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(11)

 サクヤが辿り着いた場所は道場だった。

 中の上座にはすでに一人の男性が竹刀を二本前に置き、正座して座っていた。

 サクヤはある一定の距離を開けて、同じように正座をして、


「父上、ただいま参りました。遅れてすいません」


 と、礼儀正しく頭を下げる。

 サクヤの発言から、サクヤの目の前にいる男性が養父であることを知ったシュウは、その養父の姿をマジマジと見つめた。

 服装はサクヤと同じく着物を着ているものの、サクヤのようなピリピリとした雰囲気はなく、対照的に穏やかな様子だった。一目見ただけでは、この男性が国一の剣豪とはシュウには全く思えなかった。

 その養父が少しだけ落ち込んだ様子でサクヤへと声をかける。


「相変わらずの様子だな。まだ復讐を諦めていないのか?」

「またその話ですか? その話は聞き飽きました。自分は両親のかたきを取るまでは止めるつもりはありません」


 養父の聞き飽きた話にうんざりする様子で、サクヤは立ち上がろうとすると、


「ちょっと待て。まだ話は終わっていない」


 養父が引き止める。

 サクヤはその話さえも聞きたくなさそうな顔をしていたが、養父の指示なので改めて座り直した。


「なんですか?」

「その話を聞く前に少しだけ打ち合うか。それぐらい構わないだろう?」

「はぁ……、別にいいですが……」


 養父が立ち上がり、自分の前に置いておいた二本の竹刀を持ちながら立つ。

 サクヤはあまり納得していない様子で立ち上がる。

 そのことを確認した養父がサクヤへと向かって竹刀を一本投げると、サクヤは片手でそれを受け取った。

 そして二人は一礼した後、それぞれに構えを取る。

 養父の顔は真剣そのものになっていたが、構えは隙があるような脱力したものに対して、サクヤは顔も構えも真剣そのもの。下手をすれば、養父でさえも仇として見ているような空気まで溢れていた。


〈あれ?〉


 シュウはサクヤの構えを見て、ある違和感を覚えた。

 現在のサクヤの構えはどちらかというと養父の余裕ある構えに近かったからである。

 だが、その考えを捨てて、二人を見守ることに集中した。構えなど時間の経過と共に代わり、その行き着いた先が養父の構えである、と思うことにしたからだ。

 二人はしばらく見つめ合った後、打ち込みをかけたのはサクヤからだった。一足飛びで養父の元へ行くと、そのまま面を繰り出す。

 しかし、養父はそれを受け止めるとそのまま絡め取るようにサクヤから竹刀を奪い投げた。そして、そのままサクヤの喉元へと突き付ける。


「ま、参りました」

「ああ。やはり、それも変わらぬのだな。俺の剣術は剛ではなく柔だと何回言ったら分かるんだ? しかも、相変わらずの単調な攻撃か」


 養父の言葉にサクヤは反応を示すこともなく、ただひたすらまっすぐ養父の目を見つめていた。そのこともずっと前から言っている、そう言わんばかりの真っ直ぐな視線で。


「ああ、分かっている。復讐を遂げるまでは、俺の剣を真似ないつもりなんだろう?」

「はい、練習はしてきました。が、命の恩人である剣術を汚す真似は出来ません。なので、復讐を終えるまでは、その剣を使わないと勝手ながら決めているのです」

「まったく、変な所でサクヤは強情だな」

「前から分かっている事でしょう?」

「ああ」


 養父は困ったように自分の後ろ髪を掻いた。

 サクヤは養父の目を真っ直ぐ見つめたまま逸らそうともしないのは、その意思の固さを伝えるためらしかった。

 まるでシュウへ返答するように答えてくれたおかげで、シュウの疑問はすぐに解決した。

 なぜなら、現在いまのサクヤが養父の構えになっているということは、復讐することには成功した、ということの現れでもあるからだ。


「お前がそこまで言うのなら、何も言うまい。ただ一つ言わせてくれ」

「何でしょうか?」

「本当に強い敵に出会ったら、俺の剣術使え。復讐してから死ぬならまだしも、し終わる前に死ぬなんて嫌だろう?」

「その時は使わせてもらいます。しかし、なぜ今頃そんなことを?」


 サクヤは首を傾げる。

 今までここまで心配された様子はなかったかのような雰囲気から、シュウも少しだけ何かあることを勘付く。

 養父は顔を歪ませながらもサクヤへと言いにくそうに


「お前の探している仇が見つかった」


 と言った。

 瞬間、サクヤから今までのような怒気ではなく殺気が溢れ始める。

 そして、かすかに笑っていた。

 ずっと探していた仇が見つかったことが嬉しく、悲願が達成出来る日が来たことを待ち望んでいたかのように。


「ありがとうございます。無理を言って、ここまでしてもらった御恩は忘れません! それで相手は誰ですか?」

「ここら辺では有名な呉服屋の主、だ」

「分かりました。今までお世話に――」


 居ても立っても居られないサクヤは、「今から押しかける」、そんな雰囲気を出して、道場から出ようと歩き始めた時、


「待て! まだ早まるな!」


 養父の声によって止められる。

 さすがのクサビもその声に逆らうことが出来なかったのか、歩みを止めて、養父の方へ振り返る。


「今から行くな。襲うのならチャンスはある。その時を狙え。それに今から行ったら、人目に付いて復讐どころじゃなくなるぞ」

「……その日はもう分かっているのですか?」

「ああ。明後日だ。明後日に遠出する用事があるらしい。その時を襲えば問題ないはずだ」

「分かりました。父上、ここまで気を使ってもらってすいません」


 サクヤは一礼した後、道場を後にした。

 シュウはサクヤの後を追いながら、その日が運命の分かれ目になることを悟っていた。といよりも、その日以外にサクヤが魔王になるきっかけがないと思ったからだ。


〈その顔だと分かってるみたいだね〉

〈さすがにね〉

〈正解だよ。その日にサクヤは魔王になれるんだ〉

〈でも復讐しに行って、魔王になれるなんて復讐に失敗するってこと以外分からないんだけど……〉

〈それはその日を見てからのお楽しみだよ〉

〈あまり楽しみじゃないけどね……〉

〈かもね。じゃあ、その日に場面を飛ばすよ~〉


 そのセリフが終わる最中にシュウの視界は歪み始め、その運命の日へと飛ばされるのだった。


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