(2) 【サクヤ視点】
飛び出したサクヤに対し、人間たちは動揺を隠せずにいた。まさか、本当に戦いが始まるなんて思っていなかったらしい様子で立ちすくむ数人。
それに唯一反応したのがリーダー格である中年のおっさんと魔物たちのみ。
それぞれが鍬や棍棒などを持ち、構えて近寄ってくるサクヤを迎撃しようと構えている。
「そんな甘い構えで負けると思ってるのか?」
長刀の間合いに入った瞬間、中年のおっさんの持つ鍬の持ち手部分に向かって刀を振るう。振るった一撃は豆腐でも切り裂くような形で鍬の持ち手部分をあっさりと切り裂き、武器を無力化。
さらに踏み込んだサクヤは長刀を地面に突き刺し、中年のおっさんの腹部に蹴りを放つ。
武器の無力化をされ、驚いた隙を付かれた中年のおっさんは、背後で構えていた数人の人間たちを巻き込みながら後ろに吹き飛ぶ。
「うぉぉおおおお!」
サクヤの攻撃の隙を付こうと牛の頭をした魔物はサクヤの頭を狙い、持っていた棘付き棍棒を振り下ろした。
そう来るだろうと読んでいたサクヤはその攻撃に対して、長刀を地面から振り抜き様に先ほどの鍬と同じように切り裂く。しかも、長刀の間合いに入っている牛の頭を鼻から上も同時に。
「あごぁ……」
「お前らには容赦しないと言ったろ?」
最後の絶命の声を上げて、塵と化した牛の頭をした魔物に向かって言い放つ。これは絶命したこの魔物だけではなく、他の魔物にも告げたセリフでもあった。
しかし、そんなことは関係ないように他の魔物たちの攻撃は続く。
二人がかりのフェイントを含めた攻撃であったり、攻撃の隙を付いた攻撃であったり、それはさまざまのものだった。
だが、そんな攻撃はサクヤにとって意味のない攻撃そのもの。
一人ずつ撃破しようが、二人まとめて撃破しようが関係なかった。攻撃に使う武器を無力化または本体への攻撃をすればよかったからだ。
そんな中でも一番面倒なことがあった。
それは人間の無力化である。
攻撃そのものは魔物よりも軽く、スピードもない。しかし、『人間の無力化』になると、攻撃を最低でも武器と本体へ二回行わないといけない。本体への攻撃は素手や蹴りや長刀の峰や柄頭でのみと限られており、基本的には人間たちの間合いに入らないといけなくなってしまう。
その無駄な行動さえしなければ十分で終わるものが、結果十五分もかかってしまう。
「予想より少しだけ時間がかかったな」
時間が長引いてしまったことに対し、サクヤは情けないとでもいうようなため息を漏らす。
そして、上空を確認。
上空では人間では見えにくいような小さな光が所々光っており、アラベラはまだ戦っていることが分かる。
「真面目に戦ってないのか。というか、戦闘を愉しんでるみたいだな。まぁ、構わんのだが……」
アラベラを視界に捉えながら、長刀を何気なく後ろに構える。
すると、ガキィンという鈍い金属の接触音が周囲に響き渡った。
「気付いていないと思ったのか? というか、それで気配を消しているつもりだったのか?」
最初からその存在が分かっていたかのように、サクヤは振り向く。
そこには鬼の顔をした筋肉質の男がサクヤと鍔迫り合いする形で、その場に佇んでいた。
表情は、攻撃を防がれたことに対しての驚愕しているものではなく、防ぐことが分かっていたような笑み。
「何を笑っているんだ?」
「なぁに、お主なら防ぐと思っていたからな」
「自分が思っていた通りの表情と言うわけか」
「拙者と戦ってもらうが文句はあるまいな?」
「文句も何も挑んでくるんだろ? 拒否権なんてないのに、よくそんなセリフが言えるな」
「仕方あるまい。お主の目的があの少年を守ることならば、我が主人の命で戦わざるおえないのだ。おい、人間たち! ここは拙者に任せて退け。お前たちがいれば邪魔になるだけだ」
後ろに痛みでもだえ苦しんでいる人間たちにそう命令して、距離を作るように鬼は背後へと飛んだ。
「でも鬼面さん!」
「いいから引くのだ。村長も人間どもが傷付くのは悲しいはずじゃぞ!」
「っ! 分かった。みんな、助け合って退くんだ。ここは鬼面さんに任せよう!」
鬼面の邪魔になると踏んだのか、その青年の指示に従い、全員が助け合いながらその場から離れていく。
その間、鬼面はサクヤに向かって攻撃を仕掛けることなく、お互いが睨み付けるだけになっていた。サクヤが人間を攻撃しないのを分かりきっているらしく、背中を人間が退散している側へ動くこともなかった。
なかなか強そうな相手だな。実際、大した相手ではないんだろうが。油断したら、傷一つぐらいは付けられそうだ。骨のありそうな相手を迎え、サクヤは口端を歪ませる。
「クサビ! シュウのこと頼んだぞ!」
まだ魔物が潜んでいる可能性も考え、今まで何も攻撃に参加してこなかったクサビへとその言葉を投げかける。
しかし、答えは返ってくることはなく、シーンとした静けさが場に広がる。
サクヤはその様子のおかしさにクサビが立っていた場所を振り向き確認すると、そこには人影は一切なく、どこかに移動していた。
「本当に戦闘を自分に任せたのか。くそっ!」
「仲間に見捨てられたか?」
「あ? お前には関係ない。というか、一人でもいいのは今でも変わらん」
「さっきまで魔物たちと一緒にしてもらっては困るな」
「ふん。所詮、幹部程度だろう? 大した相手じゃない」
「幹部、か……。それを否定はしない。が、そんな余裕を持った態度で勝てると思っているのか? 魔王よ!」
サクヤの正体を明かしたと同時にサクヤに向かって飛ぶ鬼面。
『魔王』であることを明かした隙を狙ったつもりだったのだろうが、サクヤは動じていなかったため、逆に迎え撃つように長刀を構える。
鬼面の横薙ぎに対し、サクヤは正面からの打ち下ろしで応える。
ガキィィン!
再び鳴り響く金属音。
しかし、今度は鍔迫り合いが起こることはなく、二人はそのまま刃を滑らせて、二撃目三撃目へと攻撃を続けていく。刃の接触で狙った位置から多少離れるが、それでもお互いの急所近くを狙っていることは間違いなかった。それを二人は自分の反射神経または直感で避け続け、攻撃を防御に回そうとはしなかった。
ここまで積極的に攻めてくるとはな。見込みのある奴だ。が、それも終わるのが寂しいな。鬼面のことを内心褒め称えながらも、サクヤは今の状況を愉しんでいた。が、自分と戦うことで、二度とこんな相手と戦えなくなることを寂しいという気持ちも湧き上がってしまっていた。