(9)
風景が変わり、再びまたどこかの屋敷の中にシュウは立っていた。
クサビの時よりも家は小さかったが、雰囲気としてはクサビが住んでいた世界と大して変わらない世界観。
だからこそ、シュウはクサビの世界にいると勘違いしてしまうほどだった。
〈ここはサクヤだね〉
〈サクヤさん? クサビさんの世界と似てるね……〉
クサビの時のことが未だに忘れないシュウは、未だに握り拳を作ったまま、忌々しそうに歯軋りを立てて漏らす。
〈いろんな世界が生まれるからと言って、実際はそんなに変わらなかったりするんだよ。何かの影響で世界が分裂し、新しい世界が生まれる。例えばクサビが魔王になんてならずに時代が流れた世界が、サクヤの世界なのかもしれない〉
〈そうなの?〉
〈例えばだから。間に受けないでよ〉
〈分かった〉
リニスとそういう会話をしていると、シュウの身体をすり抜けるように一人の少女が庭を走り抜ける。シュウという存在はいないため、少女は気にすることなく、そのまま家の角を曲がり、
「父上! 四つ葉のクローバーを発見しました!」
と、かなり嬉しそうにはしゃいでいた。
あの声は……。幼い声だったがシュウはその声の主を聞いたことがあった。
〈その通り、サクヤだよ。曲がり角を曲がってごらん。そこには幸せな家庭があるから〉
シュウは言われた通りに進み、サクヤが曲がった個所を曲がる。
そこにはシュウが望んでいたごく一般的な家庭があった。
タイミングが良く、サクヤの言葉に両親が集まってきたところだった。
「へー、よく見つけたな」
差し出されるクローバーを受け取り、サクヤの父親はそれを興味深そうに眺める。
「えへへ、父上に差し上げようと思い、頑張って探して参りました!」
「そうかそうか。これを押し花にしてくれないか?」
そう言って、そのクローバーを一緒にやってきた女性へと渡す。
「はい、分かりました。その前に……サクヤ、お出かけするときは、『ちゃんと一言いいなさい』といつも言ってるでしょう!」
受け取りながら、その女性はサクヤに注意した。
サクヤは少しだけ俯きながら、
「ごめんなさい、母上。次からは気を付けます」
と、頭を軽くだが頭を下げながら謝罪した。
母親は「はぁ……」と呆れたようなため息を漏らした後、父親の言われた通りにそのクローバーを押し花にする準備をし始める。
父親の方も「仕方ない奴だ」と言わんばかりに、サクヤを抱き上げると自らの膝へと座らせる。
「サクヤ、お母さんの言うことは聞かないと駄目だぞ。サクヤはやんちゃだから、いつも心配してるんだ。今日ももう少し遅かったら、探し回る羽目になったんだからな?」
「……ごめんなさい」
「反省しているならいい。だけど、次からはしないように! 父との約束だ。それと四つ葉のクローバー、ありがとうな」
「はい、父上!」
サクヤはパッと表情が明るくなり、父上に思いっきり抱きつく。
シュウから見ても反省しているのか、それとも反省していないのか、まったく分からない態度だった。
しばらくすると母親がやってきて、二人にお茶と羊羹を差し出す。
母親の分がないことに気付いたサクヤはその羊羹を半分に切り、それを母親へ差し出す優しさを見せる。
そこにはシュウが知っているようなピリピリとした殺気を纏っているサクヤではなく、純粋無垢という言葉そのまま似あうような一人の少女がいた。
〈こんな顔を昔はしてたんだ……〉
幸せそうに笑うサクヤを見ていたシュウは、クサビのことで作っていた握り拳を弱めていた。
それぐらいシュウの心は和んでしまっていた。
しかし、それを裏切るように再びリニスの言葉がシュウへ聞こえる。
〈その顔もすぐに出来なくなるんだけどね〉
〈そ、それは分かってるけど……〉
〈サクヤの場合は、クサビと違って同時じゃないんだよね。だから、少しだけ時間を進ませてもらうよ〉
〈え、あ、ちょっと!?〉
シュウの静止も聞かず、場面は一気に夜へと変わる。
サクヤの運命が変わる日ということを知っているシュウにとって、この夜の風景が異常なほど不気味に思え、背筋にゾゾッという冷たさが伝わり、身体を震わせる。
〈ねぇ、どのくらいの月日が経ったの?〉
〈四つ葉のクローバーを渡した日の夜だよ。時間にして半日ぐらい〉
〈え、えぇ!?〉
幸せそうな半日前の風景から一気に絶望へと変わる流れに、シュウは付いていけずに動揺してしまう。
だが、そんなシュウの動揺にはサクヤの過去には影響されることはなく、その光景は始まる。
「二人とも、にげ……ぐああああああ!」
サクヤの父親の大声が屋敷中に響き渡る。
それは最期の絶命にふさわしい叫びだった。
〈え、え……? 何が起きたの!?〉
〈強盗だよ。その排除のためにサクヤのお父さんは殺されたの〉
相変わらず冷めきった言葉でリニスはシュウへと伝える。
〈サクヤさんたちはどこにいるの?〉
〈こっちだよ〉
シュウはリニスの案内に従い、サクヤと母親が寝ている場所へ向かう。
クサビの時と同じように何も出来ないことはちゃんと理解していた。だからと言って、サクヤの身に何が起きたのか、シュウには知る必要があった。クサビの世界に連れて行かれた時のように流れではなく、『最後まで見届けることが自分の使命』とまでシュウは思ってしまっていたのだ。
その場所へと辿り着くと、サクヤと母親はすでに全身黒づくめの男たちに囲まれた状態で、いつ殺されてもおかしくない状況へと変わっていた。
「お、お願いです。子供には何もしないで! 何でもしますから!」
母親の必死の願い。
サクヤは恐怖から泣いており、母親の服を力強く握りしめていた。
黒づくめの男たちは少しばかり相談しているようだった。
その中の一人――リーダーと思わしき人物が集団の中から一歩前に出ると、
「本当に何でもするんだな? その約束が守れるならガキだけは助けてやる」
と、母親へ話しかける。
母親はサクヤだけは必死に守りたい。その意思を込めて、何度も首を縦に振って了承する。
「分かった。おい、ガキを引き離せ」
「へい!」
リーダーの命令により、一人の男が母親にしがみつくサクヤを無理矢理引き離す。
「母上! 嫌だよ! 母上! 母上ぇ!!」
サクヤは男によって身体を縛られながら、「母上」と何度も泣き叫んだ。声が枯れようが枯れまいが関係なしに、力の限り必死に。
だが、それもうるさく感じたのか、一人の男によってタオルで口を塞がれてしまい、「んー!」としか言えなくなる。
な、なに……これ……? サクヤの状態が気になりつつも、シュウはそれ以上に母親の様子が目に入ってしまい、驚きから離すことが出来なかった。
服を脱がされ、黒づくめたちに輪姦されていたのだ。
サクヤのために母親は嫌がる素振りは見せようとしなかった。子供を思い、必死に守ろうとする母親の姿がそこにはあった。
なのに、シュウは違う意味で嫌悪感が走ってしまう。
気持ちよさそうに喘ぐ声が、母親ではなく一人の女として見えてしまったからだ。
黒づくめたちによる言葉攻めの影響かもしれない。にも関わらず、否定しようとしない母親の姿が気持ち悪くなってしまい、軽く吐き気を催してしまうのだった。
そして、全てが終わった頃には母親は口封じのために殺されてしまう。
サクヤの目の前で。
母親が輪姦されている姿から殺される姿まで見せられたサクヤは目を開ききったまま、真っ青になり、何も喋ってはいなかった。




