(12)
視界が定まったシュウの目の前に現れた光景は山の中だった。しかし、完全に山の中というわけではなく、山を削って出来たような道が木々の隙間から見えることから、ある程度整備された山であることに気付く。
そして、少し前には殺気に満ちたサクヤが姿を隠すように座っていた。
〈ここで敵討ちが始まるんだよね〉
〈うん、そうだよ。ここもあたしは無言でいさせてもらうよ。変な横槍を入れられたくないでしょ?〉
〈そ、そんなことはないけど……〉
〈いいから、いいから。サクヤという人間の最期を見てあげてよ〉
〈わ、分かった……〉
リニスがシュウの返答に対する返事もなくなり、場の空気は一気に静まる。
サクヤは二人の会話が聞こえていないため、木々の隙間から山道を確認しては仇が来るのを大人しく待ち続けること、約数分。
どこからか、「えっほ! えっほ!」という声がシュウの耳に聞こえ始める。
サクヤが笑い、
「さすがだな、父上。時間通りだ」
そう言って、隠れていた木の中から飛び出し、その山道の真ん中へと下り立つ。場所は山道のちょうど真ん中。そこを通ろうとする輩全員を遮る形である。
「その駕籠、ちょっと止まれ!」
サクヤは腰に差す刀を抜き、駕籠へ向かるとそう命令した。
駕籠屋の二人はそう命令される前にすでに足を止めており、いきなり現れたサクヤに驚いている様子だった。
しかし、その周囲を守る三人の剣士たちは怯むことなく、菅傘を頭から取り、投げ捨てながら駕籠の前に立ち塞がる。そして、駕籠の中にいる人物を守ろうと腰に差している刀を抜き放ち、それぞれが構え始める。
その中の一人――リーダーらしき男がサクヤへと問いかけた。
「何奴!?」
「名は名乗れない。が、一つだけ要件を言ってやろう。その駕籠に乗っている奴に、両親を殺された家族の生き残りだ。つまり、敵討ち。関係ない奴は逃がしてやる。その代わり、その駕籠に乗っている奴を差し出せ」
「そう言われて出すと思っているのか!」
「そうだろうな。念のために言ってやっただけだ。駕籠屋は別として、そいつを守るお前らは殺してやるから安心しろ」
駕籠屋の二人はサクヤに言われた言葉に、慌てた様子で駕籠を地面に下ろし、その場から全力で逃げ始める。
状況が状況なので誰も止める様子はなかった。いや、剣士たちの方もそんなことを言っている暇が惜しいぐらい、サクヤのことを警戒していたのだ。
「どうした? かかってこい。それとも、自分から攻めてもいいのか?」
「っ!」
サクヤの挑発に、その中の一人がサクヤへ向かい飛び出す。
正面からの斬り下ろしに対して、サクヤはそれ以上のスピードで進むとそのまま胴を横薙ぎに払い、その男を斬り捨てる。
その隙を付くように二人目がサクヤへと斬りかかるが、その斬りつけも刀で受け止めると見せかけて、刃を傾けることによって受け流し、すれ違いざまに二人目も斬り殺す。
「ほら、次はお前だ」
先ほど話しかけてきた男に対し、刀に付いた血を振り払うかのように振り下ろしながら、そう問いかける。
「なんて腕だ。女にして、ここまでの腕を持つとは……」
「女だからと言って油断するからいけないんだろう? こいつら、二人がいい例だな」
サクヤは遠慮することなくそう吐き捨て、二人目の男を踏みつける。
「心を入れ替えて戦ってやろう」
「それで勝てるといいがな。お前ごときに負ける気は一切しない」
リーダーは自らの刀を首横に構えて、タイミングを計ろうとジリジリと横に動き始める。
サクヤもそれに従い、刀を正面に構えたまま同じ方向にジリジリと動く。
お互いが牽制し始め、リーダーが一歩前に出れば、サクヤが一歩下がる。サクヤが構えを変えれば、リーダーも同じように構えを変える。
二人はそれを何度か繰り返した後、それに飽きたように飛び出したのはサクヤだった。上から下への唐竹割。
リーダーはそれに応えるように同じく飛び出し、先ほどサクヤが行った横薙ぎの一撃を繰り出す。
しかし、サクヤはそう来ることが分かっていたのか、途中で横っ飛びにサイドステップをして躱す。そして、再びリーダーに詰め寄ると先ほどと同じように腹部へと横薙ぎへ振るい、斬り捨てた。
リーダーの最期の表情は、サクヤがあそこでサイドステップすると思っていなかったのか、驚いた表情になっていた。
「大したことがなかったな。駕籠から出てこい、自分の標的はお前だ!」
サクヤは駕籠に入っている人物へとそう促す。
中に入っている人物は、「くっくっく」と愉快そうな笑いを溢しながら、駕籠の蓋を開けてゆっくりと這い出てきた。
その容姿を見たサクヤはゾクッと背筋を震わせた後、少しばかり距離を取るようにバックステップを行った。
「そ、その声……お前だったか……」
サクヤはニヤリと口端を歪める。
シュウもその人物を見たことがあった。いや、映像として見たのはついさっきのことであり、多少の老化があったとしても見間違うはずはなかった。
呉服屋の主は強盗時のリーダー、その人。あの時よりも裕福な暮らしを行っていたせいか、細身だった身体もブクブクに太っており、かなり肥やしを得ていることはその身体で示しているほどの成長ぶりだった。身体の成長と共に声の性質も太ってしまったのか、野太い声でサクヤへと話しかける。
「あの時の餓鬼か。覚えているぞ?」
「覚えて、いる?」
「ふふっ、それもそうだ。俺たちが強盗した家の中で唯一生き残らせたのは、お前が一人だったからの。いつかは復讐にやって来ると思っていたが、本当に来るとはのう」
「自分一人?」
「そうじゃ。お前の母親の身体がよかっ――」
「黙れ! くだらないことを言ってるんじゃない!!」
サクヤはそのことを思い出したくないように吠える。
シュウの思った通り、どうやら一種のトラウマになっているらしかった。
「そう嫌がるな。なんて言ったって、中の締まりが――」
「黙れと、言ってるだろうがっ!!」
止めようとしない呉服屋の主の言葉を無理矢理止めさせようと、サクヤは駆け出し、右上から左下に向かっての袈裟切りを放とうと距離を縮める。刃が当たる距離まで縮まり、サクヤは遠慮なく刀を振るう。
が、その太刀筋は横から入ってきた刀により受け止められ、そのまま刃で螺旋を描くようにしてサクヤの両腕を上へと跳ねあげ、隙が出来た腹部に向かって蹴りが入れられる。
「かはっ!」と声を上げながらサクヤは少しだけ飛ばされるも、自分の足でしっかりと踏ん張って勢いを無くした。
突撃した勢いを利用した蹴りだったため、それなりの威力を食らったサクヤは刀を持っていない手で腹部を押さえながら、その人物を確かめる。そして、驚愕していた。
な、なんで……!? シュウはその人物が現れた瞬間から、その言葉が頭の中を駆け巡っていた。
「サクヤ、大丈夫か?」
しかし、その人物は呑気そうに菅笠を持ち上げ、自分の顔を見せるようにしながらサクヤへと声をかける。我が子を心配するかのような穏やかで優しい言葉。しかし、手には抜き身の長刀が持たれており、先ほどの行動から戦いに来たと言わんばかりの雰囲気が出ていた。
その長刀はシュウも見たことがあった。現在はサクヤが獲物にしている武器なので見たことがないはずがなかった。
サクヤはその人物に向かって戸惑った声と怒りを両方含んだ声で、
「ち、ちうえ……。な、なんでここにいるんですか! なんで、そいつを守っているんですか!?」
と、大声で叫んだ。