(3)
「お、お姉さんたちは?」
シュウは怯えながらも、子供たちの件もあったので警戒しながら尋ねる。
その中の一人――お尻近くまである長い栗色の髪、必要最低限の場所を隠す黒い下着とニーハイを身に着け、尖った耳の上と背中には大小の翼を持つ女の子がシュウの方を振り向き、ニコッと笑顔を向けた。
「君の味方だよ。だから、安心して」
「え? う、うん……」
シュウは頷きながらも警戒を解くことはなかった。
その女の子はそんな警戒を解く気配がないシュウに対して、困ったかのような笑みを溢す。
「やっぱり警戒してるよ?」
「当たり前ですわ。ひとまず家まで連れ帰る方がいいですわね」
その女の子の問いに腰近くまである黒髪、黒色をした狩衣と赤い差袴を着た女性が「ふぅ」と少しだけ同情するように息を吐き、返事を返した。
「分かった。それよりもあの子たちどうするの?」
「それは自分に任せろ。心配しなくてもすぐに終わる」
ポニーテールの金髪、黒のミニスカのドレス、背中には身長よりも長い刀を背負っている――残りの女性がぶっきらぼうに言い放つ。
その会話を聞いていたシュウには少しだけ不思議な感じがした。
今までシュウが接してきた人たちは何かが違う――いや、それ以上にこの村であった魔物より禍々しい雰囲気。逆らう者がいれば躊躇うことなく殺す。そんな抜き身の刀に近い雰囲気が身体から漏れ出していた。
子供たちもまだ何もしていないにも関わらず、三人のことを怯えた目で見ていた。言葉も出ないらしい。
その中の一人がその恐怖から逃れたいのか、再び石を投げ始める。さっきまでのイジメとは違い、今回は自分の身を守るために。
「ふむ。いい度胸だ。その度胸だけは買ってやろう」
投げられた石をいつの間にか抜いた長刀で真っ二つで切り裂く。
間近にいたシュウにも長刀をいつ抜いたのか、それを把握することは出来なかった。唯一、分かったのは視認するよりも抜くスピードが早かった、ということ。
そのことに驚いたのか、子供たちは一斉に投石を再開する。
が、かわすことなく全ての石を斬り落としていく。
「ほら、お兄ちゃん。こっちは気にしないでいいから、家に帰るよー」
「そうですわ。石はサクヤちゃん――この女性が何とかしてくれますから」
他の二人は石を斬り落とす女性――サクヤの心配をする様子はなく、それどころかシュウにそれぞれが手を差し出す。
差し出された二人の手にシュウはおそるおそる伸ばし、ゆっくりと掴む。
すると、二人はタイミングを合わせたように引き、シュウを立ち上がらせる。そして、二人してシュウを無理矢理この場から離れさせようと歩き始める。
「帰りますわよ。家までの案内よろしくお願いしますわ」
「お兄ちゃんじゃないと家が分からないしね」
「あ、あの……」
勝手に話を進める二人にシュウは声をかける。
何が起きているのか、全く分からない。なんで二人がボクを助けてくれるのか? こんなことをしてもメリットなんてないのに。なんで、なんでなの。言葉に出せないほどの疑問が浮かび、どれから尋ねればいいのか。そのことに悩んでいると、不意に頭の中に変な映像が浮かび上がる。
「え?」
シュウは慌てて二人が掴んでくれている手を振り払い、サクヤの方を振り返り、
「殺しちゃ駄目!」
脳内に浮かんだ映像――子供たちをサクヤが斬り刻む様子を引き止めるように叫んだ。
シュウの質問を待っていた二人はいきなり手を振り払われたことに驚き、さらにシュウのいきなりの静止に驚いたのか、言葉に詰まっていた。
その二人の代わりに反応したのがサクヤだった。
「な、なんで……それを……!」
刀を振るうのを止めると顔面に偶然当たりそうになった最後の一発の石を無造作に受け止める。まるで何事もなかったかのように。
子供たちの方も周囲にある石が尽き、身を守る手段がなくなったらしく、泣き始める子さえいた。
「なんとなく、そんな気がしたんだ。ボクなら大丈夫だから、サクヤ……さんも一緒に行こうよ」
放っておいたら駄目。一人にさせたらきっとあの子たちを殺す。サクヤの態度からそう察することが出来たシュウは、サクヤに向かって手を伸ばす。掴むか、掴まないか。サクヤの行動はどうでもよく、一緒にこの場から離れるように促す。それが今の自分の出来ることだったから。
その態度を見ていたサクヤは軽く舌打ちを漏らし、掴んだ石をリーダー格であろう子供の足元へ全力投球。投げられた石は地面を跳ねることなく、そのまま陥没した。
「おい、これ以上、こいつを苛めるのは止せ。少なくとも年下のお前たちがそんなことをしていいわけないだろう。これ以上、こいつを苛めるというのなら――」
溜めるように間が開いたかと思うと、サクヤの周囲から砂埃が舞い上がり、
「――本気で殺すぞ、ガキ共」
殺気が放たれる。
その瞬間、今まで必死に耐えていたリーダー格の子供も泣き出してしまう。
「ほら、行くぞ。ったく、アラベラとクサビがさっさと連れて行かないから、許す羽目になってしまったじゃないか」
振り返りながら器用に長刀を背中の鞘に入れつつ、名前を呼んだ順番で二人を見つめる。
「まさか、サクヤの行動に勘付くなんて思わなかったんだから仕方ないでしょー?」
アラベラと呼ばれた少女は困ったように笑いながら頭を掻き、
「そうですわ。予想外のことをどうしろって言うんですか? 心を読めるのならば、なんとか出来たのかもしれませんが……。そう思うのでしたら、サクヤが移動させる役目を引き受けたら良かったのです」
クサビと呼ばれた狩衣を着た女性は悪びれることなく、どこからか出した扇子で口元を隠し、不満を口に出した。
サクヤもクサビの言い分に納得できたのか、少しだけ罰の悪そうな表情をしつつ、シュウへと視線を向ける。
「ほら、お前の家に帰るぞ」
「は、はい! あ、ちょっと待って!」
一緒に来てくれる意思を受け取り、シュウは一歩踏み出すが慌てて戻り、再び地面に落ちている肉を拾い、三人の先頭を歩き出す。
「そのお肉、持って帰るの?」
アラベラが不思議そうに首を傾げながら、シュウの横に並ぶと無理矢理手を掴む。視線は砂の付いた肉に注がれており、汚そうに見ている。
「ああ、その通りだぞ。肉なら自分たちが獲って来てやる」
「そうですわよ。だから、それは捨ててしまいなさい」
二人もアラベラと同じように意見を述べる。
その意見に対し、シュウは首を横に振った。
「いいんだよ。このお肉の元となった動物は、人間が食べるために殺された犠牲者なんだ。だから、ちゃんと食べてあげたいんだ。それに、このお肉が汚れたのはボクのせいなんだから、ボクが責任を取らないと……」
そう答えながら、シュウは後ろに顔を向ける。視線の先はすぐ後ろの三人ではなく、もっと後ろにいる子供たち。
しかし、すでに姿はなかった。
「お前が心配する必要はない。怖い思いをしたのは自業自得だ。だから、気にするな」
さっきまで殺そうとしていたサクヤは、その子供たちに対する関心がすでにないらしく、シュウが振り向いた理由を悟って注意を促す。
「…………うん」
シュウは小さく頷き、複雑な気持ちを抱きながらも家に向かって歩いた。