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「おまたせー! 待たせてごめんね、ジャック!」


 アラベラはあれから化粧や洋服選びにそれなりの時間をかけて、客間で待たせているボーイフレンドのジャックを迎えに行った。

 ジャックはアラベラが待たせている間に飲み物やお菓子を振舞ってもらっていたらしく、ソファーに座って寛いでいた。


「大丈夫大丈夫、そんなに待ってないよ」

〈絶対嘘だ。絶対待ってるよ〉


 なんてことなさそうに語るジャックにシュウは思わず突っ込みを入れてしまう。

 メイドがアラベラに声をかけてから、すでに三十分は経過しているはずからだ。ずっとアラベラの様子を見守っていたシュウにとって、何も進展のないこの状況に疲れてしまっていた。


「そっか、じゃあ行こうよ!」


 アラベラも待たせたことを気にしていないらしく、ジャックにそう呼びかける。

 するとジャックも、


「オッケー」


 と、元気そうに答えながらソファーから立ち上がり、アラベラに近づき、手を握る。

 アラベラの方も嬉しそうな笑みを浮かべて、その手をギュッと握り返す。

 そして、二人はすれ違う人たちに「行ってきます」と挨拶しながら外出。


「なー、アラベラー」

「ん、なーにー?」

「また吸血鬼事件が起きたの知ってるか?」

「また起きたの?」

「起きたらしいぞ。今度は血を全部吸われたらしい」

「えー、こわーい」


 アラベラはぶりっ子を演じているのか、それともこの流れでふざけているのか、ジャックの腕にしがみつく。そして、腕の影で見えないようにしながら、複雑な表情を浮かべていた。


「大丈夫だって! アラベラは俺が守ってやるからさ!」


 アラベラがそんな表情をしていることを知らないジャックは呑気そうに語りながら、顔をニヤつかせていた。その原因はアラベラが腕にしがみついたことで、アラベラの豊満な胸が腕に密着しているせいである。


「あはは! 期待しないでおくねー。ジャックって怖くなったら、私を置いて逃げ出しそうだしさ!」

「えー、そりゃーねーよー」

「冗談。期待してる!」

「酷い冗談だぜ」


 ジャックの方もアラベラの冗談を気にしている様子はなく、楽しそうに笑い飛ばしている。

 アラベラもまた自身に待ち受けていることなどを想像している様子もなく、楽しそうに笑っていた。

 しかし、二人がそうやって笑っている状況にも関わらず、シュウだけは暗い顔をしていた。なぜならば、問題になっていることが自分の立場にそっくりすぎて、心の中が苦しくなってきたせいだった。


〈大丈夫かい?〉


 リニスもシュウの立場を理解している側のため、心配そうに声をかけてきたため、シュウは首を横に振った。


〈大丈夫なわけないよ。ボクは自分の死ぬ選択をしたけど、なんでアーちゃんが魔王になっちゃったの?〉

〈シュウくんはすでに結末の方が気になるのかい?〉

〈状況がそっくりだからね〉

〈そっかそっか。シュウくんにはこれから先は辛いかもね。だって、ここから見えてくるのは、人間が持つ果てしない悪意しかないからさ〉

〈はてしない……あく、い……?〉

〈そうだよ。シュウくん自身が味わってきたじゃないか。村人たちからの攻撃を……〉

〈ま、まさかっ!〉


 シュウの中には悪い予感がした。

 二人の様子を見ている限りでは、そんなことが一切起こりそうにもない雰囲気なのに、シュウの直感が『ジャックがアラベラを裏切る』ということを、シュウの頭が勝手に警報を鳴らし始める。


〈でね、シュウくん。もう一つ残念なお知らせがあるんだ〉


 リニスはシュウの直感を察したのか、さらなる追撃を口にし始める。


〈アラベラは家族に内緒で付き合ってるんだよ~。まぁ、付き合うということに関して、家族に報告する必要はないと思うけどね〉

〈え、じゃあ……アーちゃんは……〉

〈そう、この流れで分かるよね。彼氏に家族を殺されるってことが……〉


 ショックを受けるシュウとは違い、リニスは笑っていた。その笑いも面白さから来るものではなく、憐みのこもった笑い。リニス自身も似たような経験をしたことがあるということを伝える笑い方だった。


〈な、なんで、そんなことになるの? あの二人を見てたら幸せそのものじゃないか!〉


 シュウはアラベラとジャックを指差す。

 二人はシュウの気持ちとは裏腹にウインドウショッピングをしていた。アラベラの質問に、ジャックがちょっとだけ困ったような反応を返し、それにムスッとするアラベラ。リニスに教えて貰ったからではあったが、どこにでもある一般的なカップルの姿がそこにはあった。


〈じゃあさ、それがジャックの狙いだったら?〉

〈え? 狙い?〉

〈あ、やっぱりいいや。説明するのが面倒だから、そのシーンを見せてあげる。アラベラが魔王になったきっかけとも言えるその場面をね!〉


 シュウの視界が歪み、その歪みが治まるとそこにはシュウがよく知っている部屋が現れる。

 その部屋はアラベラの部屋だった。

 部屋の電気は消されており真っ暗だったため、一瞬誰の部屋なのか、分からなくなりそうだったが見覚えのあるシーツや家具でシュウはそう判断したのだ。

 しかし、その部屋もシュウが見た時と違って荒らされていた。


〈え、これって……?〉


 シュウにはその光景の意味が分からず、周囲をキョロキョロと見渡す。

 部屋は何か鋭い刃物か何かでボロボロに切り裂かれており、何かに襲われたことだけは確認出来た。

 その時、突如現れた胸騒ぎにシュウはその部屋から飛び出す。

 状況がすでにクサビやサクヤの時のように佳境に入っていると察したからだ。

 が、部屋から飛び出した途端、シュウは足を止める羽目になってしまう。


〈うぅ!!〉


 そして、口の中に現れた酸っぱい感覚を堪えるために口を押える。

 廊下の電気は消えていなかったらしく、部屋から出たシュウの視界に入ったのは、人間だった者の姿と辺りに殺された際に飛び散った血の跡だった。

 廊下にある死体全てが容赦なく殺したことを伝えてもいいほど、体の一部をどこかなくなっていたり、下手をすれば首がなくっていたりするものもあった。

 シュウは念のために隣の部屋にいるアラベラの兄の部屋を覗いてみることにした。

 クサビのことがあったため、無事であることを確認したかったのである。


〈ど、どう……やったら……こんなことがっ……〉


 部屋の中に入ったシュウの目に映ったものは、無残にも惨殺された兄の姿だった。

 誰かに見せしめをするためなのか、全身を釘で壁に打ち付けられて宙吊りにさせられている状態だった。その釘の打ち方も印象的であり、釘と釘の隙間から兄の身体が見えないように規則的に打ち込まれていた。


〈そいつよりもアラベラを探さないといけないんじゃないの?〉


 ショックと精神的ダメージで身体に不調を催し始めたシュウに助言するかのようにリニスの声が聞こえたシュウは、


「――!」


 急いで、一階へと下り始める。

 シュウが一階を目指した理由もまたいつもの直感だった。


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