(2)
「間違ったことは言ってないけど……それでも、ボクはクサビさんみたいな辛い思いをする人を……」
シュウは頑張って、自分の意見を伝えようとした。
そんなシュウの気持ちを察しつつも、クサビは穏やかに答え続ける。
「それは無理ですわ。シュウちゃんの考えるような完璧な平和な世界なんて作れませんもの。それは魔王も同じです。平和を謳うのならば、魔王であれ誰一人被害者を出してはいけない。つまり、シュウちゃんの親戚であった勇者は必要最低限の殺す相手だとしても、現在力が全くないシュウちゃんたちを殺していい理由にはなりません。殺そうとしている時点で、アザスの目指す平和なんてないのです」
「その理屈じゃ勇者になったって……」
「無理ですわね。というか、誰も無理でしょう。世界が平和になった所で一個人までもが平和な世界を作るなんて無謀です。ただ、『そういう人間は見捨てろ』なんて言いません。そういう気持ちを持ってしまったのならば、それを思いついたシュウちゃんがなんとかしないといけないと思います」
「ボクには……そんなこと……」
出来るはずがない。こんな子供にそんな考えが思いつくはずがない。シュウはそう思い込んでしまっていた。
そんなシュウを励ますようにアラベラが口を開く。
「お兄ちゃん、頑張ってみなさいよ。私の過去も見たんでしょう? 私は彼氏と友達にも裏切られたわ。そんな裏切りがない世界を作りなさい。私も手伝ってあげるから」
「アーちゃん……で、出来るのかな? こんなボクにでも……」
「出来るはずよ。私たちがいるんだから。辛い過去を体験して魔王になった。最初は滅ぼそうなんて考えたりもしたけど、やっぱり世界の平和を望んだ。でも、自分たちの立場では無理だって気付いて、それを勇者に託した。そんな私たちが今、ここにいるの。出来ないはずがないわ」
「う、うん……」
シュウはここまで言ってくれたアラベラに否定の言葉を出せるはずがなかった。
きっとクサビもアラベラと同じように手伝ってくれることは分かっていた。だが、もう一人――サクヤはどうなのか気になったシュウは、サクヤの方へ視線を向ける。
サクヤの方も流れで自分の気持ちを伝えないといけないことは悟っていたらしく、
「――手伝ってやるさ。そっちの方が面白そうだしな。シュウがもし、そんな世界を作ることに成功すれば、私たちの世界でもそんな風に仕向けることは出来るかもしれない。魔王の立場として勇者にアドバイス出来る機会なんて滅多にないかもしれんしな」
そこでサクヤはいったん口を噤む。あまり言いたくないかのように少しだけ戸惑った表情をした後、天井を見上げながら、
「まー、なんだ。だから死のうとするな。自分の意志で死のうなんてするなんて、もっての外だ。それぞれに心に傷を負った者同士がいるんだ。それぞれが意見を出し合えば、シュウの望む平和を導き出せるかもしれないだろ。だから生きろ」
はっきりとそう言い切った。
リニスを含め全員が、サクヤがそんなことを言い出すとは思わず驚きを隠すことが出来なかった。
「サクヤお姉ちゃんがデレる、とはねー。やっぱりお兄ちゃんのことが心配だったの?」
と、からかい始めるアラベラ。
サクヤは「だから言いたくなかったんだ」みたいな雰囲気を出しながら、アラベラのことを睨み付ける。
「アーちゃんもこの場面でからかわないでください。サクヤがここまで言ったのですから、シュウちゃんにも私たちの気持ちは通じていますよね?」
クサビがアラベラを戒めながらもシュウへ真面目な視線を向ける。
当たり前だよ。通じないはずがないよ! シュウの心の中に少しだけ晴れ晴れとしたものとなっていた。悩みが完全に払拭したわけではなかったが、それでも三人が自分のために協力してくれることを知った今、そんなことはどうでも良くなっていた。なんとなくだったが、なんとか出来るという気にさせられてしまっていたからだ。
「うん、ごめん。何度もウダウダして。でも、今度こそボクは考えをしっかり持つよ」
シュウははっきりそう言い切ると、リニスの方へ振り向き、
「ごめんね、リニスさん。やっぱりボクは死ねなくなりました。ボクの中に成し遂げたいことが生まれたから。上手くいくかどうかは分からない。けど、やってみるだけの価値が生まれたから。だから、ボクは行きます」
と、リニスへ向かってはっきりと言い切る。
「ふーん、そっか。シュウくんも覚悟を決めちゃったか~」
声色はまったく興味がなさそうに装っていたが、苛立ちを隠せないときにやる癖、爪を噛む行為をやり始める。今まではそこまで聞こえなかった爪を噛む音が、今回は「ガジィ!!」と爪を噛み割りそうな音で鳴る。
その癖を知っていたのか、サクヤがニヤリと口端を歪めながら、
「どうした? 面白くなさそうだな。シュウがこんな風に簡単に心変わりすると思っていなかったようだな」
「くっくっく」と悪い笑みを溢しながら尋ねる。
それに乗っかるようにアラベラも同じように挑発し始める。
「それが出来るなんて思ってる方が甘いのよ。魔王と唯一対立出来る立場が勇者なんだからさ。あんたの誘惑なんて、勇者の血が簡単に受け入れるわけないじゃない。今回はお兄ちゃんが幼いっていうのが影響していたみたいだったけどさ」
「みたいだね~。ったく、本当に面白くない展開だよ。シュウくんがこのまま三人の目の前で死ぬ展開なら面白かったのにね」
「無理に決まってるでしょ? そんなことをされる前に私たちがお兄ちゃんを助けちゃうもの。ね、サクヤお姉ちゃん、クサビお姉ちゃん」
そうアラベラが二人に話を振ると、
「当たり前だろ。いつまでもお前の手の上で踊ってると思うなよ」
「そうですわ。シュウちゃんの心を弄んだ罪は死を持って償ってもらいます」
それぞれがその問いに答える。
今までのようにシュウを説得していた時のような穏やかな物ではなく、いつでも戦闘に移れるようにリニスに向かい、殺気が放たれていた。
「ふふっ、その割には油断してるね。あたしがシュウくんを操る道具として使うと想像してなかったのかな?」
リニスは片手をシュウの背中へ向けると、指先から糸が射出される。それは頭、手、足などさまざまな場所へくっつく。
「ふははははは! あたしはシュウくんの身体を使って攻撃し放題。それに比べて、サクヤたちは防戦することは確定。さあ、魔王同士の戦いを始めようか!」
高らかに言い放つリニスに、アラベラとクサビは少しだけ悔しそうな表情を浮かべており、サクヤだけは無表情で見つめていた。




