(1) 【サクヤ視点】
深夜。
サクヤたちはアラベラの案内に従い、ある家の前に来ていた。
「ここで間違いないのか?」
その家を前にしながら、サクヤはアラベラへと尋ねる。
アラベラは自信満々に首を縦に振る。
「お兄ちゃんの魔力を間違えるはずないよ。というか、お兄ちゃんの血しかまだ吸ってないし。あ、サクヤお姉ちゃんとクサビお姉ちゃんも血を吸わしてくれたら、迷子になったら私が捜し出すことが簡単に出来るようになるよ?」
「それはまた今度だ」
アラベラの提案を流すようにして、その家を眺めるサクヤ。
その家は村にしては豪華な家だった。
いや、家に関しては他の家と大して変わらない。変わっているのは土地の面積と言う部分である。まるで、このニモネラの村長と表現する割には十分な面積。
「なぁ、ここどう思う?」
「言わずと知れた村長の家でしょうね」
サクヤの質問に答えたのはクサビだった。
「――つまり」
「リニスが村長をしているか、それとも村長を操って裏でこの村を支配しているか。その二択以外考えられないですわ」
「それって結構面倒じゃないか?」
「当たり前ですわ。でも、押し込むのでしょう?」
「それはそうだが……」
サクヤは周囲をキョロキョロと見回して、人気を確認した。
クサビの言う通り、押し込むのは簡単なのだ。目の前の門を斬って中に入ればいいだけの話だからだ。だが、それはそれで寝ている人間を起こしてしまう可能性もあった。シュウの約束を守るならば、そういう目立つ行動をなるべく控えたいとサクヤは思ってしまったのだ。
「ねー、そんな面倒に考えなくてもいいんじゃない?」
サクヤの様子から察したのか、アラベラがそう言った。
「どういうことだ?」
「だってさ、アザスの世界平和って人間があっての行動でしょ? だったらさ、人間が傷付かないように他の魔王たちにもそう指示出してるんじゃないかな?」
「ふむ。可能性としてないわけではないな。だが、『確実』なんて言えないだろう。少なくとも、さっきは大勢に人間がかかって来たしな。また、あの人数……いや、それ以上の人数と戦うのが面倒なだけだ」
「それもそっかー。というか、そんなことをしてたら結構助け出すのに時間かかりそうだねー」
「分かりましたわ。私がなんとかしましょう」
サクヤの面倒くささとその間にシュウに殺されてしまう可能性があることを悟ったクサビは、両手を上へと向ける。
すると服の袖から大量の護符が一気に飛び立つ。
「何をしてるんだ?」
サクヤはクサビに質問をしたが、目を閉じて真剣に護符を飛ばしているため、
「あ、ちょっと見てくるね!」
と、アラベラが隣の家に貼られた護符を確認しに走っていく。
その護符を確認するとすぐに戻ってきて、
「護符には『眠』って書かれてあったら、たぶん村中に朝まで起きないような睡眠魔法をかけてるんじゃないかな?」
「あー、それなら人間が襲ってくることはないな」
「魔物にも効果はあるだろうし、戦うのはこの家にいる人たちだけになるから、結構戦闘も楽だね!」
「なるほどな。さすがはお母さんだ。役に立つ」
サクヤは家での言われたことを『頑固親父』発言の仕返しにそう言い放つ。
そのことに対して、まだ根に持っていることを知ったアラベラは困ったように笑いながら、クサビの行動が終わるのを二人は待った。
「ふぅ、なかなか面倒な作業でしたわ」
しばくらして、その作業が終わると両手を下して気だるそうに小さく息を吐いた。
下ろす流れで持っていた扇子でサクヤの頭を叩くことも忘れていなかった。
「いたっ、ご苦労だったな」
「あら? 怒りませんの?」
「そりゃ、クサビが嫌がってる『お母さん』と呼んだんだ。それぐらいの仕返しは了承済みだ」
「変な所で大人ですわね」
「そんなことより早く行こうよー。早くしないと夜が明けちゃうよ?」
サクヤとクサビのじゃれ合いを戒めるようにアラベラが急かす。すでにアラベラは戦闘準備が整っているらしく、手にはサイズが持たれていた。
「分かった分かった」
「じゃ、今度こそ本当に向かいますか」
「ああ」
サクヤも背中の長刀を抜き放ち、クサビは片手に持っていた扇子を分裂、そして巨大化させることで鉄扇状態へ変化させる。
そして、サクヤが代表して一歩前に出ると、家の入口を塞いでいる門を斬るのではなく、なぜか蹴り飛ばした。
蹴られた門の蝶番はあっさりと破壊され、そのまま玄関のドアに当たり、そのドアも破壊した。
「き、斬るんじゃないんだ……」
「け、蹴り壊すとは予想外でしたわ」
アラベラとクサビは驚きの表情を隠せない様子でポカンとしていた。
門の破壊を任せたのは、『斬る』に関してはサクヤが一番適任であり、自分たちがでしゃばることではない。そう思っていたためである。
当の本人は驚く二人に対して、
「奪還などはこういう方がテンション上がるだろ? 斬るだけなんて味気ないじゃないか」
と、二人の考えを余所ににこやかに笑い、中へと入っていく。
「そ、それはそうだけど……」
アラベラはまだ動揺を隠せない様子でサクヤの後を追い、
「……サクヤらしいと言えば、サクヤらしいですけどね……」
クサビは何かを諦めたかのように同じく二人の後を追う。
門と玄関のドアを破壊したにも関わらず、クサビの魔法が聞いているのか、村人が起きる気配なかった。
だからこそ、三人は気兼ねせず村長の家の中を土足で入り、アラベラを先頭にしてシュウの居場所を探知しながら進む。
そのため、家の中にある全部の部屋を探索する必要もなく、廊下と襖で閉じられた部屋を突っ切りながら進んだ。
しかし、それこそ三人にとっては嫌な予感を感じていた。
「まったく分かりやすいような進み方だな」
というサクヤの愚痴に、
「罠ですからね。というより、罠以外ありえません」
クサビは悩んだ様子もなくあっさりと答え、
「まー、誰も襲ってこないしね。単純に私たちの実力を考えれば、無駄な数で攻めても駄目って分かってるんでしょ?」
アラベラも知ったような口ぶりで答える。
リニスも無駄な時間を取るよりもあっさりとした決着を望んでいるというわけか。サクヤは二人の意見を聞き、リニスの立場で考えると同意することが出来た。
そう考えている間に三人は家の構造上、最後の部屋だろう場所の前に辿り着く。
三人が辿り着いたことを知ったのか、その奥からは突如として殺気が膨れ上がり、三人の身体を突き抜けた。
が、三人とも怯えることもなく、今まで通りの様子で突っ立っていた。
「ここにリニスがいるのか」
「ねー、途中で誰かが襲ってくると思ってたのになー」
少しだけ残念そうに呟くアラベラ。
それをフォローするように、
「心配しなくても、この部屋に鬼面さんのような幹部がいると思いますわ。私でしたら、そうしますから。タイミング的にね」
と、クサビがにこやかに笑う。
「ああ、それは自分も同感だ。絶対にいるな。つか、これこそ『魔王』という職業病なんだろう。っていうか、時間の無駄だ。行くぞ」
クサビの言葉に賛同したサクヤは二人の様子を確認することなく、襖を勢いよく開ける。
三人の目に映ったのは、中央の椅子に頬杖を付いて座るリニスと鬼面、その他二人の幹部らしき人物たち、それとシュウだった。