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(6)

 それからシュウはリニスによって、クサビの人間だった時の記憶をたくさん見せられた。

 義経が陰陽師になれた日の出来事や清隆とクサビが玉蹴りをする出来事、姉弟のケンカなど、たくさんである。

 母親はすでに死別しているらしく、クサビが家事全般をこなしながら、清隆の面倒を見、修業に励む毎日がほとんどだった。

 大変そうではあったが、そのことを感じさせないほどクサビはよく笑い、笑顔を絶やすことがなかった。それは清隆に姉として辛そうな顔を見せないようにしていただけかもしれない。

 それでもシュウから見れば、その光景は幸せそのものだった。

 清嗣も上の人から色々な仕事を頼まれることがあっても家族サービスを忘れることなく、クサビと清隆と散歩などを行い、寂しい思いをさせないような努力をしていた。

 それは兄弟子である義経も同じである。

 本当の兄弟じゃないにも関わらず、クサビだけでは賄いきれない清隆の面倒を一緒に見ていて、本当の兄弟と錯覚してしまうほど仲が良く見えた。


〈幸せそうだね〉

〈今はね。これだけ幸せな毎日を送っておきながらも、残酷な出来事は突如として起きるんだよ。そろそろ、その場面を見せてあげようか。クサビが絶望し、魔王になると決意したきっかけを……〉

〈う、うん〉


 リニスの言い方に恐怖を覚えつつも、シュウは頷く。

 それを見ないことには先に進ましてくれないことは分かっていたからだ。


〈じゃ、行くよ~〉


 言葉通り、今まで同じようにシュウの視界が一瞬歪むと、その日の場面へと光景が変わる。

 季節も秋になっており、家の庭に生えている木々も紅葉に変化していた。


「では、お父様行って参ります」

「ああ。では頼んだぞ」

「はい」


 クサビは深々と頭を下げて、荷物を持って玄関へと向かい始める。

 そして迷った様子もなく、目的地へと歩いていく。

 シュウはそれに付いていくように一緒に歩いた。


〈お使いかな?〉

〈みたい。この後、惨劇が起きるなんて思ってもない笑顔だね〉


 リニスはその惨劇を知っているのか、言葉だけでなく雰囲気からでも寂しそうなものがシュウに伝わる。

 いったい、どんなことが起きるんだろう……。さすがのシュウもそれが気になってしまい、クサビの様子を一層気にしながら付いて歩く。

 それを味合うはずのクサビは、未来もこのまま幸せな日々が続くことを疑わない笑顔で、挨拶しては挨拶を返され、挨拶をされては挨拶を返しながら目的地へ向かい進んでいく。時折、知り合いの人に足を止められて、無駄話をしてしまう姿もあった。

 た、大変だなー。改めて女性が足止めを食らってしまい、なかなか目的地に付けない理由を知り、シュウは少しだけ同情してしまう。

 クサビの方も早くお使いを終わらせたいという気持ちがあるのか、少しだけ焦りが見え始めていた。

 最終的にクサビが家に帰るために絶対に通らないといけない道に辿り着いたのは、もう日が暮れた時間だった。

 父親である清嗣が有名のため、行きと帰りでそれぞれ世間話が大好きな人に掴まってしまった結果である。


「帰りが遅くなってしまいましたわ。下手するとお父様に怒られるかもしれませんね」


 少しだけ憂鬱な気分と言った感じで漏らすも、


「でも、いつものことですから、早く帰れると思ってないかも……」


 すぐにポジティブに考えを改める。

 ただ、足は行きに通った時よりも少しだけ早足になっていた。

 しかし、その足が止まる。

 そして道路から見える自らの家を確認して、少しだけおかしな表情を浮かべた。


「おかしいですわね。もう夜に近いのに灯りが付いていないなんて……。もしかしてお仕事に行かれたのかしら?」


 普段とは違う違和感が気になったのか、独り言で呟くクサビ。


〈ね、ねえ……〉


 この後最悪な展開が訪れることが分かっていたシュウは、リニスへと問いかける。


〈その通りだよ。ほら、玄関に着けば、クサビの運命の流れが変わるよ。しっかりと見るように。あたしは何も言わないからね。問いかけられても〉


 リニスはシュウへとそう言って、シュウと会話することを拒否した。

 展開が分かっている以上、シュウの心には何とも言い難い不安感と窮屈感が襲いかかるも、足を止めることは許されないようにシュウの身体は、自身の考えとは別に勝手にクサビへと付いていく。

 クサビは玄関を通り、家のドアを開けながら、


「ただいま、帰りました! 誰もいないのですかー!」


 と、わざと大きな声を出して、誰かの反応を伺う。

 しかし、返事は返ってくることはなかった。

 クサビも明らかにおかしな雰囲気に気付いたのだろう。家の中に上がるとさっきよりも早足で全部の部屋を見ていく。部屋の仕切りをしてある襖を開けて、顔を覗き込むようにして確認。

 母屋にある部屋全部を確認した後、クサビは道場へと向かった。


「もうここしか残されていませんね」


 道場の入り口前に立ったクサビは胸元を押さえながら、扉に手を伸ばす。

 バチン!

 が、その手は跳ね返される。


「え? 結界? なんで結界を?」


 今まで道場に結界が張られることは滅多になかった。もし、結界を張る用事があったとしても清嗣や清隆、義経により伝えられるか、または書置きが置いてあり、そのことをちゃんと知らされていたからだ。今回のお使いも清嗣の頼みで出かけたのだから、清隆がこの道場に一緒に入っているとしても、書置きの一つでもあって当たり前の状況。なのに、その書置きがない状況にクサビの不安感は増していった。


「お父様が試しているのかしら。いいでしょう。これぐらいの結界、何とかして見せますわ!」


 シュウから見ても分かる不安そうな顔のまま、クサビはポジティブな考えをして、その結界にゆっくり手を伸ばす。今度は弾かれない程度のスピードだったため、結界に触れることが出来る。そして、中から貼ってある結界の仕組みを頭の中で考えているらしく、しばらくの間目を閉じる。

 時間にして二分ほどだった。

 クサビが目を開けると同時に結界は消え、そのまま扉へと直接手を触れることに成功する。


「やった! 結構高度な結界でしたから、失敗するかと思いましたわ」


 安心した顔を浮かべて、道場の扉を開けるクサビ。


「来るな、クサビ!」


 と、今までに聞いたことのないような悲痛の声で叫ぶ清嗣の声。


「え? お、お父様……?」


 シュウが部屋の中に入ると、そこではクサビを庇うようにして前に立ち塞がり、全身から血を流す清嗣の姿があった。

 何かしらの攻撃からクサビを庇い、その直撃を受けてしまったような状況。

 クサビの方も何が起きたのか分からないらしく、上手く反応が取れない状態。

 そして、その隙を逃さないように清嗣の身体が床から現れた鋭利な物によって串刺し状態にされる。

 清嗣の身体を貫いては引き、再び違う場所から貫く。

 それを何度か繰り返し、最終的に死体ではなく清嗣という人間であった肉塊と肉片へと姿を変えた。

 クサビは清嗣の身体から噴き出さされた血を全身に浴びながら、放心状態で立ち尽くす。そうすることしか出来ないぐらい、クサビの思考は完全に停止してしまっていた。


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