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(7) 【クサビ視点】

 少年のイライラは隠しきれない様子で爪をガジガジと噛んだ後、今までと同じように自分の影に手を置き、影を引きあげる。

 その様子を見続けていたクサビは呆れたようにため息を漏らし、


「また、それですか? だから、それは効かない――あら、それは予想外でしたわ」


 少しだけびっくりしたように笑みを溢す。

 少年の影から現れた物は今まで変わらない犬だった。

 しかし、犬は犬でも地獄の番犬とも呼ばれる三又の首を持つ犬――ケルベロス。

 クサビの身長以上の体躯に、今までの犬とは比較にもならない殺気がクサビを襲った。


「どうだ。これなら、その鉄扇でも簡単には倒せないだろう」

「量より質で来ましたか。確かにこれならば、さっきのように上手くいきそうにありませんわね」


 ケルベロスの顔を見ながらクサビは緊張感もなく笑っていた。いや、クサビが気付かないうちに笑みが溢れてしまっていた。

 その様子に少年も怪訝に思ったのか、


「なんで笑っている? これで死ぬかもしれないんだぞ?」


 と、問いかけた。

 過去に何回かケルベロスを召還したことがあったが、クサビみたいに笑う物は誰一人おらず、恐怖に慄く者しかいなかったからだ、


「笑っていましたか? これは失礼いたしました」


 少年の問いに対し、クサビは頭を一度下げてから、


「まさか、こんな所で地獄の番犬と呼ばれる犬に出会えると思いませんでしたから。それが嬉しくて、つい笑ってしまったのかもしれません。それに結構強そうですからね」


 頭を上げ、ワクワクした顔でケルベロスを再び見つめ始めた。


「そんなことを言って後悔しても知らないからな」

「後悔なんてしませんわ。安心してくださいな」

「そうやって、人をおちょくりやがって。ケルベロス、奴を噛み殺せ!」


 少年はクサビに向かって指を差す。

 すると、ケルベロスは少年の指示に従い、クサビへ向かって駆け出し、狙いを定めて、右足で踏みつけ攻撃。

 クサビはそれを読んでいたようにジャンプ。

 ケルベロスはそれを待っていたかのように中央の頭が、クサビのジャンプの頂点位置へ噛み付いた。

 それさえも空中でさらにジャンプすることで回避。飛び越え様に左手の鉄扇をケルベロスの鼻頭向かって振るい、その勢いに身を任せるかのように身体を回転しながらケルベロスを飛び越えた。

 鉄扇の攻撃が当たったケルベロスは『伏せ』を強要されたかのように地面に突っ伏し、クサビはそのままケルベロスの背中に着地して見せる。


「さすがケルベロスですわ。私の一発で消えないとは……」


 感心するクサビに対し、


「う、嘘だ。なんでケルベロスが倒れているんだ……」


 信じられない物を見たかのようにショックを受ける少年。

 あれではもう終わりかしら。少年のショックの度合いを確認しつつ、クサビは少しだけ残念に思ってしまっていた。

 戦意喪失。

 そういうには十分なほどの驚きが目元から見てとれたからである。

 しかし、ケルベロスの方は違っていた。

 人間ごときにコケにされていることが悔しいのか、左右の頭が唸り声をあげていた。それに呼応するように中央の頭も唸り声を上げて、クサビを背中の上から落とそうと身体を震わせる。


「落ち着きのない犬っころですわね」


 クサビはそれに抗うことはせず、バク転して、再びケルベロスの目の前に立ち塞がる。


「実力差が分かったのにまだやりますの? 次は完全に滅しますわよ?」


 少しだけ不機嫌そうにケルベロスに言うクサビだったが、それをケルベロスは聞いていなかった。

 なぜなら、すでに次の攻撃の準備をし始めていたからだ。

 三頭の口からは火が溢れており、それをクサビへと遠慮なく放つ。

 しかし、クサビは余裕の表情を隠そうとはしなかった。

 右手の鉄扇を空に投げ、袖から出した『水』と書かれた五枚の護符をケルベロスへと向ける。すると、クサビの目の前に五亡星が現れ、そこから大量の水が出現し、火を消火し始める。


「水剋火――いくら火を吐かれようが、水で打ち消せるのは道理。最初から三頭が一気に吐いたのが間違いでしたわね。火を吐くタイミングをそれぞれずらしていれば、傷一つぐらい付けられたかもしれませんのに」


 火を消火した水は勢いが落ちることはなく、ケルベロスへと当たる。

 水が弱点だったのか、ケルベロスは一瞬怯んだ。

 クサビがその隙を見逃すはずがなく、再び左手の鉄扇を投げると、袖からまた『土』と書かれた一枚の護符を取り出す。取り出したと同時にその護符は燃え尽き、すぐさま効果を発揮する。

 効果はケルベロスの足元に大きな穴を開けることのみ。凹んだのではなく陥没。足場がどこにあるのかも分からないほど深い穴だった。


「そこでジッとしててくださいな」


 その言葉が始動キーになったのか、その穴はすぐさまなくなり、今までのような地面を取り戻す。

 タイミングを同じくして五亡星も消え去り、手元に持っていた護符も五枚とも燃え尽きる。

 そして、空に投げた鉄扇がクサビの両手が空くのを待っていたとでもいうように、手元に落ちてきたので、それをキャッチした。


「け、ケルベロス……」


 少年はケルベロスが落ちた場所を見ながら呟いた。

 しかし、さっきのような驚愕の声や絶望の声ではなく、少しだけ力強い声。意欲を取り戻した、とはっきり分かる声だった。


「もう終わりにしましょう。これ以上は無駄ですわ。実力差ははっきり分かったでしょう? これ以上するというのならば容赦はしませんわ」


 その意欲を生き残る方へ促すクサビ。

 だが、少年はそれに同意することはなかった。


「ケルベロスの頑張りは無駄にしない。オレのために……あそこまで頑張ってくれたんだ。だから、ケルベロスの頑張りを無駄にするわけにはいかない」

「ケルベロスをさっさと倒しておくべきでしたわね」


 クサビはそのことを嘆くように、小さく息を吐いた。

 一撃で消すべきだったですわ。こんな風にやる気を出す方向になると思いませんでした。不覚でしたわ。実力差を見せるべき行動が、反対の方向に向くとは思っていなかったことをクサビは内心で恥じてしまう。

 少年はその間に先ほど同じように自分の影に手を置き――今度は影の中に埋め込むと、一本の刀を取り出す。

 刃も峰・鍔・柄さえも全てが黒く染まり、少年の心の闇を具現化したような存在の刀。

 刀から発されるオーラから、クサビは一種の呪われた武器であると予想した。


「その刀は何ですか?」

「オレの全ての魔力で生み出した刀だ。オレの全部を投げ打ってでも殺す。ケルベロスにそう誓った」


 少年はそう言って、刀を構えた。

 迷いのない意志の強い目を見ながら、クサビは引かせることが出来なかったことを心の中で悔やむのだった。


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