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変転

 夜、もう間もなく日をまたごうかという頃合い。三条市内にある、三条市総合病院。その特別治療棟の一室にて。


「しっかしまぁ、ひっどい目に会ったって言うから来てみたけど、そこまで重傷でもなさそうだな」

「…お前が言うとどうもネガティブな意味合いにしか聞こえないんだが」

「まぁまぁ。折角お見舞いについてきて下さったんですから、あまり邪険にするのは良くないですよ?」

「ハッハッハ、そーいうこった」

「益田君。君も怪我人相手にそういう事を言うのは良くないですよ?」

「アッハイ」


 その部屋には四人。その内の三人は、ベッドに患者服を着て上体を起こして他の三人を見ている少年―古賀勇作に、眼鏡の男女―同じ自衛団メンバーで同級生の益田啓介と、先輩であり自衛団副団長の白崎乃々葉。


「ともかく、無事でなによりでした。重傷だったと聞いていたのですが…」

「いやぁ、実際やばいんですけどね。センセー曰く『超能力者じゃなかったらやばかった』らしいですし。んにしても、凄かったなぁ~あれ…」


 昼間のあの時、ドロイドの攻撃は確かに彼の腹に直撃し、その直撃箇所の皮膚は青痣ができ、内臓、更には突撃による衝撃により脳にもかなりのダメージがあった。病院に担ぎ込まれた時、その怪我の状況ゆえ重傷と判断されたにも関わらず、少なくとも外見上では、彼は元気そうに二人と会話している。これは一体どういう訳なのか。


 超能力者には、未だに解明されていない謎が多い。

 一体どうやって超能力という超常の力を発動させるのか、先天的なものなのか後天的なものなのか。そういった面において酷く曖昧な答えしか導き出せないのが現状である。

 しかしながら、そんな中でも僅かながら解明されている事もまた存在する。勇作少年の肉体の怪我に対して作用した超人的な治癒力も、その一つである。


 この自然治癒力、個人差はあるものの平均十三時間程度で大抵の怪我は完治するという調査結果が出ている。

 今回の勇作が怪我を負ってから約八時間程しかかかっておらず、これは彼ら超能力者の中ではかなり早い方に入る。この謎に関しては実にシンプルな話、超能力者の持つ幹細胞は常人の持つ幹細胞の何倍ものの数で、何倍もののスピードによる復元能力を持っているのだ。

 幹細胞とは、簡単に言えば人体の細胞を治癒・再生・復元する能力を持った細胞である。この細胞があるからこそ、人間が怪我をしたり病気にかかったりした時に、自身の持つ自然治癒力による回復が可能なのだ。だが、常人が勇作ほどの怪我を負った場合はその限りではない。幹細胞も万能ではないのだ。だが、超能力者のそれは、正しく『万能細胞』と言っても過言ではないのだ。

 しかしながらこの細胞、『同じDNAを持ち、尚且つ超能力者である人間の体内にある事でのみ効果が発揮される』という特性があり、輸血や移植などでは全く効果は期待できないというのが現状である。



 閑話休題。



「それで」


 話に割り込むように切り出した、きりっとした少女の声。その声の主は、ドアの近くの壁にもたれかかるように立ち、瞼を伏せて静かに佇んでいる。

 長い黒髪をポニーテールにして纏めており、乃々葉よりも若干背の高い少女だ。凛とした佇まいで黙しているその少女の腰にはベルトが巻かれており、そのベルトにいくつかホルスターが増設されているのだが、それ以上に一際目を引くのは、その左腰の刀。


「お前がやられたという相手、それにソイツを倒したっていう奴は一体何者なんだ?いくら手加減したとはいえ、そうそう簡単にやられてしまっては、教導している私としても少々悔しいのだがな」


 穏やかそうな口調ではあるが、心なしか怒りだとか好奇心だとか、そういったものが感じられるのは気のせいだろうか。


「う、ウッス。自分が不甲斐無いばっかりにすいませんでしたッス、先輩…じゃなかった、師匠」


 一時的ながら上の空で思いにふけっていた勇作は、その少女に唐突に話をふっかけられた事で我に返り返事を返すが、「先輩」と読んだ瞬間不機嫌そうになったのを見て慌てて「師匠」と言い直した。

 師匠と呼ばれた瞬間、うむ、と満足そうに頷いたその少女、名を星宮凪ほしみや なぎという彼女は、乃々葉と同じ三条ヶ原高校の三年生であり、また自衛団メンバーでもある。

 勇作から師と呼ばれた事から分かる通り、彼女は『能力』の面における勇作の指南役を買って出ており、実戦に置いて三条ヶ原自衛団の中でも団長に次ぐ実力者でもある。

 主に実働組のリーダーとして校外における活動を仕切っており、その腰に帯刀している刀を含め、ホルスターの中に収納されている刃物の類は全て彼女が活動において使用する武装である。また余談だが、当然の事ながら公的にそれらの所持を認められており、許可証も常備している。

 あとお分かりであろうが、勇作や他に彼女に師事している後輩達には『師匠』と呼ばせており、本人曰く「そっちの方がそれっぽいから」とのことらしい。


「…んじゃあ、とりあえずあの白いのが出てきてからの事でも話しますかね。すっげぇかっこよかったし!…それに流石に俺も自分の情けない所喋るのはちょっとアレなんで…」

「どこからでもいいからさっさと話せ」

「ウィッス」




******




 八時間前…


 突撃の直撃を受けた腹を庇うようにうずくまりながら、勇作は苦悶の表情を浮かべつつも前を見据える。額から脂汗が滲み出ているその顔は青ざめており、その容態が悪化しているのは明白。にも関わらず倒れないのは、今倒れればまずいと思っているからなのか、それとも、今眼前にいる謎の乱入者の為なのか。


「……」


 突如として現れたその存在。勇作にはどこから現れたのか分からなかったが、ドロイドのカメラアイがその瞬間を捉えていた。

 

―飛んできたのだ。より正確に言うなら、ドロイドの2m前方にんで降り立った。ドロイドが飛んで、ではなく跳んでと判断したのは、着地した際の姿勢・角度から跳躍のものであるという結論に至ったためである。

 しかしながら、それが跳躍のものだということは即ち、この目の前に立つ謎の存在はドロイドの持つスペックを、少なくとも脚力においては遥かに上回っている。


 ドロイドの頭部に搭載されているカメラアイが、その謎の存在の全体像を捉える。



 全身を包む純白の装甲に、関節部分等の隙間から見える漆黒のボディというシンプルなカラーリングのそれは、つま先から頭部にかけて内部を晒すような一切の隙間一つすらない。

 その頭部も、純白のかぶとに白いマスクで覆われ、二つの四角く蒼い瞳がこちらを射抜いてくる。


 全体的に見ればドロイドよりも恰幅がいいソレは、さしずめ特撮番組のヒーローと形容できるような姿をしていた。

 そして何よりドロイドが注目したのは―



――対峙者ヨリ、エネルギー反応アリ。数値、測定不能。


 ドロイドの任務対象である、『反応』の持ち主であるという事。それも、先程のとは比べ物にならない程のエネルギー反応だ。

 ドロイドにはそのエネルギーが何かについてはインプットされてはいない。ただあるのは、その反応の根源を発見、及び確保せよ、という任務のみである。例えそれが先の『女』と姿形が違っていたとしても、その存在が己と同じ機械なのか人間なのか判断できなくとも、だ。

 ゆえにドロイドは、その任務を全うする為、目の前の白い鎧に向かって前進しながら素早く手を伸ばし、拘束にかかる―が。



――…腕部ニ異常発生。回路切断ヲ確認。



 それは一瞬にして、一閃。


 ドロイドのカメラアイが、対象の確保の為伸ばされる己の左腕と、対象がほんの僅かに左に体をにずらした姿を捉えたかと思ったその時。


 ドロイドの左腕、その肘から先が、カモフラージュの為に着用していた服ごと消えていた。その瞬間、すぐ近くのコンクリートブロックを積み上げた壁から鳴る、グシャリ、という破砕音。


 ドロイドの足元に、消えたはずの左腕が転がり落ちていた。否、消えたのではない。切り落とされたのだ。その証拠に先程体をずらしたように見えた白い鎧は、その右腕を下から振り上げるような形で残心を決めている。

 腕を突き出したあの一瞬、下から振り上げられた鎧の放った手刀が、ドロイドの関節部分を的確に命中させ、切り落としたのだ。それを、ドロイドのカメラアイに標準装備されているハイスピードカメラが捉えていた。


――腕部損傷。修復不可能。


――全体ノ損傷率、25%。稼働限界時間ヲ修正…コレ以上ノ任務遂行ハ困難ト判断。即時撤退―


 その瞬間、撤退のコマンドを実行しようとしていたドロイドの電子頭脳が危険信号を発信する。

 『鎧』が、まっすぐこちらに向かって拳を振りかぶっている。咄嗟に電子頭脳がその拳の向かう場所を計算し、回避しようとするが、時すでに遅し。


――ttt頭部ni直撃。ソン―しょしょsy損傷ダイ大だい。カmera破ハは損…


 ドロイドの視界がぶれ、電子頭脳が送る被害状況の報告の表示にバグが生じる。


 ドロイドの行動指針を決める電子頭脳、そしてカメラを搭載している頭部は、当然弱点にもなりうる。それ故に頭部はどれだけ安価で製造されたドロイドであろうとそれなりの強度を持ち、最低でも時速60kmで走る乗用車との衝突にあっても電子頭脳を保護できるように設計が施されている。しかし、相手の頭部を的確に狙い放たれた『鎧』の拳は、ドロイドの頭部にヒビを入れるばかりか、陥没までさせた。

 パンチによる衝撃で頭部をカモフラージュしていたフードが脱げ、無惨な状態となった頭部が晒される。陥没した部分―人体ならば前頭葉のある場所の一部表面は剥離し、そこから内部の電子頭脳の部品が漏れ出しており、文字通り壊れた機械の出すような音と火花の散る音を延々と発し続けている。そのような状態であってもなお立っていられるのは、一重にドロイドの体を動かす為に必要な電力、その電力が蓄えられている電源の電池残量がまだ底を尽きず、機関部が駆動を続けているからだろう。

 だがその肝心の電源も、間髪入れず放たれた『鎧』の正拳が、電源のある胸部を撃ち貫いた事で粉砕。その瞬間、ドロイドのボディ全体に送られていた電力供給が途絶し、ほぼ機能停止状態に陥った事で遂に動きを止めた。



「…す、すげぇ…」


 一方で、事の顛末をいつ失われてもおかしくない意識を精一杯の気力で保ちつつ見ていた勇作は、呆気に取られていた。


―自分が―加減していたとはいえ―超能力を使ってもどうにもできなかったあのロボットを、素手で下すなんて。


 体格から察するに男に見えるが、それでも普通の人間ではないのは確かだ。…もしかすると、同じロボットかもしれないが。

 『鎧』が一体何者なのか。どうしてロボットと戦ったのか。いかなる理由があるにせよ、『鎧』が自分を助けてくれた事には代わりない。

 そして、少なくとも勇作の目にはその『鎧』がまるでヒーローのように映った。幼い頃の少年達なら誰しもが憧れた、誰かの危機に颯爽と現れ、悪を打ち倒す、正義のヒーロー。


 そうした一種の安堵感めいたものを感じた瞬間、振り返る『鎧』の姿を微かに視界に捉えつつ、そのまま勇作の意識はフェードアウトし―




******



「…以上が、偵察ドロイドから送られてきた映像データです」


 伍橋市にて一際目立つ異型いけいの高層ビル、その最上階。

 広く殺風景な部屋には僅かながらの電気がつけられているだけで、部屋の明るさ自体は昼間の時となんら変わりなく薄暗い。そんな部屋に、昼間にやってきた長躯の男が、再びこの部屋にやってきていた。理由は単純、自分達が求めている『反応』の持ち主を探させる為に放った偵察任務用ドロイド、その内帰投することが無かった一体から送られてきた映像データについて報告する為だ。


「ふむ…」


 真剣な眼差しで机を見つめる壮年の男。よく見ると、机そのものに映像が現れているではないか。

 そこに映っているのは、昼間住宅街地にて遭遇したあの『鎧』。その映像には、『鎧』が現れる前後一部始終の全てが映っている。

 最初は街中を散策する様子が映され、次に最初の『反応』の持ち主の少女との遭遇と三条市の自衛団所属であろう超能力者との戦闘、そして新たなる『反応』の持ち主たる『鎧』が唐突に現れて最後はカメラに向かって―というより顔面に向かって―殴られ、カメラが破損してそのまま途切れるという流れである。

 そして壮年の男はと言えば、先程から『反応』があった少女が画面に出てくるシーンと、同じように『反応』のあった『鎧』との遭遇シーンを二画面で繰り返し見ていた。

 その画面には映像のみならず、何らかの数値がグラフ化されて表示されており、その数値が少女と『鎧』とで大きく差が開いている。少女からは微弱な反応しか無かったが、『鎧』はそれを遥かに上回る数値を叩きだしていたのだ。

 ただじっと画面を見つめる壮年の男をよそに、長躯の男が相変わらずの無表情を貫いたまま報告を続ける。その内容は、『鎧』との戦闘後、大破同然であった偵察ドロイドのその後についてであった。


「なお、映像を送信したのちドロイドは予備電源を用いて自壊機能を発動、劣化分解し、証拠隠滅は完了した模様です」


 自壊機能とは、彼らが製造したドロイド等ありとあらゆる兵器全てに搭載されている機能であり、主に敵対者に鹵獲される事を防ぐ為のものである。機能自体は敵に鹵獲された場合に電子頭脳が任意に、あるいは遠隔操作により発動、兵器そのものの素材を劣化・分解し砂状に変換する事で鹵獲を防ぎ、その製造元に至りうる全ての情報を抹消する事が可能なのだ。


 だが、その報告を聞いても壮年の男はさして反応も示さない。男の知りたい事は、もっと別の事だった。


「それで、例の『鎧』の奴は」

「…調査班を向かわせたところ、『反応』の残滓はありましたが、追跡可能レベルではなく…」

「…そうか」


 あの後、『鎧』の後を追う為に調査班が向かい何か痕跡があるかを調べたものの、既に反応は霧散。『鎧』の行方が分からなくなっていたのだ。

 こうして一連の報告が終わったものの、その内容はほぼ失敗と言っても過言ではない結果なのは誰の目にも明らかだ。だが、それを聞き終えた壮年の男の反応はと言えば、怒る様子も、ましてや残念そうな様子を見せる事もなく、ただ無情なままに、映像を繰り返すばかり。

 しばらく殺風景な部屋が痛々しいほどの静寂に包まれた後、ふと壮年の男が口を開く。


「…この『鎧』、いや、そもそも纏っているのかそのものなのかも分からないコイツも、奴が作り上げたものだというのか」

「少なくとも、回収できた資料の中にはそのような存在については一切触れられてはいませんでしたが。もしかすると博士が存在を隠していた可能性も…」

「ふむ…」


 彼らが便宜上『鎧』と呼んでいる、謎の存在。戦闘には不向きながら、昼間での勇作との戦闘から分かる通り、余程強力な能力を持たない並大抵の超能力者一人程度ならば単機で制圧する事が可能な偵察用ドロイドをいとも簡単にあしらえる程の実力を持った、正体不明の存在。

 だが壮年の男は、そんな事が出来る存在に心当たりがあった。彼を含む、『その筋』の人間ならば誰でも知っているであろう、日々平凡な日常を送る一般大衆からすれば都市伝説的ともいえる存在。


「…『正義を志す者達』。あるいは、それに連なる者」


 その言葉に、長躯の男の肩が一瞬、ピクリ、と震える。


 正義を志す者達。いつから、誰がそう呼び始めたかは定かではないが、世界を、人類を脅かす『脅威』と人知れず戦ってきた戦士達の、その総称。世間的に言えばヒーローや正義の味方と称される存在でありながらそう呼ばれることを良しとせず、例外を除き一つに固まる事のない共同体。強大な力を持つ『脅威』に対し超常の力を以て挑む、超能力者とは似て非なる者達。

 その中には、現在の科学力では到底生み出せない、あるいは強力過ぎて封印された所謂オーバーテクノロジーの類を用いて戦う戦士もいるという。壮年の男が言いたい事とは、つまりそういう事なのだろう。

 だが―


「…あり得ない話ではないですが、それにしても情報が少なすぎます。アレの…『装甲機人』の完全な解析すら出来ていないというのに」

「分かっているとも。だが、可能性は高い。もしあの男が、奴らの関係者、もしくは協力者だというのなら、『装甲機人』を造り出せたのにも納得がいく」


 彼らが口にした『装甲機人』という言葉。それこそが、彼らが今最も熱望するものであり、彼らが偵察用ドロイドを放ち極秘のうちに誰にも公に知られることなく捕獲しようとした『反応』の正体。十年前、さる科学者が極秘で造り上げたものの、ある事件を機に消失。その製造方法から用途、その動力源や能力に至るまでのほぼ全てが謎に満ちたヒト型兵器。

 数少ない解明されている事と言えば、『ソレからは何らかのエネルギー反応が出ている』事と、そして『人間のように姿を変え人間のように振る舞える、自律思考を持った兵器』という事ぐらいである。


 そして壮年の男は、それが『正義を志す者達』の協力があって造られた存在だと考えていた。

 確かにあり得ない話ではないのだろう。無論長躯の男も、彼ら『正義を志す者達』の多くが、軍隊等の武装勢力よりも更に強大な力を、あるいは武装を所持している事は知っている。だが根本的な話、彼らはそもそも徒党を組む事は殆どなく、それぞれが各々の宿敵と戦っている、というのが『正義を志す者達』を知る者達の共通の認識である。稀に協力して戦っている場合もあるものの、その場合は大きく二つ分けて『元々一緒に戦っている』か『一時的に共闘している』かのどちらかである。それに、相手は研究者という肩書きがあっても一介の民間人、つまり彼らが守護している者達の一人なのだ。ましてやその男は『自律思考兵器を造り出す』という、彼らに目をつけられて阻止されてもおかしくない事をやっていたのだ。


「普通に考えるなら、彼らからも隠れて、極秘で研究を進めていたと考えるのが妥当だと思われますが…いずれにせよ、この『鎧』についての情報が足りなさすぎる。映像だけで分かることなど、たかが知れていますよ」

「…ならば、コイツは別の者に任せるとしよう。後は…」


 壮年の男はそう呟くと、机に表示された映像画面を指でスライドして消すと、その瞬間現れたアイコンの一つをタップする。すると画面に光のラインが走り、二つの四角形を往ったり来たりを繰り返しだす。

 しばらくすると再び映像が映し出され、そこにどこかの部屋らしきものが映し出される。どうやらテレビ通信のようだ。


火村ひむら、聞こえるか」


 何も映っていない事にも構うことなく、壮年の男が呼びかけると、奇妙な呻き声のようなものを上げながら突然画面に一人の人物が映し出される。

 眼鏡に白衣、整った髪型と、一般的に言う研究者か医者を想起させるような格好をしたその男は、どこか慌てた様子で人差し指で眼鏡の真ん中を持ち上げるような仕草をしながらこちらに向き合う。額からは汗が滲み、彼自身の持つ神経質な特性が顔に表れている。恐らく別の場所にいたところで急に連絡が掛かってきたものだから、大急ぎでやってきたのだろう。

 白衣の男は上ずった声で壮年の男に礼をしながら口を開く。


『はッ、はい!なんでしょうか!』

「火村、そう慌てる事もないだろう…と、言いたいところだが、そうも言ってられん」

『…と、言いますと?』


 震える声で、火村と呼ばれた男が聞き返す。否、火村はこの後壮年の男に何を言い渡されるかを、なんとなく察知していたのだろう。ならば話は早い。

 壮年の男は、火村に新たな仕事、その内容を言い渡す為、口を開いた。




 一方で、画面の向こう側、どこかの研究施設の一室。そこでカメラ付きデスクトップパソコンに向き合う研究者、火村は心の中で、まさか、と呟く。

 特段何か失敗したわけではなし、かといってこれと言って目覚ましい結果が得られているわけでもなし。となると考えられる事と言えば―



『お前にはこれからドロイドの開発から『装甲機人』の解析に専念してもらい、解析速度を更に引き上げてもらう』


 ああ、やっぱり。

 火村は崩れ落ちてしまいそうな体を何とか席に落ち着かせ、こっそり溜め息をつく。


 装甲機人。上の連中、ひいては自分達も欲しがっている存在―否、実はと言えば既に一体は確保しているのだが。

 しかし、その鹵獲した装甲機人には、ある問題があった。それ故に僅かな結果しか出せなかった為に、彼は以前、まだ残存しているであろう別の装甲機人を捕獲するように研究主任として頼み込んだのだが―


「…前にも言ったように、既に保有しているあの装甲機人では、これ以上の成果を出すのはとても不可能です。アレが抱えている重大な問題を、貴方だってご存じのはずではありませんか」

『知っているとも。だがこちらとて、新たに装甲機人を発見し捕獲するのも容易ではないのだ。…それに、新たに障害が増えた事だしな』

「…?」


 新たな障害とは、一体何のことだ?

 火村はそう問いかけようとしたが、間髪入れず壮年の男が口を開く。


『私とて馬鹿ではない。解析に時間がかかる事は承知しているし勿論協力は惜しまないつもりだが、生憎そちらに回せるほどドロイドに余裕があるとも言えないのは、お前も重々承知のはずだ。何せ、生産ラインがまだ完全に整っているとは言えないのだからな。精々余裕があるのが偵察ドロイド程度だ』


 偵察ドロイドでは、心許ないどころの話ではない。

 火村率いる研究者チームが今進めている『装甲機人』の解析。それには偵察ドロイドよりも高性能なドロイド、それも本格的な全天候対応型作業用ドロイド等を運用することが不可欠なのだ。もしかすると、それですらもまだ心許ないかもしれない。それほどまでに、彼らが保有している装甲機人は危険なのだ。

 現在の彼らの技術力をもってすれば、それらのドロイドを製造することは可能だ。だが、それには時間が必要だ。製造の為に必要不可欠な資材の調達、完成形に仕上げる為のテスト。だが、壮年の男の口振りからにして、そこまでの時間がないのだろう。

 壮年の男も口ではこちらに対して協力する姿勢のように思えるが、実際のところ彼らも協力できるほどの余裕がないのだ。


「…分かりました。どういう事情があるのかはあえて聞きません。しかし、可能な限り時間は頂きたい。それと、解析に専念せよと仰るのなら新型ドロイドのテストをそちらに委任したいのですが、よろしいでしょうか?」


 ―ああ、我ながら大きく出たものだ。命知らずというかなんというか。

 そんな事を考えてはいるが、彼とてそこまで譲歩できないのだ。彼らが切羽詰っているというのなら、自分達もまた同じような状況にあると言ってもいい。言うなればこれは、彼の研究者としてのささやかながらの意地だ。…頑固とも言うが。


『いいだろう。…幸いな事に、丁度よくテスト運用にうってつけの相手が現れた事だしな』


 最後の辺りが火村には良く聞こえなかったものの、テスト運用、という単語は聞き取る事が出来た。

 一体テスト運用とは、何を相手にさせるつもりなのか。他にも色々と問い詰めたいのはやまやまだが、聞かないと言った手前、聞いてしまうのはアウトだろう。それにもしかすると、それを聞いて支障がでると考えているのかもしれない。

 …なるほど、彼に障害と言わせるような存在なら、知ってしまえば自分もソレを調べる為に解析をおろそかにしてしまう、かも、しれない。


『では、切るぞ。良い成果を期待している』

「はっ」


 そうして激励の一言を述べたのち向こう側から通信が切られると、火村は画面越しながら出来上がっていた張り詰めた空気に耐えられなくなり、額から垂れる汗を拭い今度は深く溜め息をつく。


「…全く、人使いが荒い事で」


 そうは言うものの、彼が今いる所は数ある企業の中ではかなり待遇がいい方でもある。

 以前他の企業で研究をやっていた頃は、無理強いに次ぐ無理強いに、度重なる仕事の押しつけと、それは散々なものだったのだ。更には彼自身の専門分野であるロボット工学ではなく機械工学の研究を強いられ、挙句の果てに「研究成果が出ていない」という理由で当時在籍していた企業から捨てられた彼は、その後彼に目を付けた壮年の男に拾われ、そして現在に至る。

 彼が今いる此処では、彼は過度な無理強いを強いられる事もなければ、不当な評価を受ける事もない。それに加え、上からの指示に従うという制約があるものの、彼の専門であるロボット工学の研究をする事ができる。更には上も研究に大して非常とまではいかなくとも協力的で、まさに万々歳といった具合である。その点においては彼に感謝しなければいけないし、流石に恩を仇で返すような真似はしたくない。

 結局のところ、仕事に専念するしかないのだ。


 火村は席を立つと、そのまま部屋から廊下にでる。そのまま廊下を道なりに歩いていると、奥に『関係者以外立ち入り禁止』の表示が書かれている両開きスライド式ドアが見えてくる。

 火村はそのドアのすぐ隣に埋め込まれる形で設置されている装置に首からぶら下げたカードをかざし、顔を近づける。すると、装置の丁度目がある辺りの部分が乾いた音と共に上下に割れるように開き、そこからカメラのようなものが現れ、何条ものの光線が平行に発せられる。網膜スキャナーだ。その光線が上下に、目の上から下にかけてを一往復すると光線が消え、続けざまにその下が機械的に凹み、丁度右手全体が乗せられるような凹みの付いた装置―指紋認証の為の装置が出現。それに右手を置くと、一条の光のラインが、手に対して平行にかつ上下に動く。


 これらの一連の動作が終わった瞬間、ピッ、という音と共にスライドドアが開く。


 ドアが開いた瞬間、突如部屋の中から漏れ出た冷気に体全体がさらされ、そこまで厚着というわけでもない火村はぶるりと肩を震わせる。


「…お、おい!ちゃんと、暖房、点けているのか!?」


 火村は苛立ち混じりに室内にいる何者かに対して呼びかけるが、寒さのせいで呂律が回らず上手く喋る事が出来ない。最重要研究室と称されるこの部屋は、本来ならばある一定以上の室内気温が保たれていないとならない。というのも、暖房を点けていない状態でのこの部屋の気温は僅か3度にも満たないのだ。

 その原因こそが、彼ら研究チームの研究対象にして、彼らが頭を悩ませる存在―


 苛立つ火村に、一白衣を着た部下の一人の研究員が小走りで駆け寄ってくる。手近な所に厚手の服が無かったのか、両腕で体を庇いながら、震える声で喋り出す。


「す、すみません。しかし、暖房システムに、突然、異常が発生、しまして、現在、復旧を急がせて、ます」

「…よりによって、なんでこんな、時に…!」


 火村は寒さに耐えるように歯を食いしばる。


 これは、少しばかり開始を延期せざるを得ないかもしれない。よもや、辞令が出された矢先にこんな事になるとは。


 火村は震える体を庇いつつ、出来るだけ肌を冷気にさらさないようにしつつ、室内に向かって歩きだす。向かった先はその部屋の中心、大きな窓にスライド式ドアが一つある、隔離された空間。

 火村はその窓の前に立ち、憎々しげにその隔離された室内を見やる。といっても、その隔離された室内の気温が零下ゆえか、窓は霜で覆われ、中の様子がおぼろげにしか見えなくなっているのだが。





「これでいい」


 壮年の男は火村との通話を切ると、再び別のところに通信を試みる。

 程なくして通話状態になると、壮年の男が通信先に何やら指示を送り出す。


「…私だ。今すぐ試作型の戦闘用ドロイドを全て、いつでも出せるように整備しておけ。…ああ、そうだ。頼む。それから―」




******



 火村が覗き込んでいる隔離部屋。その部屋の中全てが冷気に包まれ、上を見ても下を見ても、どこを見ても霜だらけになった壁ばかり。否、その部屋の奥の壁に、はりつけにされているモノがいた。


 磔にされているソレは、無惨にも四肢がもがれた状態ではあるが辛うじてヒトの形に見えるものの、ソレはヒトではなかった。


 堅い材質で出来ているような質感を感じさせるその皮膚。もがれた四肢からは配線やら細いチューブやらが垂れており、ソレが明らかに人ならざるものだという事を強調している。

 その体の起伏からにして、女型なのだろう。白く長い頭髪がその事をより意識させるが、その長い前髪の隙間から覗く顔は、おおよそ人の顔とは呼べないようなものであった。


 その顔には、目や鼻といったパーツの一切がないのだ。それらしい凹凸はあるものの、穴の一つすら見当たらない。


 ソレこそが、十年前、彼らが唯一回収することに成功した、名も知らぬ『装甲機人』。装甲機人を造り上げた研究所にて、ポッドに入れられて放置されていたのを、調査チームが発見し回収したのだ。


 この装甲機人、元から四肢がもがれ、彼らの視点で機能停止していると思われる状態で発見され、その調査解析の為にポッドを開けたところ、内部から極低温の冷気が噴出し、ポッド周辺が瞬く間に凍り付いてしまったのだ。その際ポッドの解放作業に当たっていた者は、防護服を着ていたのにも関わらず低温による火傷を負い、結局、まだ試作段階であった作業用ドロイドを何体も潰す事で、ようやくこの隔離空間に閉じ込める事が出来たのである。

 それ以降、隔離部屋周辺の研究室全体の気温は常に零度以下に固定され、暖房システムや防寒具を活用しても辛うじて活動ができるかどうか、という状態に陥ってしまった為に、この名無しの装甲機人は研究者達から半ば腫れ物のような扱いを受けていたのだ。



 不意に、外からの声が微かに聞こえてくる。


『…しかし…なんですかね…調査…を解除…しかも…』

『だが…得まい…成果…としよう…』


 途切れ途切れにしかハッキリと聞こえない会話。そんな会話の一部が部屋の中にまで、磔にされた装甲機人の所からでも聞こえてくる。




 ほんの一瞬。心なしかソレの長い前髪にできた隙間、丁度目のある辺りから、光が漏れたような気がした。

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