(12)
本当は泣くつもりはなかった。けど、こんなにも堂々と『家族』だと言われると思ってもみなかった。親戚の人たちも居なくなり、もうボクは一人でしか生きていくしかない。そう思わされてしまっていた。なのに、それを否定する発言がこんなにも早く聞かされると思っていなかったシュウは、泣くことを我慢出来なかったのだ。
だから、声を上げて泣いた。
我慢することなんて出来なかった。
シュウが泣いている間、三人は何も言わず、静かに見守っていた。好きなだけ泣いて、気分をすっきりさせることが一番だと分かっていたから。
「ご……、ごめ……ごめん……。ふ、服、よご……しちゃったね……」
シュウが泣き止むのにそんなに時間はかからなかった。時間にして約十分程度。
クサビの服に埋めていたぐしゃぐしゃになった顔をゆっくりと引き離し、両手で涙をぬぐいながら、シュウは小さくだが頭を下げた。
「大丈夫ですわ。それより、シュウちゃんの方こそ大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっとすっきりした」
「それは何よりですわ」
「良い子良い子」
泣き止んだことにより、チャンスとばかりにアラベラもシュウの頭を撫で始める。今までの辛さが少しでも和らがせてくれるような、また大人がする撫で方とは違う撫で方だった。
それにさえシュウは思わず泣きそうになってしまうが、今回は必死に我慢した。これ以上、情けない姿を見せたくなかったからだ。
「ありが……とう、アーちゃん」
「どういたしまして。これからはあまり一人で溜め込んじゃ駄目だよ? 私たちがいるんだから」
「……そうだね。気を付けるよ」
「問題はこれからどうするか、だな」
サクヤはアラベラとクサビとは違い、真面目な表情をしていた。甘やかしタイムは終わりとでも言うような真剣な表情。
「一緒に来るんだろ? いや、来い」
「でも、ボクは言ったように戦えないよ?」
「それでもいい。魔法が使えないからって、剣術が覚えられないはずないだろう?」
「うん。それはそうだけどさ」
「その部分で突出すればいいだけだ。なに、才能なんて努力でカバー出来る」
「…………」
きっと僕が頷かなくても、三人は旅に出るよね。それが三人の使命だから。だったら、答えは決まってるようなものじゃないか。選択肢のない選択にシュウの答えは決められていた。けど、今のシュウはこの家族ごっことしてでもこの温もりを手放したくなかった。だからこそ、そのサクヤの問いに対し、
「分かった。ボクも一緒に行くよ」
と、同意を示したが、すぐにこうも付け加えた。
「でも、ボクは一つだけ言っておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「サクヤさんが言っていた魔王アザスの思想について」
「それがどうしたと言うんだ?」
「ボクにはそれが良いことなのか、それとも悪いことなのか、それが分からない。だから、独りになるのは寂しいから一緒に行くけど、その答えを探すって目的も含めて旅に出たいんだ」
「は? お前は何を言っているんだ?」
シュウの発言に対し、サクヤから怒気がシュウを襲った。
覚悟して言った発言とはいえ、その怒気による生まれた恐怖がシュウの心を蝕む。が、必死に耐えて、サクヤの目を見つめた。逸らしては駄目だ。そう思ったからだった。
「ぼ、ボクの……立場は本当に悪いけど……。他の人が幸せそうだから……簡単に、『うん』な……んて、言えないよ!」
「ほう。魔王である自分たちがそう言っているのに、その言うことが聞けないとでも言うのか?」
「そんなの魔王であるサクヤさんたちにしか分からないよ! ボクはただの人間なんだ! 勇者にもなれない弱い人間なんだよ!」
「そうか。下手すれば、お前は自分たちの邪魔をする――」
「やめなさい、サクヤ」
サクヤが言い終わる前に、クサビの扇子が二人の間に割り込み、視界を隠すようにして二人の間に割り込む。
クサビもまた少しだけ頭に来たらしく、険しい剣幕をしていた。
「なんで邪魔をする?」
「当たり前です。今、殺すつもりだったでしょう?」
「いや、実力行使に出ようと思っただけだ。殺しはしないさ」
「なかなかにサクヤも子供ですわね。シュウちゃんの気持ちも理解かりなさい。誰だって、隣村の人の様子を見ていたらアザスが悪いとは言えないですわ。それに、こんな風に実力行使を行ってどうしますの? それこそ、こちらが悪いというイメージしか付きませんわ」
「……っ! じゃあ、どうするんだ! シュウが邪魔してきた場合は!」
「それは――」
サクヤの質問に対し、クサビは歯切れが悪くなる。阻止するという決意は決まったものの、それに対する答えはまだ出ていないらしい。
サクヤは腕を組み、クサビをずっと睨み付け、答えが出るのを待っていると、
「邪魔すらなら殺すしかないじゃん」
その答えをあっさりと言い放つアラベラ。
今までの妹キャラを脱ぎ捨てたように、底冷えするような物言いにシュウはサクヤと同じような冷たさが背中を走った。
「お兄ちゃん、はっきりそう言っておくね。邪魔するなら殺す。ううん、最初から賛同を求めているわけじゃないんだよ。この世界が平和になるかのかどうかも実はどうでもいい。私たちは私たちの仕事をするために、この世界に来てるの。だからさ、もしアザスを守ろうとするなら、私たちはお兄ちゃんを殺す。それだけの覚悟は持っておいてね? 邪魔するのなら、だけど」
「お、おい、アラベラ! それはさすがに……」
アラベラがここまではっきりと言い切ると思っていなかったサクヤも動揺をしていた。カッとなって手を出してしまいそうになったが、ここまで傷つくことを言うつもりはなかったからだ。
「サクヤお姉ちゃんも甘いなー。ううん、クサビお姉ちゃんもね。邪魔するなら殺すしかないのは最初から分かってることでしょ? それとも仕事を放棄するの? しないでしょ? だったら、そうするだけのことだよ」
サクヤやクサビと違い、アラベラには迷いなどなかった。しかし、すぐにその表情は寂しそうなものへと変化する。
「でもさ、そんなことにはならないよ。だってさ、私たちの世界でのことを思い出したら分かるでしょ? 頑張って隠しても、どうせボロ出ちゃうからさ」
「……それもそうだな」
「……そうですね」
二人もまた急に悲しそうな顔になり、情けなくため息を漏らした。
シュウはサクヤとアラベラからの恐怖の威圧感がなくなったことで、緊張が一気に解けてしまったのか、身体がふらつき始める。
それを支えたのはサクヤだった。
「すまん。ムキになりすぎた」
「……ボクの方こそ……ごめん、なさい……」
サクヤによってシュウは身体を横にしてもらいながら、今にも気を失いそうな状態で答える。
ごめんなさい。勝手なことを言って、ごめんなさい。ワガママなボクを許して。『家族ごっこ』でいいから、傍にいて。その思いを必死に伝えようと口をなんとか動かすシュウ。
しかし、その気持ちを伝え終わる前にシュウの意識は闇へと導かれた。