(5)
割れた部屋の外側にあったのは、今居る部屋そのもの。
違いがあるとすれば、サクヤがシュウを殺すために放った一撃の跡がなく、サクヤもまたその場所にいなかったということ。そして一番の違いとして現れるのは、サクヤに殺されたはずのシュウが三人に守られるように背後にいることだった。
どこか怪我をしている様子もなければ、恐怖に怯えている様子もなく、リニスのことを敵と完全に認識した目で見据えていた。
リニスは苛ついている表情を隠すことなく、アラベラを見ながら今回の現象の答えを述べる。
「幻術か!」
「正解。っていうか、私も言ったよね? 『何もしてないと思ってたの?』って。そう簡単にお兄ちゃんを殺させるはずがないでしょ? そもそも私たち、魔王同士の戦いは騙し合いが基本だからね」
アラベラはしてやったり顔で口元に指を当てて、艶っぽく笑みを溢す。
「い、いつから――」
「最初っからに決まってるじゃない。サクヤお姉ちゃんとクサビお姉ちゃんがやった効果を私が幻術内で反映させてあげただけの話。それぐらい出来て当たり前でしょ? 私たちなら」
「それもそうだね。しかし、あたしをこんなにも上手く幻術にかけるなんて思わなかったよ。さすがだね、『操血の吸血鬼』」
「その異名は全く関係ないと思うけどね。まだ、血を使った能力なんて見せてないしさ。それでどうする? 戦うのかしら?」
アラベラはリニスへそう尋ねる。
シュウの見る限りでは、三人とも戦いたくないとは思っていなかった。この流れで戦わない選択肢を選ぶのであれば、迷うことなく戦うという選択肢を選ぶ。そんな雰囲気を隠そうとはせず、サクヤに至っては戦うことを選択するように望んでいるようだった。
本当は仲間だった人たちが戦うなんて……やっぱり駄目だよ! シュウはそんな風に考えてしまっていた。というよりも、リニスのおかげで三人の過去を知ったことにより、今まで以上に三人の気持ちを知ることが出来た恩があるため、戦わないで済むのならそちらを選択して欲しくなったのだ。それ以上にシュウはリニスのことが嫌いではなく、三人の過去を見ている時にほんの少しだけ感じたリニスから伝わる寂しさが、リニスの本当の気持ちであり、『本当は三人と同じように優しい人たちではないのか』と思い込んでしまっていた。
だからこそ、シュウは少しだけ悩んでいるリニスを説得することにした。
「リニスさん、もう止めよう? 同じ魔王同士が戦ったって意味がないよ」
「シュウくん」
「リニスさんのおかげで、ボクは色々と知ることが出来た。そのことに感謝しか出来ない。だから、恩返しにこんなことしか言えないけど、ボクはリニスさんに死んでほしくないんだ」
「……シュウくんは優しいね~。あたしにまでそんな言葉をかけてくれるなんてさ……」
リニスは寂しそうな表情を作ると、少しだけはにかんで見せる。
戦闘を止めてくれるんだ、よかった。シュウは自分の説得が成功したと思った。じゃないと、リニスが寂しそうな表情を作る理由がなかったからだ。
しかし、すぐにリニスはそれを吐き捨てるように唾を吐いた。
「――反吐が出るよ。そんな優しい言葉であたしを騙そうとするとはね」
「え? え? ぼ、ボクはそんなつもりで――」
「だろうね~。知ってるよ。けどね、あたしは魔王になった時からそんなつまらない言葉を信じないようにしてるんだ。だから生憎だけど、あたしは戦うことを選択する。あたしが勝つ可能性が残ってるしね。サクヤたちみたいに制限されてるわけじゃないからさ!!」
リニスは自らの身体を屈めて、力を溜める感じで小さな声で「ううっ~!」と唸り始める。
その気合を溜めるに従い、リニスの肌は肌色から青色へと変色。さらに頭に生えている角や翼などが大きくなり、人間に近い今の状態からシュウが読んだことのある絵本の中にいる魔王としての状態へと変わる。
「こ、これって……っ!」
シュウの質問に対し、答えたのはクサビ。
「シュウちゃんの考えている通り、私たちの魔王としての本来の姿ですわ」
「や、やっぱり!」
「しかもこっちの姿の方が肉体的にも強くなりますし、魔力も開放されるので先ほどの人間時よりも強くなりますわ」
「だ、大丈夫なの? 勝てるの?」
「さあな、分からん」
そう言ったのはサクヤ。
言った割には緊張している雰囲気は一切なく、ただ強敵と戦えることに歓びを感じているらしく、身体を震わせながら笑みを浮かべていた。
しかし、シュウはそんなサクヤの様子に気付くはずもなく慌てた様子で、
「じゃあサクヤさんたちも魔王形態になった方がいいよ! あんなに強そうなんだよ!?」
もうじき変化が終わりそうなリニスを指差しながら、サクヤたちにもその変化を促す。
すると、アラベラが首を横に振り、拒否の意思を示した。
「出来たらいいんだろうけど、さっきレニスが言ったように私たちはそれが封印されてるの。だから無理よ」
「あ、そう言えば……! な、なんで封印されたの?」
「正体がバレないようによ。お兄ちゃんにはしょうがないけど、他の人間にバレないようするため。だから私たちは三人いるってわけ。ま、量より質とも言うから勝てるどうかなんて誰にも分からないわ。そこは相性や個人の持つ実力が影響されるから」
「じゃ、じゃあ――」
そこでシュウは口を噤む。
死ぬ可能性があることを口に出したくなかったからだ。出さない代わりに心配そうに見つめることだけがシュウに残された唯一の行動。
そのことを三人は分かっていたらしく、
「そんな風に心配するな。お前の従者だぞ。主君なら主君らしくドンと構えてろ」
サクヤはいつものようにぶっきらぼうな返事が返ってくるが、少しだけ照れているような感じだった。
「安心してください。ちゃんとシュウちゃんは守りますから。あの時、守れなかった清隆みたいにはしません。それだけの力もありますから、安心して見守っていてください」
クサビは自分の心配よりもシュウの心配をしており、悲しませないことを約束する返事が返ってきた。
「そういうのは女の子がするものだよ、お兄ちゃん。ただ、心配してくれてありがとう。それだけで元気出るわ」
アラベラははにかみつつ、前に垂れていた髪を後ろに回しながら答える。
三人とも魔王形態に変わったリニスに怯えてはいなかった。それどころか勝てるのが当たり前という考えを持っているように、それぞれに長刀を、サイズを、鉄扇を構える。
「さあ、始めようよ、サクヤたち!」
さっきよりもほんの少しだけ太い声でリニスも、左右全部の指先から糸を出す。そして、指先を隙間がないようにくっつけ、右手からは真っ直ぐに伸びた刃のような物へ、左手は鞭のようにしなやかな物へ変化させた。
「じゃ、クサビ、アラベラやるか」
と、サクヤが二人に問いかけると、
「そうですね。さっさと終わらせましょう」
「オッケー。いつでも準備出来ているわ」
二人はそれぞれに返事を返す。
それを合図のように三人はリニスへ向かい、走り出した。




