(14)
「娘よ、お前は気付いているか? この五人があの時、お前の両親を殺したメンバーたちだってことをのう!」
意味のないネタばらしを行う呉服屋の主。
しかし、サクヤはそれに対して答えることなく、死んでしまった養父の顔をジッと見つめていた。
そのことが気にいならなかったのだろう、養父を殺した男がサクヤを蹴っ飛ばす。
サクヤは防御することなく、あっけなく蹴っ飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
「そうじゃそうじゃ! ワシは娘のその顔を見たかったのじゃよ! そして、あの時の母親のようにお前の身体を――」
そんなサクヤに構わず、呉服屋の主は勝手な妄想をし始め、嬉しそうな顔を浮かべていた。
シュウは勝手なことを言い始める呉服屋の主に苛つきながらも、サクヤの様子がおかしいことに気付いてしまう。
本来ならば養父を殺され、自我を忘れてしまったかのように襲いかかってもおかしくないはずだった。なのに、サクヤはそんな様子は見せず、未だに倒れ込んだまま立ち上がろうともしない。それどころか目も虚ろになっており、空をぼんやりとした目で見ていた。
サクヤさん、どうしたの!? その状況を見ていたシュウに一つの考え、『心が崩壊した』が思い浮かんでしまう。だからこそ近付き、サクヤを覗き込んだ。それだけの状況が目の前で起き、ショックを受けてしまっているのだから、心配にならないはずがなかった。
が、シュウがサクヤの顔を覗き込んだ時、サクヤの口から笑い声が漏れ始め、狂ってしまったかのように次第に声量を上げて笑い続けた。
「くっくっく、とうとう狂ってしまったか。そっちの方がヤりやすいからのう。こっちからすれば願ったり、叶ったりじゃな」
呉服屋の主の言葉に賛同するように、黒づくめたちも笑い始める。
場にはシュウを除いた笑い声がしばらく響き渡る。
それを終わらせたのはサクヤだった。
顔をその場にいる全員に見せないように俯けたまま立ち上がり、
「お前らには感謝してやるよ。自分は人間を超越することが出来たからな」
と、話しかける。
今まで笑っていた呉服屋の主と黒づくめたちは笑いを止め、意味の分からないような感じの雰囲気が流れ始めた。
誰かが問いかける前に再びサクヤが口を開き、
「こんな……幸せになれない世界があるのなら……自分が変えてやるさ。変えて、お前らみたいな最悪な人間なんて滅ぼしてやる。いや、面倒だな。この世界ごと滅ぼした方がいいか……。そうしよう、それがいい!」
顔を上げた瞬間、殺気が一気に爆発。
その圧力がシュウを除く全員に襲いかかり、軽くだが吹き飛んでしまう。
きっかけがどれなのかは分からなかったがサクヤの身体が一瞬輝くと、服装が着物からシュウの知っているドレスへと変化した。
〈も、もしかしなくても……魔王に……なった……? で、でも、魔神って人が現れてない……。ど、どうなってるの?〉
シュウは誰かが言っていた言葉を思い出し、目を見開いた。
サクヤの変化に対し、そんな場面が一切なかったからである。タイミング的にそのきっかけがあったのは、あの放心状態で空を見上げていた時のみ。なのに、魔神と呼ばれる人が現れることがなかったことが不思議でしょうがなかったのだ。
唯一、その答えを知っているはずのリニスは話しかけてこようともしない。この場面の最後をちゃんと見ろ、とでも言っているかのように。
「お、お前ら行くのだ! あの娘を始末しろ!」
呉服屋の主は手に持った長刀でサクヤを指し、黒づくめに命じた。
黒づくめたちはサクヤの変わりように戸惑った表情を浮かべていたが、主の命令なので勇気を振り絞って、攻撃を仕掛けようと駆け出す。
「剣よ、自分の意志に応えよ!」
が、サクヤの命令が下される。
下された途端、黒づくめの身体から無数の刀剣の刃が現れ、人間で作られた剣山のような状態にさせられてしまい、その場で息絶えてしまう。
自らの手を下すまでもない。そう言いたげな目で間を通り抜けていき、呉服屋の主へと近付いていくサクヤ。
反対に呉服屋の主は青ざめた表情をしていた。自らの身を守るために長刀を構えているにも関わらず、身体がプルプルと震わせ、持ち手が安定しない様子だった。
「く、くるな!」
「うるさい。お前のような人間は自分に命令する資格はない。その刀は返してもらおうか。その刀は自分の物だ。父上の物であった刀を、汚らわしいお前の手で触るな!」
サクヤが吠えた途端、呉服屋の主が持つ長刀が意思を持ったかのように大きく身震いしたかと思えば、あっさりと呉服屋の手から離れる。そして、長刀はクルクルと回転しながら、呉服屋の手首をあっさりと切断して、サクヤの近くに舞い落ちた。
「ぎゃああああああああああああああ!! わ、ワシの手が……ワシの手がぁぁああああああ!!」
「手首一本ぐらい安い物だろう?」
「お、おのれ――」
「お前に殺された人たちのことを考えてみろ。お前はそれぐらいじゃ足りないんだよ。だから、安心しろ。自分が地獄に叩き落としてやるから」
長刀を掴みあげながら、サクヤは呉服屋の主へ近付き、長刀を振り上げた瞬間――シュウの視界は真っ暗な景色へと変わる。
〈お疲れ様~! いや~、サクヤも魔神に成り立ての頃はあんなに凶暴だったんだね~!〉
と、呑気そうに語るリニスの声が聞こえたシュウは、
〈なんで、途中で止めたの?〉
リニスが止めた理由なんて最初から分かっていたにも関わらず、思わずそう尋ねてしまった。
〈クサビの時と一緒だよ。あそこから先は酷い映像しかない。ううん、あの時点でも酷かったけど……狂気に蝕まれたサクヤを見たかったの?〉
〈そういうわけじゃないけど……〉
〈でしょ? だから止めてあげたの。サクヤだって、せっかく仲良くなりつつあったシュウくんと仲悪くなりたくないじゃん。いや~。あたしって優しいな~〉
〈――うん、ありがとう〉
シュウは思わずお礼を言ってしまった。
リニスの言う通り、あの後行われる映像を見てしまえば、せっかく助けに来てくれたサクヤに恐怖を抱いてしまい、お礼を言えなくなってしまう。そんな気がしたからだ。助かるつもりはなくても、せめて助けに来てくれたことに対してのお礼を言いたかったシュウにとって、リニスの行動は適切なものだった。
〈じゃ、落ち込んでいるところ悪いけど、次はアラベラの過去を見せてあげる。これで最後だからさ。頑張ろうよ〉
〈うん、そうだね〉
シュウは反射的にそう答える。
きっと、アーちゃんの過去もロクなものじゃないんだ。そのことだけはクサビとサクヤの過去を見たおかげで分かりきったことだった。再び怒ったり、落ち込んだりすることはシュウの中では確定事項。
そんな中で唯一、シュウが願えることと言えば、『なるべくアーちゃん自身が酷い目に合わないでほしい』ということだけだった。