(8) 【クサビ視点】
「本当に残念ですわ。半魔といえど、半分は人間ですから殺したくはなかったんですが……」
クサビの言葉に少年はビクッと身体を震わせた。
そのことに対して触れてほしくなかったような反応であり、クサビがそれに気付いたことを激しく嫌悪している様子だった。
「そうか。どっちみち殺すしかなかったというわけか。オレの正体を知られたからには……」
「大したことじゃないと思いますけど? 貴方よりももっと悲惨な方たちも見たことがありますから」
「うるさい。オレの苦しみが誰にも分かるか!」
「そうですわね。ここからは命のやり取りをすると決めましたものね。これからは貴方の気持ちも、貴方の身の安全もどこかへ追いやってしまいましょう」
そう言ったクサビから殺気が放たれる。
今までの戦闘は、児戯にも満たない相手の気持ちを折るためだけの戯れ。
少年はそう思えてしまうほどの殺気に自らの骨が軋むような感覚さえ覚えた。いや、それほどの気迫が圧力として襲いかかり、本当に軋んでいた。
思わず出していた足を一歩、後ろに下げてしまうほどだった。
「今さら逃げがしませんわよ? 怯えようが、怖がろうが、恐怖に負けて泣こうが。もう『殺る』って決めましたから」
「っ! い、いいさ! お前に勝てばいいだけの話だ」
「勝てませんけどね」
「やらないと分からないだ――」
言い終わる前に少年の目の前にクサビが現れ、腹部へと鉄扇が撃ち込まれる。
「かはっ!」
少年は殴られた鉄扇の勢いに足の踏ん張りが利かず、そのまま背後の結界にぶつけられ、そのままその場に倒れ込む。
腹部の痛みと結界にぶつけられた背中の痛みのせいで、立つこともままならない状態でクサビを睨み付けた。武器も吹っ飛ばされた時に手から離れてしまい、出来ることがこれしかなかったのである。
「ひ、ひきょう……」
「別にそれでいいですわ。だって私は異世界の魔王ですもの。卑怯だろうが何だろうが勝てばいいんですわ。じゃあ、さようならです」
クサビは少年へと近付くことなく、その場で鉄扇を扇子の大きさに戻し、袖から『火』と書かれた護符を三枚ほど取り出す。それを少年の投げると背中へ張り付き――燃え上がった。
「あぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」
少年の甲高い声は響き渡る。
世界中に自分の最期をアピールしているかのような絶叫。
しかし、それは誰にも聞こえていなかった。
この結界には防音機能も備わっていたから。
火を消そうとゴロゴロと転がり続けていた少年は最終的にはそれを諦め、最期に怨念を含めた目でクサビを見つめた。呪い殺してやる。その想いも含めて。
そこで少年は最期の最期で気付いたことがあった。
クサビの目が今までのような優しい目ではなく、ゴミでも見るかのような無機質な目に変わっていたことに。「最初から助ける気がなかったのではないか?」と思わされてしまうほどの想像をしている最中に少年の思考は終わる。
「まったく馬鹿な子ですこと。こうならないように止めていたのに。こんなことを知られたら、サクヤに怒られるのかもしれませんね」
完全に燃え尽き、消し炭化した少年だった灰の山に一つの護符を投げる。
亡骸にそれは当たった瞬間、灰の山はこの場から消えてしまう。
「貴方の残留思念を利用して生まれ故郷の上空に送っておきましたから、これで成仏してください」
場所はどこか分からない。故郷の人に嫌われた存在だったのかもしれない。だから、こんな暗殺業みたいなことしか出来なかったのかもしれない。少年の生い立ちを考えるとこれぐらいのことはしてもいいだろう、とクサビは思ってしまったのである。
灰の山の移動場所を上空に設定したのは、故郷に落ちたとしても灰状態ならば誰も気付かれないと考えたためである。
クサビは家と畑を守るために貼った結界を解くと、
「さ、サクヤの元へ戻りますか。一人で戦わせてしまいましたから怒ってそうですけど……」
いつも通りの顔に戻り、玄関の方へと歩き始めるクサビだった。