として申し分ない力量を発揮する彼女の特異な体質からは、中央の魔術師どもが、如何に心血を注いで人間兵器の研究に勤しんできたのかはっきりと見て取れる。

 彼女を援軍としてこのグレンツェ要塞に寄越したのも、被検体成功例第一号である彼女を実戦に投入して、その真価を測りたいがためなのだろう。

 上等な結果が出れば重畳、そうでなくとも、彼女の後続を生み出すための貴重な研究試料足り得る。

 同じく人でありながら、正に悪魔のような所業であった。


 「――ッ!!」


 再び、サクラが地を蹴る。繰り返し教え込んだ踏み込みの作法。

 理想的な姿勢、速度。剣を上段に構え、乾坤一擲と斬り込んで来る。

 だが、それは先程と何ら変わることのない見え透いた一手。

 こちらも同様のカウンターで返せば事足りる。そう判断し、僅かに腰を屈め、剣を構えて迎撃の態勢を取る。

 サクラは一貫した速度で疾駆。距離が縮まり、瞬く間に一足一刀の間合いとなる。


 (……ッ!?)


 サクラが斬り込む、その一歩手前。その直前で、俺は違和感を感じ取った。

 彼女が振りかざした剣に、この一撃で仕留めるという勢い。言うなれば、殺気が感じ取れない。

 ――瞬間。

 不吉な予感の原因を拭いされぬまま、眼前に迫った少女に対してカウンターを仕掛ける。

 彼女の懐に踏み込む寸前。サクラは剣を、振り抜――かなかった。


 (――まさか)


 この身に襲い掛かるはずであった剣は振り抜かれることはなく。サクラはあえて、寸前で静止。

 それに釣られるようにして、俺は間抜けにも足を踏み出し、咄嗟に、中段に構えていた剣を前方に突き出す。

 しかし、その刺突は少女に命中することはなく。彼女はひらりと上体を捻り、突き出された切っ先を左へと抜けさせる。 

 直後、こちらの切っ先を躱したサクラが、代わって俺の懐に深く踏み込む。腹の辺りに、冷えた感触が伝わった。

 突き付けられたロングソード。その切っ先は、確かに俺の腹部に刺し込まれる寸前の位置で静止していた。


 「……見事だ」

 

 剣を突き付けられた状態で、俺は辛うじてそう呟いた。

 ――侮っていた。彼女の実力を。その身に秘めたポテンシャルを。

 技術だけではない。彼女は教え込まれたこと以外にも、自らの手で戦術を模索し、構築し始めている。

 そう、彼女は学習している。この短時間であろうと、己が生き残るために。


 「……今回の鍛錬はこれで終わりにしよう。ご苦労だった」


 構えていた剣を退き、鞘に仕舞う。

 時刻は正午に近い。次の鍛錬は昼食を挟んでからでも問題はないだろう。

 そう思い、練兵場から退出しようとしたところで、サクラから声が掛かった。


 「……あの」


 か細い声。だが、そこに宿る意志は強い。

 数日稽古に付き合って分かったが、彼女は割と物事をはっきりと言う。

 加えて、疑問に思ったことはすぐに尋ねてくる性格でもあった。

 感情の起伏に乏しく見た目も大人しいが、その内に秘められた心は、好奇心旺盛な子供と何ら変わるところはない。

 故に、今がその疑問を投げ掛けてくる頃合いだと、自ずと知れた。

 

 「……私に、魔術を教えてくれるはずじゃ……?」


 僅かに不安げな表情で俺を見詰めるサクラ。

 そう、俺は確かに、彼女に魔術を教えることを軍から命令されている。

 だが、今彼女に教えているのは剣の扱い方だ。決して魔術の扱い方ではない。

 彼女とて、おそらく初日からそのことを疑問に思っていたに違いない。

 ただ、俺に魔術を教えてもらうと約束した以上、彼女なりの譲歩として、その育成方針について今までは黙っていてくれたのだろう。


 (そろそろ、頃合いか)


 先程の一合で、剣術における彼女の先見性は充分に見て取れた。ならば、段階を繰り上げても問題はあるまい。

 

 「……分かった。昼食がてらに、魔術に関することを教えよう。付いてきてくれ」


 未だ疑問を払拭し切れていないサクラを伴って、俺は練兵場を後にした。


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