(19)
二人が戦闘意欲を見せる中、シュウだけはアラベラから生えた翼と尻尾の意味が分からなかった。
状況的には魔王になるタイミングではなかったからだ。
魔王になれば、その時の雰囲気が禍々しい物へと変化して、雰囲気だけでそれを察することが出来る。しかし、今回はその雰囲気はアラベラのままであり、憎しみだけで戦闘をしようと考えている状態だった。
〈隔世遺伝ってやつだよ、シュウくん〉
シュウの疑問に答えるようにリニスが口を開く。
〈隔世遺伝って?〉
〈何代か前の吸血鬼の血がアラベラには強く宿っていたってことさ。それが年を取るごとに活性化して、家族の知らないうちにここまで強くなっていたってことだよ〉
〈じゃ、じゃあ、アーちゃんが本当にみんなを――〉
〈そんなわけないでしょ。あくまで受け継がれた血が強くたって、アラベラが吸血鬼化出来るだけ。人間を襲う必要がないんだから。あくまで襲ってたのは他人の誰かだよ〉
〈なら、良かった。でも――〉
リニスと会話をしている最中に、二人はすでに戦い始めていた。
アラベラが素手に魔法を宿して戦っているのに対し、ジャックは剣を振るいながら魔法を使って追い込んでいた。性別、武器の有無、魔法の熟練度の差はすぐに出始め、アラベラはジャックと接触するたびに傷を一つずつ増やしていた。
「弱いな、吸血鬼。お前の憎しみはそんなものだったのか?」
「うるさい! ま、まだまだやれるに決まってるでしょ!」
「無理しないで、俺に殺されろよ。っていうか、お前は本当に馬鹿だよな」
「何がよ!」
息の上がったアラベラは肩で息をしながら、ジャックを睨み付ける。今は言葉一つ聞きたくない。そんなオーラが出ているにも関わらず、そう尋ねてしまうのは好意を持っていた影響からだった。
「お前が吸血鬼なのは、学校のみんな知ってるんだぜ?」
「今さらそんな嘘信じるわけないでしょ」
「なんで嘘だと思うんだ?」
「そんなの言ったところで、私が誰かを襲ったわけじゃない。だから、誰も見てないのに証拠になるわけないじゃん! 馬鹿なのはそっちでしょ!」
「愉快な考えだな。分かった、その証拠を見せてやるよ」
「いいよ! 見てやろうじゃん!」
「言ったな? 覚悟しとけよ」
ジャックはアラベラが挑発に乗ったことを楽しそうに笑い、手の平を玄関の方へ向ける。そして、手の平から放たれる魔法の一撃によって壁を破壊。その威力は玄関まで達するものだった。
「ついてこいよ」
一言そう言うと、ジャックは今自らが破壊して出来た道を走り、中庭に飛び出す。
アラベラもその挑発に馬鹿正直に従い、ジャックを追って中庭に出る。
出た瞬間だった。
周囲から灯りのようなものでアラベラを照らし出す大勢の人たちが現れる。
「っ!」
アラベラはそれが眩しくて思わず、自らの腕で灯りから逃れるように顔を隠す。
その隙を見て、ジャックはニヤリと口端をつり上げ、
「ほらな、みんな言ったとおりだったろ! アラベラは吸血鬼だったんだよ!」
周囲の人たちに聞こえるように大声で叫ぶ。
その声に驚きを隠せないように、周囲にいる人たちがザワザワと騒ぎ始める。本当にアラベラが吸血鬼だと思っていなかったような反応だった。
そして、聞こえる怯える声。
「気持ち悪い姿……」
「あんな羽、普通の人間じゃないじゃん」
「みんなを騙してたんだ……。最低……」
アラベラの現在の容姿を見ての言葉が多く、アラベラは憎悪から自分の容姿が吸血鬼化していることを忘れていたのか、ハッとした様子で自らの翼や尻尾を隠そうと試みるがすでにそれは遅かった。
そして、リビングで言ったジャックの言葉と周囲の雰囲気との違いに気付いたアラベラは忌々しげに問いかける。
「嵌めたなー!」
「頭に血を上らせてるお前が悪いんだろ? 俺はお前を消せれば、それでいい。この街を恐怖に貶める吸血鬼を、な!」
「だから、私はしてない! するわけないじゃん! 血が少し混じってたようが、隔世遺伝のせいでこんな姿になっても、大好きな町の人を恐怖に貶めないもん!」
アラベラはこのために集まった人たちにも伝えるかのように大声で叫ぶ。
この気持ちに嘘偽りはない。
心から思っている気持ちなんだ。
そう、必死に伝える。
それじゃ駄目だよ、アーちゃん。必死に語るアラベラとは正反対に、冷静の周囲の人たちの様子を見ていたシュウはそう思った。この状態でアラベラが何を言おうが、何を伝えようがまともに受け取ってくれる人は皆無なのだから。
「オッケー。じゃあ、今の状況の感想をこの二人に教えて貰おうか」
ジャックが指を鳴らすと、人ごみに紛れていた中から二人の金髪の女性が前に出てくる。
アラベラはその二人を見ながら、
「マリー、ルーシア」
と、現在の自分の姿を今まで以上に見せたくないように限界まで折りたたみ、名前を呼んだ。
〈誰?〉
〈アラベラの一番仲の良い友達だよ。親友で良いかな?〉
〈そっか〉
展開が分かっているシュウは怒ることもなく、この状況を打開する手段も思いつかず、何も出来ないことを悔しそうに拳を握りしめて、三人の様子を見守る。
そして案の定、アラベラへとかけられる声は残酷なものだった。
「まさかアラベラが吸血鬼だったとはね。ジャックが言うのは嘘だって信じてたのに……。最悪。吸血鬼なんか滅びればいいのに……っ!」
と、一人が忌々しげに語り、
「アラベラ、私のお婆ちゃんが吸血鬼に殺されたのは知ってるよね? その時、慰めてくれたよね? それは嘘だったの?」
もう一人は涙ながらに語りかける。
アラベラは身の潔白を晴らすかのように両手を広げて、
「そんなわけないでしょ、ルーシア! いくら吸血鬼の血が混じってたって、私たち家族には関係――」
弁解をしようとした矢先のこと、ルーシアの手から火球が放たれ、それがアラベラの頬を掠める。
「嘘だ! 心の中で嘲笑ってたんでしょ!? 楽しんでたんでしょ!! あんたなんか死ねばいいのよ! 私にあんたに勝てる力があれば殺してやるのに! 私の手で殺してやるのに!!」
その言葉を聞いて、絶句するアラベラ。
周囲からはルーシアの必死の叫びに同調し始め、一斉に「死ね」や「殺せ」のコールがかかり始める。
誰も助けてくれる人はおらず、ショックを受けるアラベラは再び涙を流し始める。
誰か一人は助けてくれる人がいることを信じていたアラベラにとって、吸血鬼の血が入っていることがバレて家族が殺されることよりもこのことの方が辛いらしく、大粒の涙がどんどん溢れ続ける。
これがアーちゃんにとって一番辛かったんだ……。シュウはアラベラが違う意味で天涯孤独になったことを知るのだった。