(6)
「……り……よう……?」
クサビから発された言葉をシュウは力なく繰り返す。
どういうこと? 利用するためだけにボクを助けたの? 魔王が勇者を倒したのに、今さらボクを利用してどうするの? 意味が分からないよ。なんでボクばっかり、こんな目に合わないといけないの? 思い出す苦しい日々。村人からの酷い扱い。そして、今日助けてくれた三人の本当の狙いを知ったシュウは目の前が真っ暗になってしまった。
だから、自然に涙が頬を伝ってしまっていたことにも気付いていなかった。
「泣かないでよー、お兄ちゃん」
その涙に気付いたアラベラが指でシュウの涙を脱ぎながら、
「クサビお姉ちゃん、言葉が足らなさすぎて、悪い方向へ捉えちゃってるみたいだよ?」
と、少しだけムスッとした口調で文句を言った。
クサビの方もシュウが泣き始めるほどの勘違いをすると思っていなかったため、少しだけ動揺を隠せないらしく、扇子で顔を隠してしまう。
その様子を見ていたサクヤが面倒という雰囲気を隠すことなく口を開く。
「利用とは言っても、シュウをこの世界を救う勇者に仕立てあげるだけだ。だから泣き止め」
「え、え、え? ど、どういうこと? あ、ううん。そうじゃなくて、そんな嘘吐かなくていいから。本当はボクを魔王の元へ連れて行って、みんなの見せしめ――」
「良いから泣き止めと言っている」
サクヤは一気に不機嫌になり、怒気を含めた視線と声でシュウを黙らせた。
「最後まで話を聞け。詳しい話は……そうだな。自分たちの正体から明かす必要があるな。自分はこの世界じゃない世界……異世界の魔王だ。ちなみにそっちの二人も自分とは違う世界――異世界の魔王だからな。先ほども言ったように自分たちはシュウの手伝い、勇者にするためにここに来た。この世界の魔王アザスを倒すためにな」
「異世界の魔王? 魔王アザスを倒す?」
飛躍的に飛び過ぎた話にシュウの頭は混乱してしまった。
そもそも魔王が魔王を倒すなどという話は今までに聞いたことがなかったからだ。
混乱しているシュウに今度はクサビが問いかける。
「シュウちゃんはなんで魔王が存在していると思います?」
魔王という生物に対しての質問だった。
そんなことをシュウは一回も考えたことはなかった。というより、どうやって生まれてくるのかさえも。
自分の欲望を叶えるためにじゃないの? 人間に怨みのある魔物が力を付けてとか……? シュウが思いつく限りではこれだけだった。考えたこともなかったことをいきなり問われ、急に考えたとしてもロクな答えは出なかった。
シュウの様子を見ていた三人からは「やっぱり考えたことがなかったか」というような視線がシュウへと向けられていた。
「きっかけはそれぞれだけど、魔王の上の存在である魔神様から力をもらうことで魔王へと進化するの。んで、私たちは魔王になった」
今度はアラベラがそう話す。
魔王かと思えば魔神。
流れ的には分かるけれど、サクヤが話してくれた内容からはどんどん離れていっているような気がして、シュウは再び混乱し始める。
「ったく、本当に話がごちゃごちゃだな。しょうがない。お前たちは黙ってろ。自分が説明してやる」
予想以上にクサビとアラベラが使えないと悟ったのか、サクヤが二人にそう言って命令した。
しかし、二人ともそれに対して何も反論をする様子はなかった。それどころか、そっちの方が助かるというような表情を浮かべている。
「区切り良く話してやる。まず、自分たちは魔神様から魔王へとなる力を貰い、魔王へと進化するんだ。そして、魔王になったら魔神とは別にある組織への強制参加の案内状が届く。魔王になった際に次元を超える能力を全員手に入れるからな」
「ある組織?」
「ああ。組織名は『魔王派遣協会』。別名、『対勇者ラスボス委員会』『ラスボス派遣連盟会』、etc……。単純に話すならば、勇者に立ちはだかる最後の敵として派遣される組織だ」
「そ、そんなのあるんだ? っていうか、それ必要ないと思うんだけど……?」
「ほう、どうしてだ?」
「だって、魔王という存在そのものが悪みたいなものでしょ? 派遣とかしなくても、その世界に生まれるんだから、組織として成り立たないと思うんだけど……」
「組織としては成り立つさ。魔王同士の異世界協定の締結をするためにな。例えば、『自分がいる世界に、異世界の魔王であるアラベラが攻めないように』とかな。そういう魔王として当たり前のことを義務付けられるだけだ。そもそも世界なんてのはいくらでもあるからな。シュウがこの世界しか知らないだけであって、時が経てば経つほどいくらでも形成されていく。誰も気付かないうちにひっそりとな」
「そうなの?」
シュウはその質問をクサビに尋ねた。
サクヤに尋ねなかったのは、完全に説明役に徹した方がいいと判断したからだ。
「そうですわ。例えばこの世界――シュウちゃんが住んでいるこの世界が昨日出来たって言われて信じられますか?」
「ううん、それは無理だよ。昨日よりもっと前の記憶があるし……」
「その記憶そのものが偽りで、本当は昨日植えつけられたものだとしたら?」
「え……、そ、そんなの……あるわけ……」
「ないとは言い切れませんわよ。『昨日までの記憶がある』というのは所詮記憶です。証拠じゃないのです」
クサビの説明にシュウは納得してしまう。
この記憶を持っているからと言って証拠にはならない。「昨日までの記憶が本当にボクの者なのか?」と尋ねられても誰にも分からない。さっきのボクと同じような回答が当たり前のように返される。もしくは馬鹿にして笑い飛ばされる。つまり、説明がつかない話をされている。シュウの頭ではそう認識することが精一杯だった。
その会話が終わるのを待っていたサクヤが再び説明を始める。
「その組織の中にも色々といるのが現状だ。魔王になったおかげで改心する者、後悔する者、そしてそのまま狂ってしまう者などな」
「この流れだと、この世界の魔王アザスは狂ってしまったタイプみたいなんだけど……」
「ああ、その通りだ。アザスは狂ってしまった――いや、最初から組織の理念に背くつもりだったんだろう」
「組織の理念って?」
忌々しげに言い放つサクヤにシュウはそう尋ねる。
雰囲気的にその理念を破っているアザスを許せない。そんな風な怒りをシュウはサクヤから感じ取ることが出来た。




