(6) 【クサビ視点】
その頃、クサビは家の裏の方へやって来ていた。
タイミングとして、サクヤが人間と魔物を相手し終わるほんの少し前のことである。
「こっちで変な魔力を感じたんですけど……、私が来たのを感じて、気配でも消したんでしょうか?」
周囲をキョロキョロと確認しながら進むも変化もなく、サクヤの人間たちの呻き声が軽く聞こえるだけだった。
私が移動するのを待っているみたいですね。しょうがない、あぶり出しますか。口元を押さえていた扇子をバッと下へ振り下ろすと、その扇子は瞬時に巨大化して一つの武器へと変化。そして鉄扇となる。
その鉄扇に袖から取り出した一枚の護符を貼り付け、そのまま一気に横に向かって振るう。
すると、振られた場所から風が巻き起こり、周囲を駆け巡った。
「はい、見つけましたわ。何をしていらっしゃるんですか? 玄関はあちらで、こっちは裏口ですわ。ご案内しましょうか?」
さっきまでは誰も居なかったクサビの正面に全身を黒い服を纏い、目元だけを出している少年に対し、クサビは客人を招くノリで言葉をかける。
その少年はその態度が気に入らないらしく、眉をしかめた。
「いったい、何をした?」
「何って単純に空間を風の術で引き裂いて、居場所を見つけただけですわ。大したことじゃありません」
「そんなことが簡単に出来ると思っているのか? オレの居場所を見つけられる奴は滅多にいない」
「そうですか。それでこちら側から何か御用ですか? 先ほども申し上げましたようにこちら側は裏側で、隣には畑がありますの。つまり、この家の主である少年の私有地です。ご用事なら玄関の方からどうぞ」
クサビはあくまで客人に対して言葉をかけるように接しながら、左側にある畑を指差し、傷つけたくない意思を含めて言うも、
「断る」
即答で拒否されてしまう。
人の話は聞かずに、自分の都合を押し付けるタイプですか。畑に被害を及ぼす可能性がありますね。少年の思想を簡単に想像しつつ、戦闘に向ける準備をこそこそとしていくクサビ。
「オレの使命はこの家の主を殺すことだ。邪魔するならお前も始末する。そんなことはしたくない。だから退け」
「退くわけには行きませんわ。シュウちゃんを守ることが私たちの使命ですもの」
「そうか。死にたいというわけか」
「死にませんけどね」
「邪魔する者は殺す。いつものことだ」
「そうですか。じゃあ、戦闘を始める最終準備をし始めましょうか」
「どういうことだ」
「簡単なことですわ」
クサビは再び袖から一枚の護符を取り出すと、それを自分の後ろにある家に投げ飛ばす。その護符は家の外壁へと張り付き、家に展開したような結界を作り、二人を閉じ込めた。
これで畑と家は大丈夫ですわ。結界破壊系の魔法をしてこない限りは……になりますけど。相手がそういう風な魔法をしてこないことを祈りつつ、クサビは鉄扇で顔を隠すように添え、左手持っていく。そして左右の手を広げると、左右の手には対になる鉄扇が持たれていた。
「はい、戦闘準備完了です。それでは戦いましょうか」
「そうか。お前を倒さないと家の主を倒せないというわけだな」
「ネタばらしを言うと、私を倒さなくてもさっき張った札を剥がせば、この結界は解除されますわ。それが出来たら、の話ですけど……」
「気に食わない女だ」
「いえいえ、貴方ほどじゃありません。ほら、いつでもいいですわよ」
「分かった」
その少年はクサビをまず仕留めることを先決したらしく、月明かりによって生まれた自分の影の上に手を置いた。そして、その影から手を引っ張ると、影が手に引っ付いたように引っ張られていき、その中から無数の黒い犬が姿を出てくる。
あれは影で造られた犬みたいですわね。その犬の形と唸り声を見て、クサビはそう判断し、左右の鉄扇を構える。
「『影使い』というやつですか?」
「他人に能力を簡単に教えると思うか?」
「そうですわね。能力に関してはどうでも良かったですわ」
「行け。奴を食い殺せ」
少年の指示に従い、その犬たちはクサビへと駆け出す。
影で出来た犬にも関わらず、その犬たちは唸り声をあげ、開く口からは気持ち悪くも涎を吐き散らしていた。その様子は、戦いを挑む犬そのものの。
クサビはゆっくりと息を吸い込みながら、目を細める。そして襲いかかってくる犬一匹一匹に狙いを定めるかのように、その場で円を描くように鉄扇を当てていく。当てた瞬間、犬は「くぅーん」と情けない声を上げて消滅していく。
そして、召還した犬はクサビの一撃によって、あっさりと全滅した。
「はい、終わりですわ。あっけない物ですわね」
「まだだ。それぐらいでオレの犬を全滅させたと思うな」
「いくらでも召還してくださいな。格の違いというものを見せてさしあげますから」
微笑むクサビと違い、少年は苛立ちを隠しきれないように親指の爪を噛み、先ほどと同じように犬を召還。今回は命令もなく、その犬たちはクサビへ向かい駈けた。
しかし、結果は変わらない。
犬たちの攻撃は、まるでクサビの鉄扇の先へと誘われているように動き、鉄扇が当てられては消滅していく。その様は一種の舞と呼べるほど優雅であり、余裕のある動きだった。
「ちっ、調子に乗るな!」
今まで冷静を装っていた少年は物量作戦に出たのか、次々と犬を召還していく。
クサビはそれに対して、何の反応も示さず、同じように舞だけで犬を消滅させていった。
それが五分ほど続き、結果的に少年の方が召還することを諦めたらしく、少年の動きが止まる。
「もう終わりですか? やはり大したことないですわね」
クサビは自らの動きによって形成された地面の円を満足そうに見ながら、右手の鉄扇で口元を隠しながら尋ねる。
「――実力差は分かったでしょう? そろそろお止めなさい。もう一回ぐらいなら、お遊びに付き合ってあげますから」
「遊びだと……! お前と違って、オレのは仕事なんだ。その邪魔する奴を殺すといっているだろう!」
「あら、挑発するつもりはなかったんですけど……。しかし、どうするつもりですか? 物量作戦も失敗されていましたけど」
クスクスと笑うクサビ。
ふふっ、次はどんな作戦で来るのかしら。子供がムキになる姿は面白くて、ついついからかってしまいますわ。こんなところをサクヤに見られたら怒られますけど。そう思いながら、少年の次なる手をワクワクしながら待つクサビだった。




