(5)
リニスから放たれた閃光が眩しくて、シュウは顔を覆うように反射的にガードし、眩しさから逃れる。その眩しさがなくなり腕を退けつつ、目をゆっくり開けると、そこには意外な光景が目の前に広がっていた。
さっきまでの部屋ではなく、外の光景。
外の光景とは言ってもシュウの知っているニモネラではなく、今まで見たことがないような大きな家の中だった。しかも、家の中に大きな池もあり、その中では高級そうな鯉まで泳いでいた。
雰囲気からして高級そうな家だということがすぐに理解出来た。
〈こ、ここはいったい……?〉
周囲を興味深そうに見つめながら、シュウは一歩踏み出す。どこに行けばいいのか全く分からない状況で、本能が赴くままに歩いていると、
〈ここはクサビの記憶だね〉
リニスの声がシュウの脳内の中で響く。
この感覚が初めて味わったシュウはリニスの姿を求めて、周囲をキョロキョロと確認するもどこにも姿はなかった。こんな訳の分からない場所で、初めての感覚に動揺していると、
〈安心しなよ。これはシュウくんの意識だけをクサビの中に連れて込んでいる状態だから。あたしの姿が見えないのはそのせいだよ。というか、あたしがガイドしてあげるから指示通り、動けばいいから〉
〈は、はい〉
さっきの光が現在の状況を作り出したと気付いたシュウは、どうやっても逃げ道がないことを知り、素直にその指示に従うことにした。
リニスの指示に従って移動した場所は道場だった。
中にはクサビが着ているような狩衣と差袴を着用している二人の男性と一人の女性の姿。
〈あれは……クサビ、さん?〉
三人の中央あたりで見学しているクサビにそっくりの女性を見ながら、リニスへと質問した。
〈そうだよ。クサビは本来、あれぐらいお淑やかな女性だったんだよ〉
〈へー……〉
二人の男性を見るように中央にいるクサビは、シュウの世界でいる時と違って優雅で、上品な動きをしていた。
現在のクサビが違うわけではない。
現在のクサビも優雅で上品であることは変わらないのだが、その中身が全く違うということなのだ。人間だった頃のクサビが真っ白だと表現するのならば、現在のクサビは灰色といった具合。簡単に白にでも黒にでもなれる。そんな不安定な状態。
シュウがそう思いながら三人を見ていると、突如として右の一番年上である男性が袖の中から護符を取り出し、二体の狐を召還した。その召還された狐は左の若い男性に向かって突撃し、攻撃を加えようとするも、若い男性はそれより前に袖から同じように護符を取り出し、それを瞬時に狐の額に向かって投げつける。張り付いたと同時に気合を入れるように、「はっ!」と言うと、その狐は若い男性に噛み付く寸前で消え去る。その様子を見ていたクサビが拍手すると同時に、三人の間に漂っていたピリピリとした空気がなくなり、軟かい空気が満たし始める。
「さすがです、義経様!」
「これぐらいクサビだって出来るだろう? そんな世辞はいらない」
義経と呼ばれた若い男性は、クサビの褒め言葉を真に受けていないようで不満そうに睨み返す。
しかし、サクヤは首を盛大に横に振って、
「私には出来ませんわ。っていうより、攻撃を回避しながらなら出来ると思いますけど、一歩も動かずは無理です。ですよね、お父様」
「クサビの言う通りだ。クサビには義経のように一歩も動かずというのは無理だ。しかも、体力がないくせに派手に動いてしまうからな」
「え、えへへ……だ、だってしょうがないじゃないですか。反射的に身体が反応してしまうんですから……」
両手の人差し指をツンツンとしながら、上目遣いでお父様と呼ばれた右の男性を見つめるも、
「そんな目をしても駄目なものは駄目だ。クサビ、お前も立派になりたいのなら、義経のようにしっかり修業に励め!」
と、怒鳴りはしなかったものの、咎める目でクサビを睨み付ける。
クサビはシュンと縮こまり、これまた小さな声で「はい」と返事。
そして、クサビのお父様は義経の方を見つめた。
「クサビはさておき、義経は立派になったな。来週の試験を突破出来れば、晴れて陰陽師としてデビュー出来る」
「いえ、これもまた清嗣様のおかげです。この世で最強と呼ばれるお方の元で修業したのですから、試験ぐらい一発で合格出来なくては駄目です」
「言ってくれる。その言葉、期待しておるぞ」
「はっ!」
深々と頭を下げる義経。
それを見ながらシュウは首を傾げる。
〈どうかしたの?〉
〈義経って人は家族じゃないみたいだけど……〉
〈兄弟子ってやつだよ〉
〈あに、でし……?〉
〈そうだよ。兄弟子ってのは、その人より先に入門をした人のことを指すんだよ。つまり、義経はクサビの先輩ってこと〉
〈へー〉
〈ほら、また主役の一人が来るよ〉
リニスの言葉に従い、道場の方へ意識を集中させる。
義経が立っていた場所にクサビが立っており、次はクサビが清嗣と戦う順番らしい。
クサビの腕に合わせるかのように、清嗣は義経の時よりゆっくりとしたスピードで袖から護符を取り出す。
クサビの方はというと、緊張しきった表情で相対していた。どんな攻撃を繰り出されるのかわからない不安感を隠しきれない様子で清嗣の様子を伺っていると、
「お姉様! お腹が空き……あっ!」
同情の扉が開き、一人の少年が姿を現す。
その少年はシュウの年齢と大して変わらないほどの年頃であり、シュウとは違い、活発そうな少年だった。
ただ、入ってきたタイミングが相当悪かったらしく、少年は気まずそうにその場に立ちすくんでいると、
「清隆っ! この時間は修業中と言ったら、何度言ったら分かる!」
清嗣の怒号が道場内に響き渡る。
シュウも含め、その怒号に全員が反射的に耳を押さえてしまう。
怒られた張本人である清隆は耳を押さえながらも、半泣きになってしまっていた。
クサビはぐずり始めた清隆に近づき、服の袖で流れそうになる涙を拭きながら、
「ちゃんと謝りなさい。何度も言われてるでしょう?」
清嗣とは違い、優しい声で謝罪するように促す。
「ご、ごめんなさい、お父様。で、でも……」
「はぁ……クサビ、修業はいい。義経の邪魔になるから、清隆の面倒を見てなさい」
義経のことを気遣ってか、クサビにそう命じた。
クサビは「はい」と返事を返して、清隆の手を持って道場を後にし始める。
もしかしてクサビさんはボクと弟を重ねて見てるのかな。一日も接していないけれど、シュウはクサビの行動からそんな風に思ってしまうのだった。




