(10)
〈ねえ、どうしたの?〉
母親が殺される場面まで見終わったシュウにリニスがそう問いかける。演技ではなく、本心からシュウのことが心配で聞いたような口調だった。
〈あのさ……サクヤのお母さんはなんで……あんな声を出してたの? ボクには自分の娘の前であんな風に気持ち良さそうに声を出す姿が信じられないんだ。それに最後は自分から求めてたような……〉
〈あ~、なるほどね。それは仕方ないんじゃないかな? あれは了承を得たものだけど、本質的にはレイプだからさ。いくらレイプって言ったって、身体から伝わる気持ち良さは変わらないから、我慢出来る限界を超えたんじゃない? あくまであたしの予想なんだけどさ〉
〈あれがレイプ……〉
目の前で見せられた光景の名前を知り、シュウはクサビのことを思い出した。
リニスが遠慮してシュウを見せてくれなかった映像だったが、「クサビもあんな風に感じていたのだろうか?」と考えてしまうと、シュウは胸が気持ち悪くなりそうだった。それと同時に、今後クサビをまともに見られないような気さえしていた。
そんなクサビをフォローするかのようにリニスが口を開く。
〈クサビはそんなことはなかったよ。クサビの場合は操られてた状況だったけど、心の中では反発してた。ま、そう易々と解ける術じゃなかったから、解除は無理だったみたいだけど。とにかくさ、サクヤのお母さんも同じだよ。心の中では反発したかった。けれど、大勢の男性に一気に襲われたんだ。理性が飛んでもおかしくないんだよ。それぐらい快楽という魔物は強いからね〉
〈そっか……〉
〈ただ、シュウくんは良いところに目を付けたと思うよ?〉
〈え? それってどういうこと?〉
〈今のシュウくんが抱いた気持ちは間違いなくサクヤが持った感情だから〉
〈サクヤさんも……?〉
シュウはリニスの言葉でサクヤの方を見つけた。
未だに母親から目を離そうとしないサクヤの目は真っ赤に充血していた。
泣いていた影響もあるだろう。しかし、それ以上にこの様子をトラウマとして残すかのように凝視していて、第三者からしてみれば怖い目つきだった。
ボクより小さいのに、なんであんな目が……。シュウはあんな風に物を見た記憶はなかったため、思わず一歩引いてしまう。
それぐらい怖い目つきであり、現在のサクヤの目付きに近い状態だった。
〈これが、サクヤが魔王になるきっかけ第一だよ。今回の収入はあの鋭い目だね。あ、あとは剣士を目指すきっかけにもなる〉
〈剣士になるきっかけ? もしかして、あの人たちへの復讐?〉
〈そういうこと。ついでに言うと、場面をその時まで変える予定だから先に言っておくことがあるんだ〉
〈何を?〉
〈これからのサクヤはある道場に引き取られることになる。そこはこの国で一番強いと言われている剣士の家で、そこで剣術を学ぶんだ。それが現在のサクヤの根源でもあるよ。魔王の力で飛躍的に能力はアップしてるけどね〉
〈あ、あれ? 親戚の人は? ボクの時とは違って、こういう時は親戚の人に引き取られるんじゃないの?〉
〈あー、その説明をしておかないといけないか~〉
〈親戚の人は、サクヤの両親から受け継いだ家やその他諸々をお金に換えて、サクヤは捨てたんだ。それで拾われたのが、その道場ってこと〉
〈……っ!?〉
再びシュウは怒りが脳内に湧き上がっていた。
あんな酷い光景を幼い頃に見せつけられ、親戚の人にも裏切られる。自分の時とは違い、助けられる状況があるにも関わらず、親戚の人は金だけを手に入れて捨てる。あの強盗と変わらないことに気付く。
なんでサクヤさんはこんな酷い状況を味わっているのに、勇者に倒されてもいいと思うのっ!? こんな風に辛い思いを味わっているのならば、アザスの言うことの方が正しいとシュウは思い始めていた。
リニスはシュウの雰囲気から察したのか、
〈サクヤの過去はまだ途中だから、次の場面を見ようよ。中途半端じゃ嫌でしょ?〉
と、シュウを促す。
シュウはその問いに足して、首を縦に振った。
そのことを確認したリニスによってシュウの視界は歪み、視界が定まると今度はさっきよりも広い屋敷へと光景が変わる。リニスの言っていた通り、剣の修行をするには十分の広さの家であり、庭も付いていて、「あの時より、贅沢な暮らしをしているのではないか?」と思ってしまうほどだった。
〈すごいお屋敷だね〉
〈国一の剣豪の屋敷だからね〉
〈サクヤさん、幸せに暮らしているのかな?〉
シュウはそう思わずにはいられなかった。
結果的に魔王になったことから、幸せではなくなったことは分かっていた。だからこそ、一時の幸せを望んでしまったのだ。
シュウのその儚い願いもリニスによって、簡単に打ち砕かれてしまう。
〈住む家が変わったって幸せになれるとは限らない。ほら、現にあのサクヤを見てごらん〉
リニスが指を差した場所――廊下を見ていると、現在〈いま〉のサクヤの身長を少しだけ縮ませた感じのサクヤが廊下を歩いていた。少女の頃のような純粋無垢のような雰囲気はなくなり、常時怒ったような状態な雰囲気へと変わっていた。
や、やっぱり、あの時のことを……。幼少の頃に受けたトラウマに近いものを受けていることに気付くシュウ。
〈復讐の鬼と化している証拠だよ、シュウくん〉
〈うん、そうだね〉
〈現時点では魔王になる資格があるみたいだけど、もうひと押しって感じかな。味わった時よりは時間が経ったせいで憎しみが少しだけ風化させてみるみたいだし……。幼少のあの時に資格を持っていたら、魔王になれてたのかもしれないね〉
〈ねえ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?〉
〈いいよ~。何かな?〉
〈魔王になる資格って何なの?〉
シュウは魔王になるにはある資格がいることに気付いていた。いや、気付くというよりもリニスの発言によって気付かされていたのだ。リニスがそのことを分かるように言ったのか、それとも無意識で言ったのかは分からなかったが……。
しかし、その資格について尋ねていいのか分からず、聞くことが出来なかったのである。
〈あたしの予想だけどいいの?〉
〈うん、それでいいよ〉
〈分かった。たぶんだけどね~、『一定の戦闘能力』『他人なんかどうでもいいと思う孤独感』、そして『人間の限界を超えた怒りと憎悪、絶望』なんじゃないかな? 予想だから正解じゃないけど、クサビはそれに当てはまるしね。ううん、サクヤもアラベラも、もちろんあたしも当てはまるんだよね~〉
〈そうなんだ……〉
クサビの味わったことを思い出すたびに溢れ出る憎悪を必死に堪えるように握り拳を作った。
そして、そのままサクヤの後を追ってシュウも歩き出す。




