(6)
「やるのはいいのですが、どういう戦法を取るのですか? 私たちはまだ一度も共闘したことないですが……」
リニスへと向かいながら、クサビは指揮権を持っているサクヤへと尋ねる。
「知らん、適当だ」
あっさりと答えるサクヤ。
「はぁ……分かりましたわ。サクヤは前衛、私が後衛に徹します。アーちゃんは状況によって変えてください」
クサビは小さくため息を漏らした後、そう指示を出してその場で急停止。そして、袖から大量の護符を射出し、自らの背後へ壁を作るように展開させる。しかも文字が相手に見えないように、文字の方を三人の背後にいるシュウに見せる、裏返しという形で。
その指示に従うようにサクヤが「了解した」と返し、アラベラは「オッケー」と返し、そのまま突き進んだ。
向かってくる二人に対し、リニスは右手をサクヤに向かって伸ばし、左手はアラベラに左上から叩きつけるように放たれる。
「じゃ、私が鞭の方の相手するから、そっちはよろしく頼むわ、ねっと!」
自分に向かって放たれた鞭をジャンプでかわし、跳ね上がった鞭の部分を踏み台のようにして蹴り、サクヤの邪魔にならないように左にサイドステップして距離を取る。
「そっちは頼――」
サクヤに向かって伸びた右手は途中でバラけ、一本一本が針のように細く光りながら降り注ぎ始める。
「おいおい、自分に容赦がないんじゃないか?」
さすがのサクヤも逃げ道を無くすような広範囲攻撃をしてくるとは思っていなかったらしく、ほんの一瞬の動揺が生まれてしまう。
リニスがその一瞬を見逃すはずがなく、その針の落下スピードを加速させる。
が、ほんのコンマ数秒の違いで床を貫き、そのバラけた糸の本数分の数と細さの物が現れ、先端同士を接触させて破壊。しかし、それはあくまで逃げ道を防ぐように放たれた針だけであり、依然としてサクヤの体の範囲部分が危ないことには変わりなかった。
しかし、自分の身体の範囲だけを守ればいいと分かった時点からのサクヤの行動は早く、身を屈めながら頭上に空間から出現させた燃え盛る剣を抜き取ると、そのまま硬質化した針を燃やし尽くした。
「すまん、クサビ。助かった」
サクヤは振り返ることなく、クサビにお礼を告げると、
「いえいえ、後衛ですからこれぐらいはやらせてもらいますわ」
特に気にしていないように返事を返す。
そんなクサビを見ながら、リニスは舌打ちを漏らした。
「まさかこんな風に防いでくるとは思わなかったよ。さすがは後衛だね、前衛の二人とは大違いだ」
「そんな風に言われるの、心外なんですけど!?」
一方、アラベラの方もほんの少しだが苦戦しているようだった。
鞭かと思っていたものが実は鞭ではなく、先端が尖り、一つの槍と化していたからだ。しかも、鞭のようにしなりながら、アラベラの動きに合わせて自動追尾しており、なんとか躱している状況。
危なくも完全に躱しているらしく、身体や服には傷一つ付けていなかった。
「アラベラもなかなかやるじゃん。普通の人間だったら、傷ぐらいは付けてるはずだったのに……」
「そういうお前は隙だらけだぞ?」
サクヤはリニスがアラベラの方へ視線を向けている隙を狙い、クサビがサクヤを守るために床から出した物を破壊するように手に持っている燃え盛る剣で横薙ぎに振るう。その一撃はクサビが出した物を破壊した後、炎を纏った飛ぶ斬撃と化し、リニスへと飛来。
しかし、そのことを分かっていたようにリニスは軽くジャンプすることで、その一撃を躱す。
「サクヤ、もうちょっと落ち着きなよ。せっかくの魔王同士の戦いなんだから、楽しまないと駄目でしょ~?」
「その容姿で、そんなことを言われても気持ち悪いだけだな。楽しみたいという気持ちは分かるが、少なくともその容姿になってまで自分は言わないようにしたいものだ」
「あ~、そんなこと言うんだ……。ちょっと傷ついたかも!」
「そんなキャラじゃないだろうが」
「それもそうだね。よし、スキャン終了。ここからが傀儡師としての本領発揮と行くから、覚悟するように!」
余裕とも取れる雰囲気で、リニスがそう言うとアラベラを襲っていた鞭を解除した。そして再び指から糸を射出すると、クルクルと糸が踊り、何かを形成し始める。
「スキャンだと……っ! まさか……クサビ、アラベラ今のうちに殺すぞ!」
「え、うん!」
「分かりましたわ!」
サクヤはその言葉の意味を察したらしく、その場から全力で駆け出す。
アラベラもそれに倣い、鞭のしなった部分を足場として蹴り、リニスへ向かって、さっき以上のスピードで飛行。
クサビは背後の設置した護符を何枚か発動させ、リニスの真上から振り落とすように水の渦を叩き落とす。
「残念だったね、三人とも。少しだけ遅いよ」
その言葉と共に完成するのはサクヤ、クサビ、アラベラの容姿をした人形だった。着色がされていないだけで、造形は完璧であり、今にも動きそうな雰囲気があった。いや、実際にその人形は動き始める。
サクヤの袈裟斬りを持っている剣そっくりに糸で造られた剣でガードした。しかもご丁寧に炎の揺らぎまでそっくりにコピーされており、糸で造られているにも関わらず燃える気配は一切なかった。
アラベラの方もサイズの振り下ろしの一撃を、アラベラそっくりに造られた糸人形が同じように造られた糸サイズの長柄で受け止めてガードしていた。
クサビの術に関しても二人と同じであり、糸人形で造られたクサビが袖の中から取り出した糸で造れた数枚の護符を取り出し、発動させることによって、逆回転の水の渦がリニスを守るように出現。クサビの水の渦を相殺し、何事もなかったようにリニスが水の中から姿を現す。
「そ、そんな……」
シュウは三人の前に現れた糸人形を見て、ショックを受けてしまっていた。
『スキャン』という言葉をシュウは知らなかった。知らなかったが、糸で造られたそっくりの三人の姿を見るだけである程度の予想が出来てしまっていた。あの糸人形は三人の実力を模倣しているということが。
「シュウくんも気付いたみたいだよ? そうこの三人はサクヤたちの攻撃パターンや使う魔法を真似ることが出来るのさ。もうサクヤたちに勝ち目はないよ。さあ、これからどんな風な劇を見せてくれるか、楽しみだよ!」
リニスは背後にいるシュウ、それとクサビ、サクヤ、アラベラの順で顔を眺めた後、「ケラケラ」と余裕の笑みを溢し始める。
サクヤとアラベラは自分の分身との鍔迫り合いを止めて、大きくバックステップ。そして、クサビの数歩前に立つ。
そして微かに口端を大きく歪め、声を出さないように笑っていた。
サクヤとアラベラはともかくとして、クサビまでも魔王としての本質――戦いに飢える獣のように。




