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しばらく三人はリニスと見つめ合った後、ほぼ同時のタイミグでサクヤとアラベラが飛び出した。狙いは先ほど言った通り、サクヤはコピーのクサビ、アラベラがコピーのサクヤ、クサビはコピーのアラベラに護符を向けるとクサビの目の前に五亡星が現れて火球を放つ。
作戦の内容もとい誰が誰を狙ってくるか分かっていたリニスはコピーのサクヤたちを操り、コピーのサクヤは突撃してくるアラベラを迎撃させる目的で同じように突撃させる。コピーのクサビはクサビと同じように袖から糸で造られた護符らしきものを手に取り出すと、サクヤに向かってスピードのある雷撃を放つ。そして、コピーのアラベラはクサビが放った火球を上空に逃れることで簡単にかわし、そのままクサビに持っている糸で造られたサイズで攻撃しようと下降し始める。
「ざ~んねん! サクヤたちはあたしの糸人形を舐めすぎだよ! 三人の動きをスキャンしたってことは、サクヤたちそのものを相手にするということだよ!? こんな単調な攻撃であたしに勝てると思ったの!?」
リニスの馬鹿にした挑発に、鼻で笑ったのはコピーしたアラベラの武器であるサイズの間合いに入ったクサビだった。
そして、三人の位置が突如として変わる。
クサビの居た位置に現れるのはサクヤ。コピーのアラベラの間合いを最初から分かっていたように、糸で造られたサイズの長柄を長刀であっさりと斬り裂いて破壊。そして、空間から現れた燃え盛る十数本の刀剣でコピーのアラベラを串刺し、炎上させた。
アラベラを迎撃しようと立ち向かったコピーのサクヤは、サクヤが実際にやったサイズの長柄を糸で造られた長刀で斬り裂こうとしたが、入れ替わることでその目標が消え去り、空振り。そのまま真下に現れたクサビによって腹部に護符を張り付けられ、そこから発火すると、燃えながらクサビを飛び越えて床に落下した。
コピーしたクサビも同じようにサクヤの居た位置にアラベラが現れ、雷撃の直撃を受ける。が、再生能力を使い、何もなかったように翼を思いっきり羽ばたかせて加速し、コピーのクサビの元へと突撃。コピーのクサビが迎撃しようと護符の能力を発動させる前にサイズの長さを生かして、右上からの袈裟切りで斬り倒す。そして、トドメに手から発動した火球で全身を燃やし尽くす。
「――!」
リニスもまた驚きながらも近くまでやって来たアラベラに向かって、右手の指先から糸を射出して頭を貫こうと試みる。
が、さっきと同じようにアラベラがいる位置に現れたクサビが現れる。そして、持っていた鉄扇でそれをガードし、器用にその糸を自らの鉄扇へと巻き付け無効化。そのまま鉄扇を上空へ投げる。すると、その鉄扇に従うかのようにリニスの右腕も釣られるように上に強制的に向けさせられてしまう。
「なっ!!」
リニスはそのことで驚きを隠すことが出来ず、本来見るべき相手のクサビではなく、投げられた鉄扇の方へと顔を上げてしまった。
傀儡師の魔王であるリニスの糸はほぼ無限に伸び、自らの意思に従って武器や傀儡人形を造れることが長所。だから、クサビが鉄扇を上空に投げようと糸が伸びる時点で無意味のはずだった。
しかし、このタイミングでそれが生かされなかったのは、三人の攻撃がリニスの予想を遥かに凌駕しており、そのことで心が動揺してしまったせいである。だからこそ、落ち着いて対処すべき現在も、リニスの思考の中では「いったい何が起きてる!?」と、さっきの三人の配置が変わった謎を考えてしまっていた。
その隙を突くようにサクヤの逃げ道のないように出現させた刀剣をまともに受けてしまう。
「あっ……っ!」
リニスは声にもならない声を上げながら、突き刺さった刀剣たちによって床に倒れることも許されず、その場に串刺しの形で立たされることとなった。
そして落下してきた鉄扇をクサビがキャッチしたところで、
「これで戦闘終了だ。さっき言えなかったことを言っといてやろう。共闘の練習には良い練習相手だった。恩に着るぞ」
と、サクヤの満足そうな声が全員に伝えられる。
「い、いったい……何を、した!? な、なんで三人の位置が……っ!」
リニスは未だに三人の配置が変わったことに対し、謎が解けないらしく三人に尋ねた。
その質問に答えたのはクサビ。
「簡単なことですわ。私が全員の位置を転移魔法で変えただけです。そもそも私たちがこの世界に派遣された理由の一つ――相性の問題ですわ。近距離が遠距離に弱く、中距離が近距離に弱く、遠距離が中距離に弱い。あくまで目安程度ですが、あんな劣化コピーにはその目安も通じるでしょう? 操っているのはリニスさん、貴女だけなのですから」
クサビは「ふふっ」と勝ち誇った笑みを浮かべながら、鉄扇に巻き付いた糸を火で焼き、それを元の小さな扇子へと戻す。
リニスはそのことを予想出来ていなかったらしく、クサビの説明でハッとしたような表情を浮かべる。
「じ、自我のつ、強い魔王が……そんな……」
「そんなことを言っていられるほど余裕もないだろ。人間形態で魔王形態のお前らに勝つにはこんな風にするしかなかっただけだ。いつまでも魔王にとって当たり前の常識に囚われていると痛い目――もう見てたな」
サクヤもまた持っていた長刀を背中の鞘に納めながら、「くっくっく」と悪い笑みを溢し始める。
「ふ、ふふっ! こ、これぐらいの……傷で、あたしを、止めたと……思うなっ!!」
リニスはまだ負けたと思っていないのか、「うぐぐ!」と苦しそうな声を上げながら身体を動かそうと全身に力を入れる。しかし、その身体は動くことはなく、上がるのはリニスの苦しそうな声だけだった。
「な……なんで、魔力も、つ、使えないんだよ!!」
「リニス、あんたはいったい部下との戦闘で何を見てたのよ。原因は一つしかないじゃない」
情けないようにため息を吐き、右手をリニスへ見せつけるように出すアラベラ。
いつの間にか傷が付いたのか、まだ再生し終わっていない右手が「シュゥゥ」という音を立てながら、白い煙を上げていた。
「ま、まさかっ!」
「そのまさかよ。サクヤお姉ちゃんの放った剣の一つに私の血が付いているの。それがリニスの身体の中に入り、あんたの魔力を制御してるってわけよ。だから、『戦闘終了』ってワザワザ教えてあげたんじゃない」
「なるほどね……。負けを認めるしかないわけか……」
「そういうこと」
「しょうがないね。負けを素直に認めるよ、ここまでされたらどうしようも出来ないしね」
手の打ちようがないことを認めるようにリニスは魔王形態から人間形態へと容姿を元に戻し始める。
元の容姿に完全に戻ったことを確認したサクヤは、リニスに刺していた刀剣たちを空間に納めて回収。
アラベラもまた大人から幼女へと姿を元に戻る。
そして、リニスへ背中を向けて、ゆっくりとシュウの元へ歩き始める。
「ほ、本当に終わったの?」
シュウはリニスの言葉が嘘でまだ不意打ちするんじゃないか、そのことが心配で三人に尋ねた。人間であるシュウからすれば、魔王同士の決着のつけ方が分からなかったからだ。
「魔王形態から敵わないと思っている人間形態に戻ったんだ。終わりだろう。もう大丈夫だ」
サクヤがそう答え、
「不意打ちの可能性もありますが、こちらにはまだアーちゃんがいますから」
と、クサビがアラベラの方を見つめ、
「そうそう、私がリニスの魔力を制御してる時点で何も出来ないよー」
アラベラがピースサインをシュウへ向けた。
アラベラの言葉を聞いてシュウも決着がついたことを確信し、胸を撫で下ろす。




