(2)
シュウが目を覚ましたのは大きな物音のせいだった。
何かが何かと接触した音がどこからか聞こえ、その振動が地下にある廊下に少しだけ響いたせいで、地震と勘違いして飛び起きてしまったのだ。しかし、それが自信じゃないと分かるとホッと胸を撫で下ろし、
「じ、地震じゃ……ない……? 何の音……なんだろ?」
寝ぼけ眼で周囲を見回した後、テーブルに置いてあるロウソクを見つめた。
ロウソクの蝋は寝る前と比べて少しだけ減っているような感じで、それほど時間が立っていないことを確認した後、
「んー、眠い。もう一回寝ようかな……」
シュウは眠気に勝てず、今度はその場に寝転がり、目を閉じる。眠気の余韻が酷く、簡単に寝つけそうだったが、それを阻むようにシュウの耳に乾いた音が聞こえた。
近付いてくる? 床に直接耳をくっつけているため、近付いてくる振動がダイレクトに伝わった。
仕方ないという感じでシュウは身体を起こして、やってくる人物を迎えることにした。
「起きているか?」
その人物の声をシュウは聞いたことがあった。
「はい、起きてます……。き、めん……さん……でしたっけ?」
サクヤたちと別れの挨拶をした時に一緒に空間の裂け目を通ってきた人であり、リニスが頼りにしている人という程度の認識しかなかったシュウはその人物に尋ねた。
鬼面は顔色さえ変えずに、
「ああ、その通りだ。主がお呼びだ。付いてこい」
ぶっきらぼうに答えて、懐に入れてあった鍵を取り出し、牢屋の鍵を開錠。そして、入口を開けて、シュウに出るように促す。
シュウはそれに逆らうようなことはせず、素直にその扉をくぐり、牢屋の外に出た。
そして、鬼面は牢屋の鍵を懐にしまいながら階段の方へ振り返り、階段を上がり始める。
シュウもその後に続く。
二人はしばらく無言で歩いていたが、その空気を破ったのはシュウだった。
「あ、あの……ボクは、もう死ぬ時間なんですか?」
牢屋から出されるという状況がそれしか分からなかったため、そのことを確認したくて、そう問いかけたのだ。
鬼面は振り返ることなく首を横に振り、
「いや、違う。さっきの物音を聞いたか?」
と、尋ねられたシュウは「はい」と返事を返す。
「つまり、お主の従者――あの魔王たちが助けに来たということだ」
「や、やっぱり助けに来たんだ……」
「だからこその主――リニス様がお主を連れてくるように命じられ、拙者が赴いたのだ」
「そうな……んだ……」
「どうした? まだこの世に未練でもあるのか?」
鬼面のその言葉にシュウはドキッと心臓が跳ね上がってしまう。
バレているとは思っていた。バレないはずがない、この気持ち。いくら無くそうとしても何度でも戻ってくる生への渇望。なるべく、その気持ちを表に出さないようにしていたシュウにとって、それは駄目なものだと思っていた。
だからこそ鬼面に咎められると思い、身体を自然と身構えてしまう。
「そうか。だが、案ずるな。元凶である魔王たちは拙者が倒すことで、その未練も無くなる」
が、鬼面から発された言葉はシュウが予想していたものとは別の物だった。
サクヤさんたちが魔王だと分かってるのに勝てると思ってる? 自信満々に語る鬼面の言葉にシュウは疑問を持ってしまった。
異世界と言っても魔王である以上、実力は折り紙つきなのは間違いない。なのに、自信満々に語る理由がまったく分からなかったからだ。
「あ、あの! その自信は――」
「着いたぞ。ここで主は待っておられる」
シュウの質問は鬼面によって阻まれる。
鬼面の頭を見ていたのと身体の大きさのせいで、シュウは部屋への入口がちょうど見えなかったのだ。
中途半端に止められた質問だったが、ある程度の予測出来ているはずの鬼面はそれに答えることなく部屋の扉を開き、中へと入るように首を横に振って合図。
シュウは質問をスルーされたことに少しだけショックを受けながら、中へ入るとそこにはリニスと二人の男性がいた。
二人の男性はシュウたちが着ているような着物を着用しており、見た目だけは普通の青年だった。しかし、所詮見た目だけが青年だけであり、雰囲気から人間とは違うことだけは分かった。
何よりもシュウに興味というものを持ち合わせていないのか、シュウへ視線を合わせようともしなかった。
「こんな夜中に呼んで悪いね、シュウくん。あたしも呼ぶつもりはなかったんだけど、あの三人が来たからね。三人の最期ぐらいはシュウくんも見たいでしょ?」
そう言って、椅子に頬杖を付いているリニスがシュウに呼びかける。そして指をパチンと鳴らす。
すると、全員が見えるように斜め上に大きな画面が現れ、そこから三人が家の中を歩いている様子が映される。
「ぼ、ボクは……お別れ……したから……」
「あ~、そう言えばしてたね! ごめんごめん、忘れてたよ。ま、でもいいじゃん。あの三人を死なすのが嫌なら説得出来るチャンスでもあるしさ」
「せ……っとく?」
シュウは三人を説得出来るだけの言葉を持ち合わせていなかった。それ以上にあの三人が生半可な説得であっさりと引き返してくれるはずがないことも分かっていた。
だからこそ、今さらそんなことを言われても何の効果がないことを気付き、戸惑っていると、
「あれ? もしかして死にたくなくなったの?」
問い詰めるようにでもなく、ただ確認するかのようにリニスがシュウへと尋ねた。
シュウは慌てて首を横に振った。
リニスの目に目を合わせると、『生への執着』が急に悪く思えてしまったからである。
「ふーん、そうなんだー。そんなに慌てなくてもいいのに。誰でも死ぬのは怖いことぐらい分かってるからさ」
フォローするように言うリニスだったが、それはシュウにとってフォローにもなっていなかった。
生きてちゃ駄目なんだ。死ぬのが正解なんだ。家に居た時と同じようにシュウの心を罪悪感でいっぱいになった。
「ん、どっちみち死んでもらうからいいんだけどね。さ、そろそろ来るよ。じゃあ、大人しく待っててね」
リニスの言葉にシュウは頷き、口を閉ざす。
しばらくして奥の部屋から物音と三人の声が聞こえ始める。
シュウはなんとなくリニスに話を振られるんだろうなと思ったため、そのことを頭の中で考えていると、シュウたちとサクヤたちを仕切っていた襖を勢いよく開ける。
そこにはすでに戦闘準備が整ったと言わんばかりのサクヤたちの姿があった。