(26) 【アラベラ視点】
天一郎の一撃を受けたアラベラは、「あうっ!」と小さな悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。食らった一撃は、実はたいしたものではなく、傷口が軽く凍らされてしまう程度もの。再生しようと考えれば、いつでもそれぐらいのことは出来た。
が、それ以上にアラベラは考えることがあったのだ。
それはサイズの長柄にかけようとしていた魔力が消えてしまったことである。今、食らった一撃も本当は回避する術があったのだが、その魔力を追っていたせいで直撃を食らってしまったに過ぎなかった。そして、追っていた魔力がリニスに吸収され、何かに使われたことを知る。
あーあ、また変なことに使おうとしてるのかー。この感じだと、私の過去か何かを見せるためかな? そう思い、アラベラは傷付いた組織をまずは解凍し、傷口を修復しながら立ち上がる。
「ちっ、やっぱり炎で燃え尽きさせないと駄目か。しょうがない、こいつはもう止めて、新しい奴を――」
そう語る青年に向かい、アラベラは片手だけを顔の前に置き、
「ごめん! ちょっと時間がなくなっちゃったから、急いで終わらせてもらうね!」
と、悪気もなく謝る。
その直後、アラベラは自らの翼で姿を隠したかと思うと、すぐさまその姿を現す。そこには幼児体型ではなく、胸など出ている所は出ている一人の女性の姿。その姿はシュウが過去で見たアラベラそのものだった。
それと同じくして青年の方にもその影響が現れる。
青年の手から出されていた糸が音もなく消え去り、天一郎の身体がボロボロと崩れ始める。
「な、何が起きている!?」
初めて起きる現象なのか、青年は今までの落ち着きを殴り捨てて、自らの血を床に落とし、召還を試みるも成功することはなかった。
アラベラはその様子を妖艶な笑いを浮かべて見ているだけだった。
「何を……した……っ!」
「ふふっ、さっき言ったでしょ? 『私の血をお兄さんの中に入れた』って。その影響よ」
「だからと言って、他人の魔力の制御なんて――」
「出来ないと思ったの? 出来てるから、お兄さんは魔力を自由に扱えないんでしょ? 私は魔王なの。魔王なら出来ないことも可能にしないとね。そ、れ、に……私は吸血鬼の魔王。自らの血を注いだんだから、注いだ相手ぐらいは下僕にしないと面目が立たないのよ。まー、そんなことはしないのだけどね」
さっきまでの少女の雰囲気ではなく、雰囲気までも妖艶と化したアラベラはにこやかに笑ってみせる。
青年はその姿を見て、身体をブルッと大きく身震いをさせてしまう。それぐらい先ほどとは根本的に違うからだ。もはや別人と言っていいほどの変わりようだった。
しかし、アラベラはそんな青年の様子を気にしていないかのように話しかける。
「ねぇ、そんなことはいいの。一つだけお願いがあるんだけどいいかしら?」
「お、ねがい?」
「うん、お願い。拒否させるつもりもないから言うわね。死んで」
そのお願いの内容を聞いた瞬間、青年の目の前がいきなり真っ暗になってしまう。
何が起きたのかも分からない。
分からないまま、青年は首筋に走った一瞬の痛みを確認しようと手を動かすも首筋に振れる感覚は一切なかった。
代わりにアラベラの声が耳元で聞こえた。
「聞いてくれてありがとう。もう一つだけお願い聞いてね。お兄さんの血貰うわ」
その声に合わせて、青年の視界が少しだけブレたかと思うと髪の毛に痛みが走る。
青年は髪の毛を掴まれたということを理解したと同時に、青年の視界が少しだけ上に上がる。それを利用して周囲の様子を確認すると、少し下の方に見慣れたものがそこにはあった。
首から上のない自らの体だった。
それを見て、青年の辿り着いた結論は、『あ、頭を無理矢理切り取られたのか』ということ。そう自覚してしまった瞬間、青年の思考は永遠に止まる。
その下では頭から滴る血を飲むアラベラの姿。
頭の角度を調整しながら、血の垂れる位置が口に来るように調整していたが、最初の切り離した時の影響からすぐになくなってしまう。
「飲めた分の方が少なかったわね。ま、床に落ちた方が多いし、しょうがないか。それに血中に含まれる魔力も少ないし、こいつは不作だわ」
アラベラは無造作に青年の頭を投げ捨てる。そして手元の空間を開き、床に落ちている自らのサイズを手に取ると自らの元へと引き寄せる。そして刃先で自分の手を傷付け、真っ二つになっている場所に自らの血を擦りつけるようにしながら揉み込むと、サイズは何事もなかったかのように元通りに戻っていた。
そして、戦いが完全に終わったことを知らせるようにサクヤとクサビと同じく視界が歪み、転送が始まる。




