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「え? え? な、なんで……?」
シュウはサクヤに掴まれた拳を見ながら、ただただ動揺することしか出来なかった。拳を握ったのは、不甲斐ない自分に喝を入れるために自らの頬を殴ろうと思い作った拳であり、サクヤを殴ろうと思って作ったものではないからだ。
「しゅ、シュウちゃん、まさか……」
「お、お兄ちゃん、もしかして……」
クサビとアラベラはシュウのその行動を見て、今まではリニスたちへ向けていた殺気をシュウにも浴びせ始める。
それはサクヤも同じだった。いや、二人以上の殺気をシュウへとぶつけた。
「そうか……、これが本当の狙いだったか。自分たちの言葉を信じていたかと思っていたが、それも演技だったということらしいな」
怒りに燃えながら、シュウに残念そうな言葉が突き付けられる。
シュウは三人から浴びせられる殺気に全身を震わせ、目尻に涙を浮かべつつ、そのことを必死に首を横に振った。恐怖から言葉なんて出るはずもなく、これが精一杯の行動。
しかし、そんなシュウの行動を裏切るように身体だけは勝手に動き、反対の手がサクヤへと再び殴りかかる。
サクヤはそれさえも見切ったかのように同じく反対の手で受け止め、封じられていないシュウの足から蹴りが飛んでくる前にサクヤがシュウの腹部に蹴りを放ち、そのままリニスの方向へ蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたシュウは、床に突っ伏す形で蹴られた腹部を手で押さえながらサクヤを見上げる。
「けほっけほっ! さ、さくや……さ、ん……」
「悪いな。信用を勝ち取ってまで近づき、そのまま攻撃してくるような奴を信じることは出来ない。心配するな、リニスと一緒にあの世に送ってやるから。まぁ、なんだ? 地獄には逝かないと思うから安心しろ」
サクヤはシュウの言葉を聞いていなかった。
怒りに身を任せているかのように、長刀を鞘から抜きながらゆっくりと近付く。
クサビもアラベラもその様子を止める様子は一切見せず、サクヤに全てを委ねるかのように顔を逸らしていた。ほんの少しまで仲良くしていたからこそ、その死に様を見たくないかのように。
逃げようにも逃げられない状態のシュウに、サクヤは刃を真上に向けながらゆっくりと血近付く。
「心配するな。痛みは残さないようにしてやる」
「ま……ま、って……!」
「なんだ?」
「ぼ、ぼくは……ケホッ! あ、あやつられ……」
「どこにもそんなものはない。操っているのならば、自分たちはその糸を見ることが出来るからな。そんな糸がどこにもない以上、自分に殴り掛かったのはお前の意思だと判断する」
「そ、そんな……っ!」
「じゃあな、シュウ。心配するな、この世界はお前の望み通りの世界に出来るよう、尽力してやる」
サクヤは長刀を振り下ろす。
シュウの目の前には振り下ろされる長刀と共に現れた謎の球体に恐怖し、息苦しさも忘れて恐怖で身体は完全に固まっていた。
ドゴォォォン!!
激しい爆音とともにシュウは消え去り、シュウが居た場所に残されたのはシュウの体よりも大きいクレーター。
「あーあ、良いの? シュウくんを殺しちゃってさ」
ちょっとだけ意外そうに見つめながら、リニスはサクヤへと質問を投げかける。
リニスは長刀を肩に担ぎながら、
「構わん。仲間……家族を裏切るような奴はいらん。そもそも勇者がいなくても、なんとかなる」
迷うことなく断言し、長刀の切っ先を最後の標的であるリニスへと向ける。
「そっか、そんなにサクヤは冷徹だったか……。くっ……ははは、あははははははははははははははははははははははは!!」
リニスは突如として笑い出す。
最初は笑いを必死に我慢していたか見えたが、やはり笑うことを我慢出来なかったらしく、身を屈めてしまうほど。しかも、お腹まで痛くなってきたのか、脇腹に手を置く始末。
三人はその様子を見て、怪訝な表情を浮かべた。
何がそんなにも面白いのか、まったく分からなかったからだ。
しばらく笑い続けたリニスの目尻には軽く涙が浮かんでおり、それを指で拭いながら、説明をし始める。
「いや~、まさかこんなにも簡単にシュウくんを殺すと思わなくてさ。それがおかしくておかしくて……。自分たちの手でシュウくんを殺してくれると思わないじゃん。っていうか、シュウくんは裏切ってないんだよ? 全部あたしの仕業だし……」
不敵に笑いながら、リニスはそう言うと、
「そんなバカなことがあるわけないだろっ! シュウの体からそんな魔力も糸も見えなかったぞ!」
少しだけ青ざめた表情をしたサクヤがリニスへと怒鳴りつける。自分がしてしまったことに対する罪から逃げたいように、目は微かに動揺を浮かべていた。
「証拠を見せてあげるよ」
そう言って、リニスは自らが座っていた椅子が突如浮かび上がり、それをサクヤの方へ投げつける。
もちろん、そんな攻撃などサクヤはあっさりと持っている長刀で斬り壊す。
「い、いったい……どうやった……っ!?」
が、そんなことよりもサクヤは今の攻撃そのものにびっくりしていた。
先ほどサクヤが言ったように、リニスの手から糸の形も魔力も何も感じず、いきなり椅子が飛んできたからだ。つまり、『リニスがシュウを見えない糸で操っていた』ということが本当であると知るには十分な攻撃。
「簡単なことだよ。あたしの能力の一つを使ったに過ぎない。あたしは傀儡師だよ? 見えない糸や魔力を感知出来ない糸を使えても、何の不思議でもないはずでしょ? 騙してはないしね。あ、でも魔王同士の戦いは『騙し合い』だったっけ? つまり、その騙し合いであたしが勝ったってことになるのかな?」
リニスは勝ち誇った笑みを隠そうともしないではっきりと勝ち宣言を行った。
それに割り込むように、アラベラが口を開く。
「よ、よくもお兄ちゃんを……」
「それはあたしじゃなくてサクヤに言いなよ。殺したのはサクヤなんだからさ! あたしは操っていたに過ぎないでしょ?」
「操ってたってだけで十分じゃない! そうやって、お兄ちゃんの心も体も弄んでさ!」
「それがあたしの異名だからしょうがないよね~! もしさ、シュウくんを生き返らせることが出来たら謝ってあげるよ。あ、魂でもいいよ? でも、魂さえもないよね~! サクヤが一撃で葬ちゃったんだからさ!」
「言ったわね……。本当にここに連れてきたら謝ってくれるの?」
「うん、謝るよ~! さすがに仲間に殺されるのは酷かったしね。そんなこと出来るはずないけど……」
出来ないからこそ、リニスはアラベラを挑発し続けた。
サクヤもクサビも為す術がないのか、口を閉ざしたまま何も喋ろうとはしなかった。ただ悔しそうにリニスを見つめるばかり。
しかし、そんな中、アラベラはフッと小さい笑みを浮かべる。
「分かった。じゃあ、謝ってもらうから覚悟しといてよね?」
先ほどまでの怒りを纏った口調ではなく、余裕を持った声でリニスへ問いかけた途端、この部屋からピキピキと音が走った。そして、そんな音が鳴りやまないうちに盛大なガラスが砕け散る音を立てながら、この部屋は砕け散った。




