(4) 【アラベラ視点】
天一郎の攻撃がアラベラに通じたことを理解したのか、アラベラを包んでいた風の渦が治まり、視界が晴れる。すると、そこには先ほどと同じように天一郎を中心として三人は横一列に並んでいた。
「どうだ! 我らが三兄弟の連携技!」
浮かんでいることがやっとになっている状態のアラベラに向かって、天三郎は自慢そうに語った。
この自慢に関して天一郎も戒めることなく、腕を組み、頷いている。
「お嬢ちゃん、もう諦めるんだ。その傷ではもう駄目だ」
「え、えへへ……そ、そうかも……ね……」
弱々しい笑みを浮かべつつ、アラベラは背中に手をまわすとその氷を掴み、無理矢理引き抜く。そして、再び腹部の傷口を押さえる。
「あ、あのさ……せめて、どうやったのか……最後に教えて……ほしい……な……」
「ふむ。それぐらいはよかろう。天三郎!」
「はい、一郎兄者! まずは俺が風の渦を作り!」
大きな葉を持ち上げ、アピールしながら言い、
「次は俺がその渦を利用して突撃!」
天次郎も天三郎と同じく矛を持ち上げ、
「最後に俺がお嬢ちゃんの背後から氷塊を投げたわけよ! これぞ我が兄弟の連携攻撃なり!」
天一郎は掌を上に向けて、掌に小さな氷を作成してみせる。
その様子を見ていたアラベラは急に笑い出す。
三人は急に笑い始めるアラベラを見て、「気でもおかしくなかったか?」のかと思い、訝しげに見つめていると、
「意外と単純なネタばらしをありがとう。感謝して、もう一回ぐらいは受けてあげようかな?」
さっきまでとは違い、アラベラは攻撃を受ける前と変わらない様子で話す。
それをきっかけに傷を負っていた腹部と右肩はシュゥゥという音とともに再生されていく。あっという間の出来事だった。
修復すると思っていなかったのだろう、三人は驚いた表情をしていた。
「お嬢ちゃん、いったい何者だ?」
「吸血鬼だよ。それだったら自己再生だって当たり前でしょ?」
「なるほど。首を撥ねないと死なないタイプか」
「あれ? 戦ったことあるの?」
「当たり前だ。だからこそ、その対抗手段も考えてある! 天次郎!」
「了解!」
今度は天次郎がアラベラへと向かい飛び出し、矛での連続突きを始める。
身体全体を狙うような攻撃に対し、アラベラは同じようにサイズで防御に転じた。
これは肉体強化系の魔法かな? アラベラは天次郎の突くスピードがどんどん速くなっていくことを身体で感じ取り、そう思っていると――いきなり天次郎が頭を左へとずらす。
「え!? ちょっ!!」
ずらした瞬間、アラベラの視界に入ったのは腹部と襲ったのと同じような氷塊だった。それが頭を潰しに来ようとしていることを理解したため、慌ててその氷塊を避ける。
それを幸いにも頬をかすった程度で済み、即座に自己再生で傷を治療し始めた途端、身体に痛みが走り、全身の至る所から出血し始めた。
「いたっ! ちょっ、何なの!?」
「こっちだ!」
声をした方を見ると、そこには天三郎の姿。
手に持っている葉を適当に振るうと、それに合わせてアラベラの身体がズタズタに引き裂かれていく。
風の刃ってやつ? また面倒な魔法を! 一定の個所から攻撃ではないことを、身を持って味わっているアラベラはその場から離脱しようと羽を動かした瞬間、いきなりバランスを崩してしまう。
「あ、しま――」
背中の片翼が風の刃によって引き裂かれ、落下し始める。
そのタイミングを見計らったように天次郎が、矛をバットでボールを打つかのように横に構えている姿がアラベラの視界に入った。
しかも、バチバチと身体から電気のようなものが放電していた。
電撃で自らの動きの加速を企んでるんだね。そうアラベラが天次郎の行動を冷静に判断した瞬間、その考えが当たりであるかのように今までの突きよりも早い動きで矛が横薙ぎに払われる。
その一撃はアラベラの首を正確に捉え、頭と体を見事に両断。
「あっ……」
言葉の続きが出なかった。
なんて表現したらいいのか、アラベラには分からなかった。
口から偶然漏れてしまった言葉がそれであり、それ以上の言葉が出なかった。
頭と体が離れてしまったアラベラはそのまま為す術なく落下していく。体勢を整えるも何も、体と頭が離れてしまっている時点で動きなんて取れるはずもなかったから。
その様子を見ていた三人はホッとした表情で浮かべ、天次郎と天三郎は天一郎の元へと近寄る。
「一郎兄者! やったぜ!」
「兄者! 過去に吸血鬼と戦った甲斐があったな! あいつは意外と強敵だったぞ」
二人ともアラベラが只者ではない、ということだけは本能的に悟っていたらしい。
「そうだな。吸血鬼を倒すには首を撥ねるのが一番。そのことを知っておいて良かった」
二人に同調するように天一郎も刀を腰に納めながら、二人より一歩前に出て、シュウのいる家を見つめる。
それに従うように二人もそれぞれに武器を納めながら、シュウの家を見つめた。
しかし、そんな三人の視界を遮り、アラベラを倒したことを祝福するようにコウモリが一気に飛び交い、どこかへとパタパタへと飛んでいく。
「コウモリか。吸血鬼を倒したにはふさわしい舞だな。そう思わないか、天次郎、天三郎」
天一郎はそのコウモリを見ながら、満足気に腰に手を置き、二人の意見を求める。
普段ならすぐに返ってくる返事がなかなか返ってこないため、天一郎も「二人とも見とれているんだな」と思い、返事を急かす行為はしなかった。
しかし、しばらく待てども返事は来ない。
「おい、天次郎! 天三郎! 俺が声をかけたら返事をしろ……と……」
そのことに対し、怒ろうと天一郎は二人の方を振り返る。
「なっ……天次郎! 天三郎!」
二人とも首のない体だけの存在でその場に立っていた。背中の翼はバサバサと羽ばたいているものの、浮くだけの力はすでになく次第に弱くなる。最終的に敵の魔法によって、その場に強制的に立たされている形へとなった。
その姿を見て、天一郎は発狂しそうになった。
愛しい弟たちが誰かによって殺されたからだ。
それだけで頭がおかしくなりそうだったが、その気持ちを気合で違う感情へと回す。
発狂から憎悪へと。
弟たちの仇をとろう、と。
「いったいどこにいる! 姿を現せ! 卑怯者め!」
見えない敵に対し、天一郎はそう叫んだ。
すると、クスクスとそこら中から聞こえ始める。夜空そのものから聞こえるかのようなエコーのかかった響き方。
しかし、天一郎はその声の主を知っていた。
いくらエコーがかかっていようが間違うはずがなかった。
なぜなら、さっき殺したはずのアラベラの笑い方そのものだったからである。