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(13)

 その頃、シュウはどこかの家の地下にある牢屋に入れられていた。いや、正確に言うと自分の意志でその牢屋に入っていた。

 その命令をするべき立場であるリニスは、シュウに「廊下に入っておけ」と命じる素振りも見せなかったが、なんとなく立場的にこの場所に入っていた方がいいとシュウが思ってしまったからである。

 それに普通の部屋に案内された所で気分的に居心地が悪い。どっちかというと今の気分は、こんな暗くて一人で物思いに耽られる場所の方が良かったのだ。


「石が冷たくて気持ちいいなー」


 シュウは壁に部屋の隅っこで体育座りをしながら、鉄格子と鉄格子の隙間から見えるテーブルの上に置かれているロウソクを見ながら呟いた。

 ロウソクに灯っている火は不規則にゆらゆらと揺れている。

 その様子がまるで自分の心を映しているようで、少しだけ親近感に近い物を感じてしまっていた。同時にロウソクの火が消える頃には自分の命もなくなるような気さえしていた。


「ロウソクがボクの命そのもの……。なんか詩人みたいな言い方をしてるなー。サクヤさんたちが聞いたら、ビンタぐらいはされるかも……」


 サクヤがそんなことを聞いたら絶対に怒る。それだけは絶対的な自信があった。というよりも、この勝手な行動をしたことに対して、怒り出すことは間違いなく分かっていた。

 そして助けに来るということも。

 それが勇者としての仕立て上げるため必要だからなのか、それとも『シュウ』という人間を助けるという理由で助けに来てくれるのか、それは分からなかったが……。


「助けに……来ないで欲しいな……。来て欲しいなんて、ボクには言えないし……」


 自分の意志でここに来た。自分の意志でボクはここに殺されに来た。それだけはシュウの中で、確かなものとして芽生えた意識。誰でもない自分が決めたものだからこそ、助けに来て欲しくなかった。

 生きたい。

 死にたくない。

 その想いが完全に払拭されたわけではなかったから。


「あ、ヤバい!」


 シュウはそう思うことで蘇ってきた『生きたい』という意思を、さっき家でリニスによって話された内容を思い出して、必死に無くそうと試みた。


     ◆◆◆


 玄関のドアで聞き耳を立てていたシュウは、途中でクサビの結界により物音が一つも聞こえなくなってしまい、何もすることが出来なくなっていた時のこと。

 なんとなく居間の方を見つめた。

 そのタイミングで居間を見つめたのは、一瞬人の気配のようなものを感じてしまったからである。

 神経が過敏になっている状態でたまにこういう時があったシュウは、


「外の様子が気になるから、こんなにも過敏になっているのかなー。それともお婆ちゃんが心配してくれてるのかな?」


 暗示のようになっている『祖母が心配して見てくれている』と思い、その落ち着きを取り戻そうと深呼吸を行う。


「君のお婆ちゃんじゃないんだな~。っていうか、あたしの出現する位置がよく分かったね? 勇者の血が働かせた直感ってやつかな?」


 ビクッと身体を震わせて、シュウはさっき視線を向けていた場所に現れた女性を見つめる。

 女性の容姿や雰囲気、さらにはピリピリとした独特の気配を感じ取ることが出来たシュウは、この女性が魔王であることを直感で認識した。


「あ、あなたは……み、み――ふむっ!」


 この女性は危険だと悟ったシュウが声を荒げようとした瞬間、一瞬の内にシュウの目の前までやって来た女性の手の平で、口を完全に押さえられてしまう。叫ぶことを分かっていたような反応速度だった。

 こ、怖い! こ、殺される!? 怖さから身体が動かなくなってしまったシュウが涙を目元に浮かべながら、女性の目を見つめた。

 いや、シュウの視線を合わせるように女性がしゃがんでいた。

 そして口を塞いでいた手を放して、自らの口元に指を立てて話し始める。


「しーっ。ちょっとあたしとお話しようよ。大丈夫だよ。決断はシュウくん、君にしてもらうから」

「け、つだん?」

「そう警戒しないであたしの話を聞いてもらいたいんだ。あたしの名前はリニス。もう分かってるみたいだけど、今外で戦っている三人と同じく魔王なの」

「は、はい」

「そう緊張しないでいいからさ。要件を言うとシュウくんには死んでもらいたいの。だいたいの事情は三人から聞いてるから分かってるよね?」

「魔王アザスの思想を叶えるために――」

「あ~、それはちょっと違うかな~」

「え?」


 リニスはその説明が難しそうにシュウから離れて、落ち着きがないように部屋の中を二周ほど歩き回った。

 その二周回りながら、考えをまとめたらしく、再びシュウの目線の位置と合わせるようにしてしゃがんで話し始める。


「別にね、シュウくんが死ぬ必要はないんだよ? 本当は」

「え、でも、お願いでは死んでほしいって……」


 話の繋がりが見えず、シュウの頭は混乱した。

 混乱しながらも考えたのは、『死ぬことを怖くない』と和ませているだけではないのか、ということ。その理屈ならば、お願いとの辻褄が合う気がしたからだ。


「のんのん」


 しかし、リニスは立てた指を左右に振りながら否定の意思を示す。


「でも、死んでほしいっていうのは村人たちのせいかな? シュウくんは勇者が存命している時のことを覚えてる?」

「あの時のことは忘れられないです」

「だよね。あの時は『魔王を倒して、世界を平和にする』って言う希望があったでしょ? だからこそ、シュウくんも勇者になりたかった」

「……はい」

「うんうん。素直でよろしい~。それでさ、その時の希望と現在いまとでは何か変化あったかな? シュウくんの立場だけを考えないでね? ニモネラに住む村人たちの変化で」


 シュウは言われるがままニモネラに住む村人たちの様子を思い出す。

 楽しそうに笑っていた。

 便利な生活に笑顔が溢れていた。

 勇者が魔王と戦っていたあの頃より、いつどうなるか分からない恐怖に怯えながら暮らしていたあの頃よりも、笑顔で世界は満ちているような気がした。

 シュウの様子から答えを察したのか、リニスは、


「そういうこと、だからシュウくんに死んでもらいたいの。いつかシュウくんが反乱を起こして、魔王を倒そうと思うことでまたあの時のような時代にしたくないでしょ?」


 突如、真剣な口調になって説明した。

 シュウはその言葉を聞いて、身体を震わせてしまう。

 ボクの意思は関係なく、世界のために死んでほしい。そうすることが正しい。それが現在いまのボクのやるべきことだ。今まで考えもしなかった自分の正しい死に方を、シュウは教えられたような気がした。


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