(20)
「そういうわけで、そろそろ処刑の時間だ。呪うなら、自分の中にある吸血鬼の血を恨むんだな。みんな、頼むぞ!」
ジャックの命に従い、人ごみの中ら五人ぐらいの人が飛び出してくる。飛び出してきたと同時に、ジャックが持っている剣と同じ剣を出現させて、それぞれに構える。
その人数を前にしてアラベラはショックを受けているらしく、構えることもなく逃げようとする様子もなかった。呆然とした様子で火球がかすった頬を擦りながら、そのメンバーをただ見つめるだけ。
「今の内だ、やってしまえ!」
ジャックの声に従うようにその五人はアラベラへと向かい、分散し、隙間を無くすように斬りつけにかかる。
それでもアラベラは動こうとはせず、その攻撃を受けたと思った瞬間、アラベラは無数のコウモリに分裂し、少し離れた位置で身体を形成した。この行動は反射的に行ったのか、顔は絶句したままだった。
しかし、突如として嘲笑し始める。
今まで人間として生きていたことが馬鹿らしくなってしまったかのように。
そうやって過ごしてきた自分が馬鹿だったと思い知らされてしまったように。
「そっかそっか……私は友達や彼氏にも裏切られて、家族まで奪われたんだ。なるほどね。オッケー、分かった。じゃあ、私も覚悟を決めるよ。私が信頼してた世界がここにないことを知ったから、全部壊しちゃおうよ。それがいいよね。大丈夫、ルーシアのお婆ちゃんを殺した吸血鬼は、私が八つ当たりして殺しておくからさ。だから、みんな安心して死んで逝ってね」
そう言った途端、フワッと服装が現在の服装へ変化。
シュウはサクヤが魔神と契約した時と同じように、背筋にゾクッとした寒気が走った。
それは周囲にいる人たちにも伝わったらしく、怯えた表情を浮かべる人たちが現れる。
ジャックもその中の一人であり、
「ヤバい! 何かするつもりだ! 早くアラベラを殺せ」
と、命令を下す。
「遅いよ、ジャック」
アラベラは冷たい目で無造作に手を振るう。
振るった手からは見えない刃が発されたのか、手前にいたハンターから順に頭と体を切断される。
その真空刃はハンター以外にも及ぶ。
ジャックは危険を察知したらしくサイドステップをしたが間に合わず、左腕を切断。その背後にいた人ごみの人も容赦なく体を切断され、そのまた背後にあった壁もあっさりと斬り落とす。
そして上がる数多の悲鳴や絶叫。
「あははははははははは! 楽しいね! さっきまで私の絶望を見てたあんたらの気持ちはこんな感じだったんだ! いいね、楽しいよ!」
愉しそうに笑った後、一気に冷たい声で、
「逃がすわけないでしょ。殺すから、この場にいる全員は絶対に」
容赦なく言い切り、手から魔法を繰り出す。
シュウはその様子を見ていられなくなり、視線を逸らした。
自業自得の部分が多く、アラベラの感情が歪んでしまうのも納得出来てしまうほど、人間の果てしない悪意を見てしまったような気がしたからだ。
〈ほらね、言ったじゃない。人間はこんなに悪い生き物なんだよ〉
リニスの声はアラベラの殺戮シーンを見ているせいか、愉しそうに笑っていた。
〈そうだね。こんなに人間って悪かったんだね。ボクは何も知らなかった。ううん、同じような立場だったけど、魔王を倒せなかった報いだと思ってた。だから、我慢出来てた〉
〈三人の過去が分かったところでシュウくんにはやってもらいたいことがあるんだ〉
〈うん、分かってる。三人の説得でしょ?〉
〈正解。じゃあ、こっちの世界に戻ってきてもらうよ〉
最後にシュウはアラベラの姿を見つめた。
愉しそうに笑いながら、忌むべき人間を殺していた。命乞いする友達だろうが、知り合いだろうが関係なく。
魔王のあるべき姿として。
シュウの視界は今までと同じように歪み、目の前に現れたのは真っ暗な闇だった。
「目を開けてごらん。元の世界に戻ったから」
リニスの声が今までのように直接頭ではなく耳から入ってきたことにより、本当に現実世界に戻ってきたことを理解し、言われた通りにシュウは目を開ける。
「おかえり!」
「た、ただいま……」
シュウは複雑ながらもそう挨拶を返し、サクヤたちが映る画面を見上げる。
そこには三人がほぼ同時にそれぞれの敵にトドメを差している場面が映っていた。
「あ、あれ? かなり時間が経っているから、とっくの昔に戦闘は終わっていると思ったのに……」
「それはあたしが調整したせいだよ。意識体だけなら、時間の調整も出来るからね。肉体ともなると、現実世界の時間と同じに進んでしまうから無理だけど」
「そうなんだ」
画面に映るサクヤたちは少しだけ愉しそうな表情をしていた。
過去の映像で見たような憎悪に満ちた表情ではなく、あの頃よりはかなり温和な表情になっており、あの時の憎悪を忘れてしまったようなもの。あの時の過去がすでになかったようにさえ思えてしまうほどの笑みを浮かべていた。
なんで、そんな顔が出来るの? シュウには三人のその表情の意味が分からず、じっと見つめながら考える。
『いったい三人の中で何が起き、勇者に倒されることを望むようになってしまったのか』ということを。
そして画面からリニスへと視線を移す。
こちらは魔王らしく、部下たちが倒されたことを何とも思っていないような表情をしていた。
しかし、シュウの視線に気付いたのか、
「どうしたの?」
と、尋ねられたので、
「ううん、何でもない」
シュウは即座に返事を返し、再び画面を見つめる。
リニスはシュウが悩んでいることに気付いているらしく、シュウのその悩んでいる姿を見ながら口の両端を思いっきり歪め、これから起きることを期待しているような表情を浮かべていた。




