(13)
それから数分後。
シュウは何回か瞬きをした後、ボロボロになっている天井を眺めるようにゆっくりと目を開けた。
なんで寝てるんだろう。ロウソクの無駄遣いは気を付けないといけないのに。普段から気を付けていることをなんで今日に限ってしてないのか、そのことを不思議に思いながら身体を起こす。
「ようやく起きたか」
ぼんやりとする視界で声のした方を見ると、壁にもたれるようにして座っているサクヤの姿。
その横でアラベラが、何かを必死に耐えている様子でお腹を押さえている。しかし、シュウが起きたと知った途端、その顔を嬉々の表情へと変わる。
「お兄ちゃん、お腹空いたー。血、ちょうだい」
起き上がる力もすでになくなっているのか、ずりずりと這いずりながら近寄ってくるアラベラ。
目が獲物を狙うような鋭いものになっており、シュウは思わずちょっとだけ後ずさってしまう。
「ちゃんと歩きなさい。しかも、なんでそんな目になってるんですか!」
背後から聞こえてきたクサビの声。
そちらを振り向くと、ちょうど台所から出てきたところだった。どうやら先ほどの料理に使った物を洗っていた、とシュウは理解出来た。
「だって、お腹空いて力が出ないんだもん。一応、燃費考えて血を吸うのを一回で済むように調整してるんだよー?」
「それは分かってますけど、シュウちゃんが怖がってるじゃないですか。そんなので血を吸わしてもらえると思ってるんですか? まったくもう」
クサビはアラベラに近づくと、腰に手をまわして抱きかかえるようにして、シュウへと近付く。
そして、アラベラをシュウの近くに座らせると、代わりにかなり申し訳なさそうな顔をして、
「すいません。血、いいですか?」
と、尋ねて来たので、
「うん、約束だったしね。それでどうすればいいの?」
シュウはそう答えながらアラベラに顔を向ける。
「指を口の中にいれてくれるだけでいいよ? ちょっとだけ傷を作るから痛みが走るかもしれないけど、重要なのは血じゃないし」
「そうなの?」
「せ、説明は後ですから……」
「わ、分かった」
シュウはどの指を入れようか、とちょっとだけ悩んだ末、右手の人差し指をアラベラの口の中に入れる。口の中に入れた瞬間、指先の方にチクッとした痛みが走る。が、思った以上の痛みではなく、せいぜい針を軽く誤って指に刺してしまった程度の痛み。
そこからはアラベラが美味しそうにチューチューと血を吸い始める。
「それでアラベラ、お前は血じゃなくて何を吸ってるんだ?」
今までその様子を見守っていたサクヤが口を開いた。
クサビも気になっているらしく、アラベラのことを見つめていた。
「あれ、二人とも知らないの?」
「知ってると言っても、基本的なことぐらいだからな。一応、固有能力などはお互い秘密にしている。ま、こうやって気になったことは尋ねるが、どうしても答えたくないことは答えなくていいことにしているんだ」
「へー、そうなんだ」
「それで、これは答えたくないことなのか?」
サクヤがアラベラへと視線を向けると、
「別に答えてもいいんだけど、もうちょっと食べさせてくれもいいんじゃない?」
食事中なので、その点に不満を漏らした。
サクヤはそれに対し、少しだけ気まずそうに顔で顔を逸らした。食事が終わるのを待つ、と態度でその返答を示す。
シュウとクサビはサクヤのその態度に苦笑いをしてしまう。
「じゃあさ、その間に他の質問したいんだけどいいかな?」
邪魔しないようにアラベラの頭を撫でながら、シュウはクサビを見つめる。
「なんですか?」
「この世界にいる間に三人の世界は大丈夫なの? 三人の世界の勇者は攻めて来ないの?」
「ああ、そのことですか。私たちの世界は『時間停止』魔法で時を止めているので大丈夫ですわ。こういう事態用にあるんです」
「じゃあ、安心だね。クサビさんたちが居ないのに、勇者が攻めてきたらどうするんだろうって気になったんだよ。余計なお世話かもしれないけど」
「自分たちの心配はしなくても大丈夫だ。それなりの準備はしてきているからな」
サクヤは少しだけ自慢そうに鼻で笑う。口には出さないものの、「やはり余計な気遣いは無用」とでも言いたげだった。
「本当に嫌味な言い方だよね。まるで子供みたい」
今まで血を吸っていたアラベラがわざわざサクヤを挑発するような言い方をしながら、憐れむような目で一瞥した後、シュウへと笑顔を向ける。
「ごちそうさま! もう大丈夫だよ!」
「あれ? もういいの? 貧血するぐらいまで吸われるのかと思ったんだけど……」
「うん。他の吸血鬼は分からないけど、私に必要なのは血じゃないもん」
シュウから離れると、腕を組んで一人頷き始めるアラベラ。
その背後ではサクヤが睨み付けている。が、そのことに気付いているのか、それとも気付いていないのか、サクヤの方を振り返るような様子は一切なかった。
クサビの方も位置的にサクヤの視線に気付いているが、そのことに触れる様子はなく、
「どういうことですか?」
と、アラベラへと尋ねた。
「私の場合は血中に含まれる魔力を吸ってるの。だから血が欲しいんじゃなくて、魔力が欲しいだけ。もし、私が血を多く吸う場合は血中に含まれる魔力が少ない人だね。お兄ちゃんは潜在的には魔力多いみたい」
「そうなんだ。知らなかった。やっぱり勇者の血とかの影響なのかな?」
「絶対にそれ! なんて言えないけど、その理由は強いかもしれないね。それでさ、思ったことがあるんだけど、言ってもいい?」
アラベラはサクヤとクサビを交互に見つめた。
二人とも呆れたようにため息を漏らした後、
「『嫌だ』と言っても言うんだろ? いちいち許可をとろうとしなくていい」
「そのアイディアが良い物だったら、挑戦はしてみる価値はありますからね。遠慮しなくていいですわ」
それぞれが意見を述べた。
二人の賛同を得られたことに対し、アラベラは満足そうに笑い、
「もしかしたら、この世界の魔法は無理でも違う世界の魔法なら覚えられるんじゃないかって思うの? だからさ、二人の世界の魔法を教えてあげてくれないかな?」
そう提案した。
予想外の提案だったのだろう。サクヤとクサビは目を見開き驚いていた。しばらく固まった後、サクヤは顎に腕を置き、クサビは扇子で口元を隠して天井を見ながら考え込み始める。
シュウは二人の様子を見守ることしか出来なかった。