(9)
「お、お疲れ、さま……でいいのかな?」
シュウは近寄って来た三人に戸惑いながら、その言葉を贈った。
最後、疑問になってしまったのは、その言葉が三人に贈る言葉として正しいのか、よく分からなかったからだ。それに同じ魔王であるリニスを倒してしまったことにどこかで胸を痛めてしまっている可能性を考えると、良い気持ちではないと思ってもいた。
そのことを察したのか、クサビがサクヤの頭に軽めの手刀を打ち込む。今までの会話からロクな返事をしないことを予測したからだった。
「わ、分かってる! あ、ありがとうな、シュウ」
と、労いの言葉をかけられる経験が少ないのか、シュウに視線を合わせることなく、そうお礼の言葉を返すサクヤ。
「まったく何を照れているのですか? ともかく、ありがとうございます、シュウちゃん。 怪我とかはありませんか?」
サクヤの様子を見て、満足そうに笑みを溢れさせながらクサビはシュウの身長に合わせるように少しだけ屈む。そして、シュウの身体の様子を確認し始めた。
「だ、大丈夫だよ! ボクは怪我してないから! 怪我っていうなら、アーちゃんの方だよ!?」
「え? 私なら平気だよ? 自己治癒、自己再生能力あるから。その分、治癒魔法苦手だけどねー」
シュウの視線を向けると、アラベラは少しだけ驚いたような表情をしながら、治ったばかりの右手をシュウへと見せつける。剣で貫かれたような傷跡は完全になく、怪我をしていることが嘘のようにさえ思えてしまうほどだった。
「す、すごいね……」
「えへへ! じゃあじゃあ、ご褒美に頭を撫でて! 私、ものすごく頑張ったんだから!」
「え……え……?」
「駄目なの?」
「そ、そういうわけじゃないけど……、さっきの大人の雰囲気と違うから……」
「あー、なるほど! ギャップに驚きを隠せないってことね!」
「う、うん!」
シュウが素直に頷くと、
「確かに今の容姿と比べたら、間違いなく艶っぽかったな」
「そうですね。やっぱり、それも魔王の能力としての一つなのですか?」
サクヤとクサビもやはり不思議に思っていたらしく、そう質問を投げかける。
アラベラは少しだけ困ったように頬を掻きながら、「うーん」と説明しづらそうにし始めた。
もしかしてアーちゃん自身も分かってないの? 雰囲気からだったが、シュウはそんな風に思ってしまった。アラベラのことだから、もしその原因が分かっていたら迷うことなく説明し始めるような性格だからだ。それは大人の時よりも今の幼女の時の方が顕著に出ることも考えると、その考えが当てはまってしまう。
だから、シュウはアラベラの頭に戸惑いつつ手を乗せ、ゆっくりと撫でた。
「ん?」
「そんなに考えなくてもいいよ。アーちゃんは今の姿でも、さっきの姿でも、ボクを守ってくれたことには変わらないんだから」
「あ、あはは……ありがとう」
アラベラはその言葉が嬉しかったらしく、にっこりと笑い、
「詳しい理由は分からないけど、容姿で中身が変わるみたいなんだよねー。そんなに意識はしてないんだけど……」
「『名は体を表す』に近い感覚みたいですね」
アラベラの言葉を補足するようにクサビが口を入れる。
「どういう意味なんだ?」
その言葉の意味を尋ねたのはサクヤ。
「物や人の名前が、その中身などを的確に表していることが多いってだけです。つまり、名前ではないですが、容姿を変えることで中身が自動的にそれにふさわしいものになっているのでしょうね。サクヤのように意図してないのに、『お父さん』と呼ばれるようなものです」
「クサビはお母さんだけどな」
「……」
「……」
「うん、分かったよ。変な風に話を振ってごめんね」
シュウはサクヤとクサビの間で気まずい雰囲気になりかけたことを察して、二人の雰囲気を壊すようにちょこんと頭だけを軽く下げる。
サクヤとクサビもシュウが謝罪してくると思わっていなかったらしく、「ごめん」と二人もどちらからともなくシュウへと謝った。
それを見た後、アラベラの頭から手を離し、未だ固まっているリニスを見つめる。
アラベラの血で制御しているからと言って、負けたことは確定されたこと。今後、どういう風に扱われるのか、気になってしまったのだ。
「心配するな、死にはしない。いや、この世界では死ぬという表現が正しいけどな」
シュウの疑問に答えるようにサクヤがそう言った。
意味が分からないシュウはサクヤの方を見ながら、首を傾げる。
「自分たちが本当の意味で死ぬ時は、自分の世界で死ぬ時だ。異世界で死ぬ場合は、強制排除という形でこの世界に存在出来なくなるだけだ。だから、リニスがこの世界で死ぬということではないのさ」
「そうなんだ。なら、良かった。でも、今回はどういう風な決着になったの? リニスさんの部下みたいに殺さなかったみたいだけど……」
「今回は精神的に負けを認めたんだよ、シュウくん」
シュウとサクヤの会話に割り込むようにリニスの声がシュウたちに届く。
どうやら自らの敗北理由を他人に言われたくなかったらしい。
ただ、その敗北に対して後悔していないのか、声はシュウが初めてリニスと会った時に聞いたような明るい口調だった。
「精神的、に?」
「そう。この世界に住む者たちには適用されない条件だよ。異世界である者は、この世界にいる資格がないと見なされて、元の世界に強制送還になる話さ。だから心配しなくていいよ」
「そっか」
「そんな悲しそうな顔をしないでよ。あたしは敵なんだよ? 敵にそんな顔をするものじゃない。これから、この世界の勇者になるのはシュウくん、君なんだから」
リニスがそういう風に言うと思っていなかったのか、サクヤたちは驚いた表情をしていた。その発言は自分たちがするものであり、敵であるリニスが言うものではなかったからだ。
「あはは! 最期にサクヤたちのそんな表情を見れたことが唯一の救いなのかもしれない。そのお礼にあたしを倒した証をシュウくんにあげる。過去を巡る旅行は楽しかったよ。シュウくんには辛かったかもしれないけどね。じゃあ、さようなら」
その言葉を最後にリニスの身体は砕け散り、光の粒子となって天井に向かって上って行き、天井すらもすり抜けて完全に姿が見えなくなる。
しかし、リニスが居た場所にはビー玉程度の小さなガラスが落ちていた。
それがさっき言っていたリニスが残した物であることは簡単に分かったシュウは、小走りでそのビー玉の元へ近付く。
そして、シュウはそれを迷うことなく手に取って簡単に品定めした後、手の中に握り締めた。
大事にしないといけないような気がする。確信なんてものはなかったが、手に取った瞬間から直感がそうシュウに囁きかけ、自然とそう思い込んでしまった。
「帰るぞ、シュウ! そろそろ夜明けが近いからな」
サクヤはシュウにそう呼びかける。
どうやらこのビー玉に対して、何も言うつもりはないらしく、触れようとする様子もなかった。
それはクサビとアラベラも同じであり、「早く帰ろう」と手招きをしていた。
「うん。帰ろう」
リニスさん、ありがとう。シュウはリニスが消えて行った位置を軽く見た後、そう心の中で呟き、三人の元へ再び駆け足で向かうのだった。




