(13)
サクヤの叫びに養父は頭を道場に居た時のように頭を掻き始める。
説明することが長くなりそうだ、と説明することが面倒くさそうな感じを出しながらも、説明し始めた。
「見ての通りだ。俺はこの主に雇われた用心棒ってわけだ。だから、サクヤに仇であることを教えることが出来たんだよ」
「なんで……、断らなかったのですか!? 断ることも出来たでしょう!!」
「断れないだけの理由があったんだ。深くは聞くな。サクヤにとってこいつが仇であるように、俺には恩があっただけだ」
「――そうですか……」
養父の気持ちを察したかのように、サクヤは刀を構える。
それに応える養父も同じように長刀を肩に担ぐ。
その姿は現在のサクヤの姿と瓜二つであり、シュウからすれば養父の方がサクヤであり、サクヤの構えの方が敵のようにも映って見えた。
「――自分の邪魔をされるのならば、恩人である養父だろうが容赦はしません」
「ああ、知っている。だから、一昨日聞いたんだろう? 『復讐を止める気はないか?』
ってな」
「はい。自分はそれを断り、復讐の道を選びました。だから……、今さらその気持ちを変えることなんて出来ないのです!」
サクヤは微かにだが声が震え、それは持っている刀にも影響し、今までのようにしっかりとした構えではなく微妙にブレていた。決心したものの、気持ちは揺らいでいることを表現しているように。
「ふぉふぉふぉ! 義理でも親子の対決を見てみたいと思っていたのじゃ。存分に戦うが良い」
その発言にサクヤは呉服屋の主に向かって、キッと憎悪の目を見つめる。
あの時とは違い、ぬるま湯に浸かりすぎた呉服屋の主はその視線に身体をビクッと身体を震わせるも、その視線を遮るように養父が二人の間に割り込む。
さすがのシュウも呉服屋の主の発言に握り拳を作っていた。この状況を愉しんでいることが許せず、今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいほどだった。
「泣くな、サクヤ。そんなことで揺れるぐらいなら復讐なんて止めろ。今なら俺もこの人に頼んで、命だけは――」
「命なんて惜しくないのです! 自分の命はどうでもいい。ただ、父上……父上を殺したくないだけです!」
「ふふふ、嬉しいことを言ってくれるな」
「な、何も面白いことなど言っておりません!」
「そういうことじゃない。俺が言いたいのは、『俺を殺すだけの実力がある』と言ってくれたことが嬉しいのさ」
「……っ!」
自分の気持ちから出た無意識の言葉がサクヤ自身に突き刺さり、身体を震わせる。
「そ、そういうわけでは――」
「なぁ、そろそろ無駄話は止めにしないか? 諦めないんだろう?」
「……く……っ!」
サクヤは唇を思いっきり噛み締める。噛み締め過ぎたのか、唇の端から血が流れ始めてしまう。
そんな二人の会話を無視するように、再び呉服屋の主が茶々を入れる。
「そうじゃ! 早く戦え! ワシはそれを愉しみにしておるのじゃぞ!」
「親子の最期の会話です。これぐらいは許してもらいたい。それに、貴方がみたいのは本気の戦いのはずだが?」
養父がそう言いながら振り返り、サクヤと同じように呉服屋の主を睨み付けて黙らせる。
サクヤは片手で刀を持ちながら、目に浮かんだ涙を腕で拭い払う。それで自分の中に現れた揺らぎを全部拭い去るようにゴシゴシと何度も目元を擦った。
腕を目元から離す時には、養父を敵として認識するかのような鋭い目つきが蘇っており、呉服屋の主ではなく養父を睨み付ける。
〈サクヤさん!〉
本当に養父を殺すことを決意すると思っていなかったシュウは思わず名前を呼んだ。
「覚悟は決まったか?」
「はい、決まりました。父上には悪いですが、自分も本気で行かせてもらいます。そうでないと父上には勝てませんから」
「そうか。いや、強敵と出会った時には、『俺の剣術を使え』って言ったからそうでもないんじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
サクヤは少しだけはにかみ、構えを養父と同じ構えに変更。同時に今まであったような身体の緊張感が無くなり、一気に身体の緊張感は消え去る。
それとは逆に養父の方からは緊張感が漂い始める。今までサクヤの本気を味わったことがなく、そのことに対しての不安感が読み取れてしまうほどの余裕の無さだった。
「ここまでとはな」
「いえ、自分は大したことはありません。これも全部、父上の貴方の教え方が上手いおかげです。本当に今までありがとうございました。このご恩は永遠に忘れることはないでしょう」
「俺もだ、サクヤ。お前との生活、楽しかったぞ」
二人は同時に無言へと切り替わる。
真剣になった証拠だった。
この場に残された全員が息を飲むような雰囲気へと変わる。
この勝負、一瞬で終わるんじゃ……。シュウでさえ二人の決着にそう思ってしまうほど、異様な空気を敏感に察していた。
それはシュウの思った通りに展開は進む。
本当に一瞬だった。
二人はどちらから共なく近付き、お互いがそれぞれに選択した一撃を持って相手の刀に刃を触れ合わせるように振り下ろす。触れ合った瞬間、養父の持つ長刀が呆気なく吹き飛び、そのまま宙で回転しながら呉服屋の主近くに落下。武器が無くなった養父はされるがままサクヤの袈裟切りを食らい、地面に倒れ込んだ。
二人の動きをしっかりと見ていたシュウは、養父が生み出した剣術がまるでサクヤのために生み出されたかのような感じを受けてしまっていた。それほど、養父よりも刀から発される螺旋の渦が克明に見えたからである。
「ち、父上!」
倒れ伏した父親の様子がやはり気になるのか、サクヤは刀をその場に突き立てると、その場に座り込み、養父の身体をひっくり返して覗き込む。
「やる……じゃないか……。お、俺の剣をここまで上手く扱うなんて……。俺よりも、サクヤの方が……素質があったってことか……」
傷口が傷むのか、養父は時折顔を歪ませながら、サクヤの頭に手を伸ばして褒めるように撫でた。
サクヤは自分が斬ったにも関わらず、養父がそのことに関しての恨み言を一つも言うことがなく、反対に褒められると思っていなかったのだろうか、再び目には涙が浮かび始めていた。
「いい……んだ……。も、もっと前から分かっていた……。この剣は……、俺よりも……サクヤの方が、ふさわしいって……な。そんなつもりで……作った、わけじゃないか……たが……」
「もういいから喋らないでください! さっさと自分があいつを殺して――」
「こ、殺されて……なるものかっ!!」
呉服屋の主はそう言って近くに落ちた長刀を取り、それを構えるのではなく、サクヤへ向かって突き付ける。
「なんてのう! 襲われることが分かっておいて、何も準備してないと思っておるのか?」
と、予想以上に余裕の声をサクヤへとかける。
それが合図となったのか、五人の黒づくめの姿が容姿を現す。その中の一人が狙ったかのように養父の上に下りるように現れ、サクヤが静止をかける暇もなく、養父の心臓を剣で突き刺してトドメを刺した。
「ガハッ! ――――――――!!」
最期の最期で声としてほとんど出ておらず、「サクヤ、生きろ!!」と口パクとして言っていた養父の言葉をサクヤとシュウはなんとか読み取ることが出来た。
二人ともそれに反応するかのように、怒りと憎悪が再び心の中に満ち始める。




