(16)
〈なんでそう思うの?〉
リニスは面白そうに、逆にシュウに質問し返した。シュウがまるでその質問をしてくることが分かっていたかのような笑い声と共に。
からかってる? シュウはその笑い声からそう判断して、少しだけムスッとした表情を隠すことなく、自分の知っているアラベラの説明をし始める。
〈だって、アーちゃんはあんなにグラマーな女性じゃないよ。ボクより背が低くて、子供みたいな人だもん。あんな綺麗な女性はアーちゃんじゃない〉
〈あ~、そうだね。確かにシュウくんの世界にいるアラベラは幼児体型になってるね。うんうん、まだ一回も本当の姿を見たことがなかったか~。知ってたけどね〉
〈え?〉
〈シュウくんの世界にいるアラベラの姿は魔法で容姿を変えてるだけだよ。シュウくんが望んでた『家族』を演じるためにね。あの中で子供っぽい雰囲気が作れるのがアラベラだった。それだけのことだよ〉
〈あっ!〉
シュウはリニスの言葉を聞いて、アラベラが言っていた『魔力の消費を抑える姿になっている』と言っていたことを思い出す。
〈ん、何か思い出したみたいだね〉
〈うん。リニスさんの言う通り、あの人が本当のアラベラちゃんみたいだね。信じるしかないみたい〉
当の本人であるアラベラは呑気そうに本を読みながら、面白そうに笑っていた。相当面白いのか、時折足をバタバタと暴れさせながら。
ボクの知ってるアーちゃんとは違い過ぎる……。シュウの知っているアラベラは子供の持つ純粋無垢さが押し出されており、あんな風に大人が笑うような仕草ではなかったので、シュウは思わず戸惑ってしまう。
その時、隣の壁から「ドンッ!」と強い一撃がアラベラの部屋に放たれる。
「なんなの? うるさいなー」
アラベラは笑うのを止めて、それを返すように手の甲で壁を叩く。
すると、再び隣の壁から再び叩かれる音が跳ね返される。
それを返すようにアラベラもまた叩く。
それを何回か繰り返した後、隣にいる住人の我慢の限界を迎えたらしく、アラベラの部屋へその住人がアラベラの部屋のドアを勢いよく開ける。相当、頭に来ているのか、ノックもなしに。
アラベラは隣の住人がやってくるとは思っていなかったらしく、「キャッ!?」と小さい悲鳴を上げて、タオルケットを取ると身体を隠しながら、
「お兄ちゃん! 部屋に入る時はいつも『ノックして』って言ってるでしょ!」
と、文句を言った。
しかし、それはこっちだと言わんばかりに眉間をピクピクとさせながら、
「それはこっちのセリフだ! 笑い声ぐらいは我慢してやるが、このうるさい音楽を少しは静かにさせろ!」
そう言って、近くにあった機械のボタンを押して音楽を強制的に止めた。
そのことにアラベラは不満を現すように頬を膨らませた。
「別に大丈夫でしょ、これぐらい。だいたいお兄ちゃんだって音楽をかけてる時あるじゃん! 私だってうるさい時あるけど我慢してるんだよ?」
「お前ほどうるさくしてない。どんだけ音量を高くしてるんだ!」
「えー、普通だと思うけどなー」
「普通じゃない!」
「普通!」
「違う!」
「普通だよ!」
「普通じゃないんだよ!」
「むー、私がすることにすぐに反発して、お兄ちゃんの馬鹿!」
「あ? 誰が馬鹿だ。このアホ妹がっ!」
「あ、アホ!? 試験に落ちて大学を浪人してるお兄ちゃんに言われたくない!」
「んだとっ!!」
二人の口ゲンカは白熱し始めた。
シュウは二人の様子を見ながら、アワアワし始める。こういうケンカが起きてしまった場合は止めるのが普通ではあるが、現在のシュウは見ていることが出来ない。なのに、心は止めようと働いてしまっているのだ。
〈いや~、仲の良い兄妹だね~〉
シュウがアワアワしている状態とは裏腹にリニスは、二人の状況に関して呑気そうに漏らす。
〈え、あの……そんなこと言ってる場合じゃ……っ!〉
〈大丈夫だよ~。兄妹なんてこんなものでしょ〉
〈え、で、でもケンカはっ!〉
シュウがアワアワしている中、アラベラと兄はすでに近寄っており、今にでも暴力が含まれるケンカに発展しそうになっていた。
アラベラに至っては頭に血が上り始めているのか、下着姿のままである。
〈うわわっ! これ、ヤバいよね! 絶対にヤバいよね!〉
〈シュウくん、落ち着きなよ~。兄妹ゲンカなんてこれぐらいじゃないと駄目なんだよ~。ケンカもしないんだからさ。本当に仲が良いから、こんな風に出来るんだよ~〉
〈な、仲が良いのは分かるけどさっ! それでもケンカは――〉
二人がいがみ合い、思わず兄が手を出しそうになった時のこと、アラベラの部屋がノックされ、
「お嬢様、ボーイフレンドが迎えに来ましたよ」
と、二人のケンカに割り込むようにメイドが声をかけた。
ハッとしたようにアラベラは壁にかけてある時計を見つめて、「あ、やばっ!」と慌て始める。
その様子を見て、兄の方も白けたように髪を掻きながら部屋を出て行こうと扉の方へと振り返る。本当だったらもうちょっと文句を言ってやりたかったが、アラベラが下着姿だったので遠慮したかのようにシュウは見えた。
「おい」
「何? まだ文句あるの? あ、こっち見ないでよね?」
「そう言うなら服を着とけよ。っていうか、俺はお前の下着姿を見たくない。そんなことより、俺たちに含まれる血のこと、誰にも言ってないんだよな?」
「当たり前でしょ? 言ったら大変なことになるじゃん」
「ならいいけどな。バレないように気を付けろよ」
「分かってるよ。良いから早く出て行ってよ!」
アラベラはそう言って、ベッドに置いてある枕を兄へと投げつける。
兄の方は投げなれた枕を振り返るとことなく、自らの当たる位置に手を置いて、それを床へと叩き落とす。そして、何事もなかったように部屋から出ていく。
「ったく、家族揃って心配性なんだから……」
アラベラは聞き飽きたと言わんばかりの面倒くさそうな表情を浮かべながら、クローゼットから急いで服を選び、身に着け始める。
血? どういうこと? シュウは自らの血のことがあるため、少しだけ敏感に反応してしまう。
〈シュウくんの世界で勇者の血が今嫌われているように、この世界ではアラベラの持つ血が嫌われてるんだよ。その血はシュウくんもよく知っている血だよ?〉
その質問をされると思ったのか、リニスがシュウへと説明をし始める。
〈ボクが知ってる血? 吸血鬼の血ってこと?〉
〈せ~かい! アラベラが吸血鬼の魔王になった要因でもある血だね。ま、この時点では現在のアラベラに比べるとほんの少ししかないけどね。ま、あとでそのことについては分かると思うから伏せておくけど、悪しき血として周囲からは認識されてることは間違いないってことだけ覚えておいてね〉
〈うん、分かったよ〉
詳しくは分からなかったが自分の立場と似ていることから、シュウはこれから起こるアラベラの悲劇が気になって仕方なくなってしまうのだった。




