(3) 【アラベラ視点】
時間は遡り、交渉決裂後。
上空に舞い上がっているアラベラは三体の天狗と対峙していた。
お互いが風の魔法を使い、下の交渉の結果を聞いていたため、状況を把握するのは早かった。
「やっぱりこうなっちゃうよねー。どうあってもこうなると思ってたけどさ」
「そうだな。やはり退いてもらえないか? お嬢ちゃんも人間なんかを守って怪我なんてしたくないだろう?」
三体の中央にいる天狗が二人より前に出て、独自の交渉をし始める。
まさか、こちらでも交渉が始まると思っていなかったアラベラは首を傾げて、少しだけ困ったように頬を掻いた。
「それを言うなら、おじちゃんたちが退散した方がいいと思うけどなー」
「それは駄目だ。その人間はさっきもお嬢ちゃんの仲間が言ったように、うちの村の子供を傷付けようとした相手だからな」
「ふーん。子供たちの話は最後まで聞かなかったの?」
「何? どういうことだ?」
それを左にいた天狗が一歩前に出て尋ねるが、中央の天狗が手を出すことで質問を止める。いや、改めてその天狗が尋ねた。
「どういうことだ?」
「なんだ、聞いてないんだ。サクヤお姉ちゃん……今、交渉してた人は言わなかったけど、その子供たちを傷つけよう……殺そうとしたのは今の交渉してた人だよ? 命を狙うとしたら、サクヤお姉ちゃんの方なんじゃない?」
「……そうだったか……」
中央の天狗は困ったように右手を顎に添えて考え始める。
しかし、それは考えているフリをしているということをアラベラは見抜いていた。というより、目が戦闘に対する意欲を消そうとしていないからだ。
理由なんかどうでもいいくせに……。分かっていたが、『退散してくれることを期待している目』をワザと作り、様子が伺っていると、その天狗は口を開いた。
「そうか。しかし、人間がいなければこうなることはありえなかった、と考えることも出来る。やはり、元凶は人間にある。そういうことになるな」
「あ、やっぱり? いや、最初から分かってたから別にいいんだけど……、ちょっとだけ頭に来たかな。下手くそな演技を見せつけられて」
アラベラは何もない宙に手を入れると手首から先が消える。そこから手を引き抜くと、自分の身長よりも長柄を持つ鎌――サイズが現れる。そして、手の馴染みを確認するようにサイズを何回か回転させて、構える。
そのサイズの刃は、月の光によって怪しく光り、まるで死神の鎌を思わせられるような邪悪なオーラを噴き出す。
「お前、何者だ?」
「あははっ、答える必要ないでしょ?」
「そうか。名前だけでも教えろ。我らの流儀は戦う前には名を名乗るのが礼儀だ」
「それぐらいならいいよ。私の名前はアラベラ。アーちゃんって呼んでね」
「アーちゃんか。その名を呼ぶには全くふさわしくない邪悪な武器だな」
「それを気にしちゃダメだよ。じゃあ、おじちゃんの名前は?」
「俺の名は天一郎だ。右が次男の天次郎、左が三男の天三郎だ」
天一郎が名前を呼ぶと、それぞれが一歩前に出て簡単にお辞儀を行い、礼儀を示す。
アラベラもそれに従い、頭を少しだけちょこんと下げて、礼儀のお返しを行った。
それを見届けた後、天一郎は腰に下げていた刀を抜き、天次郎は持っていた矛を構え、天三郎は懐から大きな葉を取り出す。
「なっるほどねー。三人での連携攻撃を行うってこと?」
「察しがいいな。そういうことだ! 俺たちの連携から逃げ切れられた者は誰一人いないのだ!」
「……へー、すごーい」
アラベラは思わず棒読みで返事をしてしまった。
過去、こうやって連携攻撃をされたことがあったが、その時もただの言葉だけであり、実際強くなかったからである。というより、こんなことを言う奴に限って、実は一人倒されるだけでも急激に弱くなってしまうことを知っていた。
この三人が過去、どんな相手と戦ったことがあるのかまでは分からなかったが、きっと自分より格上の相手とそんなに戦ったことがないことが予想出来たのだ。
だからこその棒読みでの反応。
しかし、それ以上の効果もあることを知っていた。その効果は間違いなく、目の前の天狗には効いていた。
「一郎兄者! あいつ、俺たちのことを馬鹿にしてるぞ!」
その効果にかかった天三郎が苛立ちを隠せないように言葉を荒げる。
それは、天次郎も同じであった。
「こいつ、俺たちのことを舐めている! 目に物を見せてやろう! なっ、兄者!」
同じように言葉を荒げる天次郎に、天一郎は二人の方を見て、睨み付ける。
「お前たちは馬鹿か。あれはただの挑発だ。あれぐらいの挑発に乗ってどうする! この馬鹿者どもがっ!」
しかし、天一郎だけはその挑発が聞いていなかったらしく、天次郎と天三郎に喝を入れ始める。
お兄さんだけのことはあるなー。一瞬にして、隙をなくしちゃうなんて。改めて、天一郎の兄らしさを見て、内心感心してしまうアラベラ。
同時にアラベラはこの兄弟の核である天一郎を倒してしまえば、なんとでもなるということを理解する。
「これぐらいのことで乱されおって。それでは行くぞ、お前たち!」
「おっす、兄者!」
「了解っす! 一郎兄者!」
三人は改めてアラベラの方を向き直ると、天三郎が中心へ移動し、手に持っている大きな葉をアラベラに向かって仰ぎ始める。
最初は弱風だと思っていた風が次第に風の勢いは増し、強風へと変化。そして、手に持っている葉を右回転にグルグルと回し始めると、強風もそれに従い、大きく円を描き始める。
最終的にその風は『風の渦』という名の結界を形成し、アラベラを中心点に閉じ込めてしまう。
「あっちゃー。こういう使い方も出来るんだー」
羽をパタパタと羽ばたかせて左右に移動しようと試みるも、風の渦のせいで強制的に中心へと移動させられてしまう。
つまり、この流れだと……。アラベラは次の行動を予測して中心の渦を睨み付けながら、サイズを縦にして防御の姿勢で待ち構えていると――予想通り、天次郎が矛を伸ばした状態で渦の中心から突撃してくる。
「そうやって来るって分かってたよ!」
身体の移動が出来ない時点でこうやってくることが分かっていたため、サイズで矛の長柄にサイズの長柄を当てることにより、方向を少しだけずらす。
しかし、アラベラの力が天次郎の突撃の方向を完全に変えるまでには至らず、右肩をかすり、少しだけ抉ってしまう。
「っ! あー、やっちゃった……」
思わず片手をサイズから離し、傷付けてしまった部分を押さえてしまう。
その瞬間、アラベラは腹部に衝撃を感じた。
「え……?」
腹部に感じた衝撃を確認しようと視線を下に下ろす。
すると、そこには巨大な氷の塊の先端。それがヘソより少し上から現れており、存在をアピールしていた。
肩のちょっとした痛みに気を取られているだけだったのに。なんで、こうなってるの? 何が起きたの? 唯一、敵の攻撃により背中側からの氷塊による攻撃だと認識することの出来たアラベラは、突如口の中に現れた鉄の味が気持ち悪くて、口元を押さえながら吐き出す。
それはアラベラがシュウから飲んだ液体――血液だった。