(1)
魔王が世界を支配してから、三年の月日が経過した。
世界は暗闇に包まれ、農作物は育たなくなり、人間も魔物に支配されて酷い扱いを受けている。
『なんてことは一切なかった』。
世界は何も変わっていなかった。
それどころか争いというものがなくなり、前よりも平和な世界が訪れていた。
それも全部、魔王が主導権を持っており、争いが起きれば解決しようと奮闘している。そんな話が世界中に伝わり、人間たちは感謝するとしても憎むという感情はなくなっていた。
その代わり、勇者の方が悪い存在と認知されつつあった。
それも当たり前だろう。勇者が魔王にケンカを売らず、このまま魔王に世界を委ねた方が、世界が平和になるのは早かったのだから。
戦いを始めた者の宿命。
正義と悪。
人間が選択する極端な善悪の判断。
こればかりは現実が物を言い、言葉での弁解など無意味なのだから。
勇者が悪にされてしまったことで、一人の少年がその迫害を受けていたのは言うまでもない。
勇者が負けた時、十歳だった少年も今では十三歳の青年期に入っていた。しかし、身長はあまり伸びないせいで年齢より低く見られ、声変わりもしていないため、青年期に入った自覚は一切ない。
それどころか服装はボロボロ、髪の毛もボサボサで浮浪者として間違われても仕方のない状態へとなっていた。
しかし、そのことに慣れてしまっているシュウは気にすることなく、祖母と暮らしていた家の中で気持ちよさそうに寝ている。誰にも邪魔される心配がないように心地よさそうな寝息を立てて……。
が、何かに気付いたように慌てたように飛び起きた。
荒い息を整えるように肩で息をしながら、
「あー、夢か。良かったー」
如何にも悪い夢を見ていたかのようにぼやく。
「『お城で出されるような豪勢な料理をタダで食べていい』、なんて言われたからびっくりしたー。お城の料理なんて見たこともないけど……」
額の汗を手の甲で拭いながら、苦笑い。
村人が自分に対して、そんなことをしてくれるはずがない。食事には支払いが当たり前。奇跡が起こってしまったような自分に都合の良いことは絶対にありえない。そんなことはない。と、ちゃんとシュウにも分かっていた。
なのに、夢がこうやって都合の良いものを見せつけてくるのは、どうやら脳が幸せな夢を見せてあげようという配慮が行われているのではないか? そんなことを思ってしまうほどリアルな夢だったため、シュウは焦ってしまった。
「時間的にもいいし、起きようかな」
そう小さく呟き、シュウは布団をたたんで部屋の端へ移動させる。
そして、ボロボロになった箪笥の上に飾ってある祖母の写真を見つめ、
「おはよう、お婆ちゃん。今日もボクは元気だよ。変な夢見ちゃったけど、めげずに頑張るよ」
一年前に亡くなってしまった祖母に元気に挨拶。
シュウの日課の一つ。
そして、いつものように畑へと出向き、シュウが育てた野菜を引っこ抜く。それで朝食を作る。
朝食を作るとは言いつつもシュウは祖母に料理を任せっきりだったため、白米のおかずに野菜を切って生で食べたり、軽く煮込んで味付けしたりと言った程度しか出来ない。それでも一年前のご飯さえ上手く炊けない時よりは間違いなく進歩していた。
しかし、そんなシュウに今日は悲劇が襲う。
「あ、しまった。今日はお肉の日じゃん」
シュウは日めくりカレンダーを今日の日付に変えながら、少しだけ憂鬱そうに漏らした。
『お肉の日』というのは店屋が安売りをする日ではなく、毎日野菜ばかりでは飽きるということから、シュウが『一週間に二回はお肉を食べる日』と勝手に決めた日のことである。そのため、本当ならば嬉しい日のはずだったが、憂鬱になってしまうだけの理由もあった。
「隣村に行かないといけないのか……」
隣村に行く。
そのことがシュウにとっての最大の難関であり、苦痛でもあった。
勇者の血を継いでいることを村人は知っているから。いや、自分自身が言い触らしてしまったせいで、全員にバレてしまっているから。
「お婆ちゃんが言っていたことが、今頃になって身に染みるなんて……。最初から言いふらさなきゃよかった」
子供の頃の過ち。
子供の頃に浸りたかった優越感が今になって、シュウを苦しませる原因として襲っていた。
「ごめんなさい。反省しても遅いけど……」
お肉の日を決めてから何度目になるか分からない愚痴を、祖母の写真へ語りかける。写真では笑顔で映っているものの、きっと怒っているに違いない。そして、昔のように注意をしている。目には見えないけれど、シュウはそんな気がしていた。
そんなことを思っていると、お腹が「ギュルル……」と鳴り、空腹であることを伝えてきた。どうやら身体は正直で、そんな反省や後悔をさせてくれるほどの余裕はくれないらしい。
「じゃ、今日の分の野菜でも取りに行こうかな! お肉を買いに行くのはお昼からにしよう。畑の手入れしてたら、それぐらいになるし……」
今後の予定を少しだけ考え、その予定に納得させるように「うん」と一人で頷く。そして、玄関から裏へと回り込んで、畑に行くと十分に育った野菜を見定めながら抜いていくシュウだった。