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(9)

 シュウの気持ちを察した三人は、まだ話したいことはあったが一時中断し、気持ちの整理をする時間を与えた。

 シュウもそれを了承し、縁側に座り、足をプラプラさせながらぼんやりしていた。

 ぼんやりし続けた結果――周囲は暗くなり、夜になる。

 しかし、シュウの気持ちが晴れることはなかった。

 何も考える気がしない。何をどうしたらいいのか分からない。これからどうしたらいいのかも分からない。全部が分からない。シュウの心の中にはそんな「分からない」状態が蔓延していた。

 唯一、出来ることはぼんやりと月を眺めることだけ。


「お月様、綺麗だな……」


 三日月より少しだけ大きくなった月を見ながら、シュウは思ってもないことを呟く。本当は何とも思ってないはずなのに、そんな風に口に出したのは口が寂しくなってしまったからである。

 そして、遠くからは虫の鳴き声と火の爆ぜる音が聞こえていた。

 あの話以降、しばらくはシュウの様子を見守っていたが、三人でこそこそと話し合うと三人がそれぞれに行動し始めた。それからはシュウの様子を見守るわけでもなく、話しかけるわけでもなく、三人はフラフラっとどこかに出掛けて行った。

 それから帰ってくるなり、たき火の準備をし始め、何かをし始めたのである。


「さっきから何をしてるんだろう。どうでもいいけど……」


 興味はあるけれど、そこまでの関心はない。

 そんな不思議な心境の中、少しだけ様子を見ようと縁側を下りようとした時に、ひょっこりとサクヤが現れる。

 手には串に刺さった焼かれたばかりの魚が持たれていた。


「どこかに出掛けるのか?」

「え、違うけど……。魚、焼いてたの?」

「ああ。ほら、一人暮らしになってから、あまりロクなもの食ってないんだろう? ほら、これでも食え」


 サクヤは持っていた焼き魚をシュウへと差し出す。

 その焼き魚を貰っていいのか、と少しだけ戸惑っていると、


「遠慮するな。全員分、獲ってきたからな」


 シュウの心配している事とは違ったが、サクヤの駄目押しのおかげでシュウはその焼き魚を素直に受け取った。

 そして、ぼんやりと見つめる。

 受け取ったことを確認すると、サクヤはすぐにたき火の方へ移動した。今焼いている分の魚の様子を見に行ったのだ。


「……どうしよ……」


 持っている焼き魚から匂ってくる焼きたての美味しそうな匂いがシュウの鼻腔をくすぐった。

 これを貰う前までは今日はお腹が空きそうにない。そう思っていたほどなのに、食べ物を目の前にした途端、お腹が鳴り出しそうなってしまった。それぐらい目の前にある焼き魚は上手く焼けていたのだ。


「食べたら如何ですか?」


 シュウの考えを読んだように、後ろからクサビの声がシュウの耳に入る。

 いきなりの声と考えていることを読まれたことに対して驚いてしまい、シュウは身体を思いっきり跳ねさせた後、後ろを振り返る。

 そこにはたくさんのおにぎりが置かれた受け皿を両手で持っているクサビの姿があった。


「すいません。勝手に台所を借りましたわ。ちょっと話しかけづらかったものですから、無断で使わせてもらいました」


 その受け皿をシュウの隣に置きながら、クサビは申し訳なさそうに頭を垂れた。


「え、あ……うん。それはいいんだけど……。っていうか、本当はボクがおもてなししないといけなかったんだよね。クサビさんたちはお客さんなんだし」

「それは別に気にしないでいいですわ」

「え、なんで?」

「年上の女性は年下にお世話を焼きたくなるものですから」

「……そうなの?」

「そういうものなのです」

「そっか。なんか、ごめんね」

「いえいえ、お気になさらず。もう少しお皿持ってきますわ。さすがにそれを持ちっぱなしは辛いでしょうから」


 クサビはそう言って、再び台所へと移動する。

 また一人残されるシュウ。

 お皿にのせられているおにぎりは見事に黄金色に輝いていた。見た目だけでも美味しいということが理解させられてしまうほどの出来。そして何よりも丸い形と三角の形でバランスよく形成されている。シュウが今までの間にどっちの形で食べてきたのか分からないための配慮までされていた。


「ここまで違うんだ……」


 今まで作ってきた料理は、形はどうでも良くて味さえまともで食べられたらいい。そう思っていたのに、その考えさえ改めさせられてしまうほどだった。

 食べたい。でも一人ではさすがに。みんなが揃うまで待った方がいいよね。そっちの方が美味しいよね。口の中に溢れてきた唾を飲み込み、三人が揃うのを待とうと思っていると、


「あれ、食べないのですか?」


 戻ってきたクサビが意外そうに声をかけた。


「なんだ、まだ食べてなかったのか?」


 同じく戻ってきたサクヤも。


「何もしてないボクばかり食べるのも悪いかなって思ったから。それに、みんなで食べたほうが美味しいでしょ?」


 そんな二人の問いに対し、素直な気持ちをシュウは吐露した。

 サクヤとクサビはお互いに顔を見合わせて、


「それもそうだな」

「それもそうですわね」


 と、シュウの間にいれるようにして二人とも座る。

 二人共、自分の意見に賛同してくれると思っていなかったシュウは少しだけ嬉しい気持ちになった。

 同時に昼間の件で気を使ってくれていると分かっているため、複雑な気持ちも隠しきれなかった。

 サクヤは持っていた残り二本の焼き魚をクサビが持ってきたお皿の上に置いて、その場に寝転がった。何もすることがないので暇。そういう様子だった。

 クサビの方も同じく暇なのか、扇子で口元は隠していたけれど、「ふぁ~……」という欠伸の声がシュウの耳に入ってくる。


「あれ、なんで二本しかないの?」

「ん?」


 そこで気付く焼き魚の本数にサクヤが顔を向け、


「ああ。アラベラはいらないからだ」


 当たり前かのように答える。

 相変わらずの冷たさだった。

 クサビはそんなサクヤをジト目で見つめて、


「そんな風に言うから冷たく言うから、変な誤解を受けるんでしょう? もう少し労りのある言い方をしてください」


 ほんの少しだけ怒気を含めた言い方をして咎める。

 サクヤはそれに「うっ」と気まずそうな顔をして、申し訳なさそうな顔をしながら身体を起こす。


「すまん。言い直す。アラベラは食事をしなくていいんだ。その代わり、違うもので栄養を摂らないといけない」

「もしかして血?」

「ああ、その通りだ」

「そっか。じゃあ、ボクの血をあげたらいいんだね?」

「理解が早いな」

「吸血鬼の魔王って言ってたじゃん」

「それもそうだな」


 サクヤはアラベラの自己紹介のことを思い出したのか、少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。


「それでもアーちゃんが帰ってくるまで待とうよ。ボクはみんなで一緒に食べたいから」


 シュウの要望に対し、


「分かっていますわ」


 クサビは微笑みながら了承し、


「シュウがそう望むならそうしよう。いや、それがいいな」


 サクヤはさっきの恥ずかしさが抜けないのか、再び寝転がるとシュウへ背中を向けるようにして承諾した。


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