(10) 【サクヤ視点】
「お主たちは拙者たちの本当の狙いに気付いていないのだろう」
その言葉に三人が訝しげな表情をして、鬼面を見つめた。
三人とも鬼面が言いたい狙いが分からないからだ。いや、狙いがシュウであることは分かっていた。だからこそ、クサビが結界を張ることによって出来る限りの防御は施している。
鬼面の言いたいことがよく分からず、代表してサクヤが鬼面へと質問した。
「どういうことだ?」
「『どういうことだ?』だと。それはな、お前らの考えが甘かったってことだ」
「考えが……甘い……?」
「なんでお主たち三人はそれぞれ戦っていたんだ?」
「戦う? クサビ、そうなのか?」
サクヤはクサビの方へ顔を向けて尋ねる。
その質問に対し、
「ええ、家の裏の方で変な魔力を感じた気がしたので……。感じた通り、敵がいて戦うことになりました。それがどうかしましたか?」
と、肯定しつつ尋ねる。
サクヤはそこで敵の行動について少し考え始めた。
本来、ニモネラに住む村民たちが今回のことで動くことは分かっていた。だが、相手は少年一人。最初にサクヤが倒した人数だけでも十分事足りる。つまり、鬼面ほどの剣術の使い手がここに来る必要がないのだ。
しかも、クサビは何かあった時用にとサクヤは考えていたのに、半強制的に戦闘をさせられてしまっていた。
そう考えるとサクヤの頭には一つの言葉が思い浮かぶ。
陽動作戦。
「ま、まさか……クサビがこの場所から動かされたのは……」
敵の狙いに気付いたサクヤは、忌々しく鬼面を見つめる。
しかし、鬼面は笑っていた。
まるで三人が策略にハマってくれたことが嬉しいかのように。
「すまないな。お主を倒すこと自体は本気だった。主に命令されたのは、『お主を倒すこと。出来ないならば足止め』だからな」
「き、貴様っ!」
「サクヤお姉ちゃん、それは後だよ! お兄ちゃんが危ないから!」
アラベラの言葉により、サクヤは柄にかけようとした手を止め、
「くそっ! どっちみちお前を逃すハメになるのか!」
と、悔しそうに言い、家の玄関へと向かい駆け出す。
「結界は解除しましたわ。もう行けます!」
三人は鬼面のことなど気にする様子もなく、ほぼ同時に玄関まで辿り着く。ドアを開けるなどのまどろっこしい行動はせず、誰からともなく玄関のドアに蹴りを入れて、倒して中へと入る。
そこには一人じゃないといけないはずなのに、二人の姿があった。
一人はシュウ。
もう一人は地面にまで届きそうな長い漆黒の髪、頭部には羊のような曲がった角、背中にはボロボロになった翼、お尻には尻尾、アラベラと似た服装に首元にチョーカーを着けた女性がいた。
三人はその女性のことを知っている。
いや、知らないはずがないのだ。
なぜなら、教会で顔を合わせているはずだから。
その女性は三人の驚いた反応に嬉しそうな表情を浮かべて、
「やっと来たんだ~。もうちょっと早く来ると思ってたよ」
呑気そうに手を振って、アピールし始める。
それに答えたのはサクヤだった。
「リニス、なんでこんな所にいるんだ?」
「え? そんなの一つしかないに決まってるでしょ?」
「そうか、一つしかないか」
「そんなことも分からないお馬鹿さんだったっけ?」
「相変わらず腹の立つ言い方だな」
「サクヤ、あんたには言われたくないけどね~」
「自分はお前に言われたくないけどな」
「それはいいですわ。それよりにリニスさん、これからどうするつもりですか?」
サクヤの苛立ちの限界を迎えて来たのか、サクヤの肩を掴んで後ろに無理矢理下がらせながら、代わりにクサビは話しかける。
クサビの様子を見ながら、ニヤリと笑うリニス。
「どうすると思う?」
「一つしか考えられませんわね。敵と思っていいんですか?」
「そりゃそうだよ。それ以外、考えられないでしょ?」
「そうですね。でも、シュウちゃんはそれで納得していらっしゃるんですか?」
「本人の口から聞いてみたい?」
「ええ、聞かせてもらいましょう」
リニスは今まで無言を貫いていたシュウの肩を叩く。
喋ってもいいよ。
そういう打ち合わせかのように、シュウはゆっくりとした口調で三人に向かって話し始める。
「ごめんなさい。アーちゃん、クサビさん、サクヤさん」
「何を謝っているのですか? 意味が分かりませんけど」
「ボクはリニスさんに付いていくことにしたんだ。だから、三人とはこれでお別れしないといけないから」
「そうですか」
その発言に耐えきれなくなっていたアラベラが声を荒げた。
「お兄ちゃん! なんで、そんなこと言うの! そいつに連れて行ったらどうなるか、分からないわけじゃないよね!?」
「うん。ちゃんと分かってるよ。ボクは殺されるってことも」
「じゃあ、なんで行こうとするのさ!」
「……」
シュウはこれ以上、答えたくなかったのか、三人に対して背中を向ける。
何も話すことがない。
これ以上、何も話したくない。
拒否の意思を表現するには十分な行動だった。
リニスはシュウの気持ちを察していたかのように、自分の隣に空間の裂け目を作り、手を伸ばして、シュウに入るように促す。
「満足した?」
「うん。あ、やっぱり最後に言わせて」
「いいよ」
「三人とも、こんなボクに優しくしてくれてありがとう」
シュウは空間の裂け目に入る前に振り返り、最期の笑顔を見せて、空間の中に入って行った。
「おい、シュウ! お前、リニス! シュウに何をした!」
「別に何も?」
「嘘を言ってるんじゃない。お前のことだ、能力を使ったんだろうが!」
「それはどうかなー。ま、シュウくんは三人よりあたしを選んだってことだよ。じゃあね、三人とも!」
「行かせるか!」
サクヤは鞘から長刀を引き抜き、それをリニスに放つために飛びかかる。
速さ的にはリニスの腕を斬りつけることは十分に可能だった。
ドゴォン!
しかし、その攻撃を割り込むように家の側面が爆発し、その煙の中から一人の人物が現れる。
その人物は、先ほどサクヤが戦っていた人物――鬼面。
リニスに放とうとしたサクヤの一撃は、鬼面の割り込みにより防がれてしまう。
「お前っ!」
「すまぬな、主を守るのが拙者の役目だ!」
「さすが鬼面だね。引くよ~!」
リニスはそう言って鬼面の服の襟を掴み、驚異的な力で無理矢理空間の中に引きずり込む。
すると空間は役目を終わったかのように閉じ、その場に残されたのは三人だけになってしまう。
三人とも苛立ちを隠そうともしない勢いで、空間の裂け目があった場所を睨み付けていた。




