(8)
シュウとクサビは声を出す暇もなく、驚くことしか出来なかった。
道場から振ってきたのは血の雨。
その血の雨を降らす要因となったのは清隆だった。首から上が吹っ飛び、首から血が噴き出して、間近にいたクサビをどんどん濡らしていく。
「え……」
しかし、それだけでは終わらなかった。
清隆の身体は腕、足、最後に身体という順で爆発し、最期に残ったのは清嗣より酷いただの肉片のみ。
クサビは真っ青な顔で、自らの身体に纏わりついた清隆の肉片または内臓だったものを手に取るも、力なくそれを床へと落とす。そして、また拾う。それを何度も繰り返した。この現状を信じたくないかのように。何度も何度も。
〈お前っ!〉
シュウの限界もここまでだった。
意識体であることも忘れて、義経へと殴りかかる。が、義経の身体をすり抜け、反対側へとバランスを崩して倒れ込んでしまう。
よくもよくもよくもよくもよくもよくも! 呆然としているクサビの代わりになんとかしてあげたかった。だけど、何も出来ない状況に自分の状態をシュウは呪うことしか出来ず、床を何度も叩く。
それほど、義経という人間を嫌悪していた。
「誰も『清隆の身の安全』とは言っていないだろう。お前の身の安全は保障してやる。素直に付いてこい」
義経は自分が考えていた通りの状況が面白いらしく、笑いを溢しながら近付いていく。
「――!!」
クサビは近付いてくる仇に向かって、声にもならない声を上げながら、力任せに護符を発動させようとするも、それより先に素早く動いた義経がクサビの身体に一つの呪符を張り付ける。
「クサビ、お前の身体の自由は奪った。もう俺の言いなりだ。素直に付いてこい」
義経に貼られた呪符のせいで動きが制限されたクサビは、道場を出ていく義経へと付いていく。顔は憎しみに塗れ、歪んでいた。
シュウはクサビだけは助けたくて追いかけようとするも、道場の入口に差し掛かった所で見えない壁に弾かれ、その場に尻餅を付いてしまう。しかし、シュウは追いかける行為を止めなかった。止められなかった。何度もその見えない壁にぶつかっては跳ね返され、最終的にその壁が消えて、その場に倒れ込んでしまうまで。
〈こ、こんなの……こんなのって……っ!〉
〈クサビが魔王になるのはもう少し後だけど、きっかけを作った原因はこれだよ。いや、これからお城でもっと酷い目に合うんだけどね。シュウくんにはもう見せることは出来ない〉
〈……どんな目に合うの?〉
〈レイプって分かるかい?〉
〈レイプ? 分からない〉
〈言ってみれば、同意のない子作りさ〉
〈同意のない?〉
〈男性が女性を力づくで襲うことだね。身も心もボロボロにする悪魔の所業だよ。おっと、助けることは出来ないよ。これはすでに過去だ。現在のクサビは、君を助けようとしているクサビだからね〉
シュウの気持ちを見透かしたように言い放つリニス。
だから見せてくれないんだ。リニスの言葉からシュウはそう思った。しかし、考えとは別にシュウの中には何とも言い難い怒りと憎悪が満ち、拳を思いっきり握りしめていた。
〈最初にしてはちょっと酷かったかな。そろそろ二人目に行くよ。見たいでしょ?〉
〈うん、見たい〉
〈だよね。じゃあ、次はそんなに酷くない奴にしてあげるよ。クサビの過去は予想以上に酷くて、あたしも初めて見た時はびっくりしたしね〉
リニスはそう言うとシュウの視界が歪み始め、違う人物の過去へと移り変わり始める。