(15)
今までと同じようにシュウの視界が歪んだ後、定まった視界に現れた光景は今までとは全く違う光景だった。
サクヤとクサビの世界を『和』ならば、アラベラの世界は『洋』。服装も和服などではなく、洋服と呼ばれるものだった。
シュウはその世界の違いに圧倒され、キョロキョロと周囲を何度も見回してしまう。それほど新鮮だったからだ。
〈す、すごいね……〉
〈そう? あたしの世界はアラベラの世界に近いから、そうでもないんだけど〉
〈あ、そうなんだ〉
〈そうだよ~。サクヤもクサビもあんな田舎っぽいところで暮らせたもんだよ〉
リニスはサクヤとクサビの世界を侮辱し始める。
シュウはそれに対して、苦笑いを溢すしか出来なかった。シュウの漏らした苦笑いは反応に困った苦笑いではなく、自分の世界もサクヤとクサビの世界に似ていたため、反応が取りにくかったせいである。
〈でも、そんなに二人の世界とは違うの?〉
その違いは光景からでも分かるシュウだったが、リニスとの違いの差を知るために尋ねてみると、
〈そ~だね~。あ、あれとか違いが分かるかも。ほら、誘導するからこっちに来てごらん〉
〈え、うん〉
シュウはリニスの誘導に従い、近くにある一本の柱へと近寄る。その柱を観察するように上を見上げると、先端には大きな箱が取り付けてあった。
〈これは街灯って言うんだ〉
〈がい……とー……〉
〈そうだよ~。んで、このボタンを押しながら魔力を込めると先端に明かりが灯って、この道を照らすのさ。サクヤたちの世界にもあったんだけど、それはロウソクを使ってたでしょ? こっちは機械なんだよ〉
〈き、かい……?〉
確かめるように呟くシュウに、リニスは大きくため息を漏らした。ここまで物事を知らないことを呆れ、これ以上説明をすることが面倒と言いたそうな盛大なため息を。
〈なんか……ごめんなさい……〉
シュウも自分の何が悪いのか全く分からなかったが、その様子からなんとなく謝ってしまう。
〈こればかりはしょうがないね。この世界はシュウくんの住んでいる村よりも大きな町の風景って思ってくれたらいいよ。うん、本当にシュウくんの世界の都会はこんな感じだしね〉
〈わ、分かった〉
〈それでいいよ。とにかく、アラベラに会いに行こうよ。場所はこっちだよ〉
再びシュウはリニスに連れられて、アラベラがいる場所に向かって歩き始める。
クサビやサクヤのように、二人に近い場所に移動させなかったのはシュウに今までの世界との違いを見せつけるため、だと気付いたのはずいぶんあとになってからのことだった。
この光景よりもシュウはもっと気になっていることがあったからである。
〈ねえ、質問したいことがあるんだ。って、大きなやし……お城だなー〉
リニスの案内に従い、歩いている途中で質問を繰り出しながら、目の前までやってきたお城を見上げながら感想を漏らすシュウ。
〈でしょ~。このお城がアラベラの家なんだよ。実はアラベラって、この世界では結構お金持ちの家の子供だったんだ。あ、質問してきていいよ。分かることは答えてあげるから。今までのようにさ。あ、このお城の中に入るからね〉
リニスの方もこの世界のアラベラの状況のことを話しながらも、シュウの質問を素直に受け入れる。何か質問されることを分かっているかのような、気楽は口ぶりで。
〈へ~。アーちゃんすごいなー。んで、質問なんだけど、サクヤさんはどのタイミングで魔王になったの?〉
〈あ、それ? この世界のことじゃないんだ〉
〈う、うん。この世界はボクからしたら、表現しにくい世界だから素直に受け入れるしかないかなって……〉
〈なるほどね~。別に気にしなくていいよ。確かにシュウくんからすれば、完全な異世界みたいな感じだから仕方ないことだよ。見た物をありのまま受け入れてくれれば、あたしとしても楽かもしれないし。次、右ね〉
〈あ、あはは……〉
シュウはリニスに言われるがまま、お城の廊下を歩いていく。
リニスの言う通り、アラベラの両親が金持ちであることを知らせるかのように、お城の中には執事やメイドが何人もいた。その人たちはせっせと廊下の掃除や花瓶を磨いたりしており、忙しそうな姿がシュウの目にも入った。
しかし、シュウにとってその人たちの存在の意味が全く分からず、不思議そうに見つめることが精一杯だったのは言うまでもない。
〈じゃあ、さっきの質問の答えだけど、サクヤが蹴飛ばされて、ぼんやり空を見上げている時だよ。魔神がシャイなせいなのか、それとも元から実体というものがないのか、誰も姿を見たことがないんだよね〉
〈へー、じゃあどうやって契約するの?〉
〈普通の会話だよ。提案を出されるから、それに乗るかどうか。会話の世界も、今あたしがシュウくんに見せているこんな感じだしね。景色もその時いた場所の景色そのままだから、意識だけが別時間を過ごしている感じかな~〉
〈な、なんか難しいね〉
うーん、と唸りながらシュウは腕を組み、考える。
リニスの言おうとしていることは分かったが、イメージが付きにくかったせいだ。今、リニスによって見せてもらっている三人の過去状態と言われても、肉体の方がどんな状態でいるのか分からなかったためである。
〈ま、そんなに気にしなくていいんだよ。あたしたちはそれなりの理由があって、魔王になった。それだけ分かってくれればね〉
〈――そうだね。うん、サクヤさんとクサビさんの過去を見ただけで十分に伝わってる〉
最初の頃と違い、シュウにとって現在のサクヤとクサビがなんであんな風にも平然としているのかが分からず、『もっと憎しみに任せて行動してもいいのに』とさえ思い始めていた。
見た限りでは、それほど辛い過去だったのだから。
〈ほら、この部屋にアラベラはいるよ〉
〈ここ?〉
部屋の位置は最上階。
子供らしく一番上の部屋をあてがってもらっているらしい。
中からはこの世界で流行っている曲を大音量でかけているらしく、部屋の外にも関わらず、シュウの耳にもその音楽が聞こえてしまうほど。
だ、大丈夫なの? こんなに大きな音立てて……。祖母からあまり大きな物音を立てないように注意されながら育てられたシュウにとって、思わず周囲の心配をしてしまうほどだった。
〈良いから入ろうよ〉
〈う、うん!〉
シュウはリニスに促されるまま、部屋の中に入る。
そこには一人の女性がベッドで寝転がり、ゴロゴロしているグラマーな姿の女性が寝転がり、呑気そうに本を読む姿があった。暑いのか、恥ずかしげもなく下着姿で。
女性のそんな姿にシュウは即座に背中を向ける。
現在のアラベラの服装はシュウの感覚でいえば水着みたいものであり、過去のアラベラの着ている服装がそう思えなかったのは床に脱ぎ捨ててある服装のせいだった。
しかし、シュウがふと思いついた違和感に恥ずかしさを我慢して、もう一度その女性を見つめた。そして、
〈ねえ、これはアーちゃんじゃないよ〉
と、リニスに注意した。