遭遇
古賀勇作はその日、早朝から学校に登校し、始業式が始まるまでの間通学路の安全確保の為に駆り出された事で、自衛団の本部が置かれている教室に戻った頃には既にくたくたに疲れていた。何故かと言えば自衛団の業務だからとしか言いようがないのだが、彼の場合、彼自身の性分も関わってくる。
正義感溢れる熱血馬鹿。困っている人間は放っておけない世話焼き。憧れ目指すものは正義の味方。そしてそんな青臭い目標を果たす為に、今日も彼は真面目に自衛団のメンバーとして頑張っていた。
「あ゛~疲れた~…」
「おっつー。今日も今日とて精が出ますな」
本部に戻った途端机に突っ伏した勇作に、ノートパソコンに向き合っている眼鏡の少年がゆうさくの方を見向きもせずに労いの言葉をかける。
「オイ益田ァ、労うんならこっち見て言えよ。労ってる感じしねぇよ」
「悪いけど、こっちにも事務としての仕事があるもんでね」
ジト目で睨んでくる勇作に対し、眼鏡の少年―益田啓介は気に留める事もなく、眼鏡をクイッと親指で持ち上げて言い返す。
このインテリ気味の少年とは自警団に入団した頃から今までの一年弱の付き合いだが、初めて会った時からこの態度は初対面の時からさっぱり変わっていない。啓介曰く「これでもフレンドリー」との事だが、勇作からすれば、(先輩を除けば)基本こんな感じなせいで友人関係とは到底無縁のようにしか思えない。
「そんな事より、こっちに戻るんじゃなくて教室に戻った方がいいんじゃないのか?そろそろ始業式も終わる頃合いだろ」
「ん~?ま、ちょっとぐらい休んでいったって、別に大丈夫だろーよ。センセーだってきっと分かってくれるさ。そういうお前だって、戻らなくていいのかよ」
「ぼかぁ、さっきも言った通り仕事があるからね。新しい先生にもちゃんと言ってあるよ」
割かし真面目そうな発言をする啓介を、訝しむような目つきで見る勇作。
「で、本当のところは?」
「実のところ仕事はもう終わっててね。こうして仕事やってるフリしてサボタージュさ」
「…これで真面目ならなぁ」
益田啓介に何かしらの欠点があるとすれば、前述の通りのインテリぶった態度もそうだが、何より本当に有能であるのにも関わらず、隙あらばさぼろうとする事だろう。
「それよりさ、本当に戻らなくていいのかい?」
「二度は言わねぇぞ」
「…転校生が来る、って聞いても?」
それを聞いた瞬間、机に突っ伏していた彼の肩がピクリと震える。
「しかも二人。男女の転校生。ややイケメンにかなりの美少女。そんなんだと紹介が終わってホームルームが終われば、どれだけ大変な事になるかな~…っと」
「…それを先に言えよ!」
勇作はそういうと、目にも留まらぬ速さで教室から出ていく。普通の男なら下心で向かったと思うだろうが、彼の場合はもっと別の理由である。
「…相変わらずのお節介焼きだこって」
******
勇作が愛斗とガラテアを人ごみから救出して数分後。あれから彼らは勇作の提案(というよりお節介)で校内を案内されていた。愛斗達は解放されてからすぐに帰るつもりだったのだが、わざわざ断る理由も無い為、渋々彼のガイドに付き合っていた(ちなみにガラテアは意外と喜んでいた)。
この時点で愛斗は、何となくではあるがこの古賀勇作という同級生は良くも悪くも世話を焼きたがる人間であると察したが、ガラテアには単に親切な人にしか見えなかった。
「…で、そこが職員室…って流石に転校生だからここの事は知ってるか。あとは自衛団本部だけだな」
勇作が校内の案内を始めてから約二十分後、彼らは共通棟から掛かっている渡り廊下を渡って教員棟の二階にいた。残すところはあと、勇作の所属する自衛団、その本部が置かれている教室だけとなった。と言ってもその教室は、職員室の丁度隣に位置しており、教室二つまとめて彼らの本部となっている。
「さーて、あと本部だけで終わり…ん?」
お気楽そうに愛斗達の前を歩いていた勇作がふと立ち止まる。
何事かとガラテアが視界を塞いでいる勇作の右から覗くと、一人の女生徒が前から歩いてきているのが見て取れる。流れるような黒く艶やかな長髪を持ち、丸眼鏡をかけていながらも整った顔立ちがハッキリとわかるその女生徒に、ガラテアは見覚えがあった。
(確かあれは…生徒会長さん?で、同時に自衛団の副団長さん…だったっけ)
ガラテアの脳裏には、始業式での生徒代表の登壇の事が甦っていた。あの時登壇した女生徒は、間違いなく今前から歩いてきている彼女だ。ぱっと見でもわかるその真面目そうな女生徒は、前方に立っている勇作達に気付いたのか、勇作に話しかけてくる。
「あら、古賀君。今から自衛団に?…っと、後ろの方々は?」
「白崎副団長!今転校生に校内を案内している所です!」
白崎と呼ばれたその女生徒に話しかけられた勇作は、はきはきとした声で経緯を説明する。
それを聞いた彼女は「相変わらず頑張り屋さんですね」と勇作に微笑みかけると、勇作も「それが取り柄ですから!」と元気よく返す。
「今日ここに転校してきた方々ですね?確かお名前は…」
「御堂愛斗です。それとこっちで隠れているのが大槻ガラテアです」
普通に名乗る愛斗に対し、ガラテアはといえば愛斗の背中に隠れ、少しだけ顔を覗かせていた。その顔に恥じらいなどは見受けられないが、何となく内気だというのはこの白崎という女生徒も感じ取った。勇作とは案内をしてもらううちに慣れていったが、初対面の彼女とは流石に話し辛いようだ。
「大槻というと、貴方は理事長の娘さんなのかしら?でも、どちらも日本人だったと記憶しているけれど…」
「義理の娘です。すみません、彼女人見知りなものでして」
「いえ、大丈夫ですよ。それにしても、お二人は既にお知り合いなのですね。あ、そうだ。始業式の時に聞いたかもしれませんが、改めて自己紹介させてもらいますね。私がここの三年生で生徒会長兼三条ヶ原高校自衛団の副団長を務めている、白崎乃々葉と申します」
そう名乗ると彼女―乃々葉は律儀に礼をする。それにつられてと言う訳ではないが、愛斗とガラテア(ガラテアはこくりと首を倒しただけだが)もそれに倣い礼をする。
(…この人、いいトコの生まれなのか?まぁどっちでもいいが…)
愛斗の中で些細な疑問が湧いて消えている間に、勇作と乃々葉が会話を続ける。
「古賀君、今朝はお疲れ様でした」
「いえいえッ!これも責務というか義務ですし!」
「ふふ、ですが、自分の体を休めるのもまた義務ですよ?ここ最近、君が働きづめなのは皆が知ってますからね」
「はいッ!頑張って休みますッ!」
「そこは頑張らなくてもいいんですよ?」
そう言って笑みを漏らすが、苦笑ではなく本当に可笑しいが故の笑いがあった。
それじゃ、と勇作が唐突に振り返り、指をぴんと伸ばした手を頭の辺りまで持ってきて愛斗達ににっこりと笑いかける。
「これで案内も終わったし、そろそろ自衛団の仕事に戻るわ!」
勇作がそう言った瞬間、乃々葉がコホン、とわざとらしい咳をする。
わざとらしく咳をする意図は分かるものの理由が思い浮かばないのか、しばらく思案すると「あっ!」と漏らすと
「なんか分かんなかったところあるか?」
と、乃々葉にとっておおよそ見当違いの結論を導き出した。いや、確かに正しいのかもしれないが。
「…それもですが、さっき言いましたよね?休息も義務だと」
「え?…あー!そういう!でもいいんですか?他にも仕事があるんじゃ…」
「二度は言いませんよ?」
「ハイッ!ありがたく帰らせていただきまっす!」
そういうと踵を返し、教室へと帰っていく…駆け足で。
「廊下は走っては駄目ですよー」
「すみませんでしたァー…」
徐々に遠ざかる勇作の声を聞き、再び笑みを漏らす乃々葉。その顔は、愛斗には世話のかかる弟を見ているように見えた。
「…ごめんなさいね、あれでもうちの団員の中ではかなり真面目なんだけど…」
「いえ、それだけ熱意があるという事でしょう。いい事だと思います」
そうねぇ、と困ったように頬に手をやり溜め息をつく乃々葉に、愛斗は会ったばかりの彼女に同情せざるを得なかった。
「では、私も自衛団の仕事がありますからこれで。何か困った事があったら、いつでも自衛団にご連絡下さいね。窓口はいつでも開いてますから」
その親愛の情が籠った言葉に対し、愛斗はただ一言「どうも」と、ただそれだけを告げ会釈をすると、ガラテアを伴ってその場を立ち去った。
後にはただ、静寂だけが残る。
******
稼働状況: 稼働限界マデ残リ、20分足ラズ。
コレ以上ノ活動ニヨリ、撤退ニ支障ガ出ル可能性有リ。
…………
我、此ノ近辺ニテ『反応』ヲ捉エタリ。
ヨッテ当方ハ、最優先命令ヲ遂行スル。
コマンド内容確認: 《『反応』ノ根源ヲ特定、之ヲ捕縛セヨ》。
レーダー起動。精密探索ヲ開始。
…………
前方ヨリ、微弱ナ『反応』ヲ検知。
同時ニ、前方ヨリ動体反応。数ハ3。
ウチ一ツヨリ、反応アリ。
接触マデ、30m。
******
自衛団本部前で乃々葉と別れた後、教室に戻ってきた愛斗達二人を勇作が帰宅の準備をして待っていた。
「せっかくだから一緒に帰ろうぜ!」という彼の申し出に最初は断ろうとした愛斗だったが、問答無用と言わんばかりに彼らについて離れない為、否応なしに一緒に帰ることとなったのだ。
「やー、それにしてもあれだな。まさかおんなじ寮とはな。これも縁って奴かね?」
「さぁ…」
愛斗自身が勝手に思っているに過ぎない事だが、どうやら彼と勇作は(勇作が彼の事をどう思っているかはともかく)そりが合わないらしい。今のところ勇作が一方的に話しかけており、気乗りしない愛斗は
といえば先程から「ああ」や「うん」など曖昧な返ししかしていないという状況である。もっといえば、身近な家族を除いた他人とはあまり積極的に絡みたくない、というのが彼の本音だ。
そしてガラテアはというと、普段は愛斗と二人で外出して帰宅するのが常な為に、自分達二人を除いた人間と一緒に帰るという経験がなく、また想定もしていなかった為にどうすればいいのか分からず黙りこくったままになっていた。では何故学校では平気だったのかといえば、勇作とは学校のみ、尚且つ案内の時だけの一時的な付き合いだろうと思っていたが故である。普段人との付き合いに関しては愛斗に依存していたのが、ここにきて仇となってしまったのだ。
(…まぁ、こっちも聞きたい事があるっちゃあるが…)
この調子ではしばらくどころか、寮に帰り着くまで話かけられないだろう。先程の乃々葉の言を信じるなら決して悪い人間ではないのだろうが、如何せん無自覚にこうしている為に余計性質が悪い。
そんな風に一方的な会話が続き、十字路に差し掛かろうとした時だ。
「ここを曲がれば、寮まであとすぐ…?」
果たして、その曲がり角を曲がろうとした時に現れたのは、フードを深く被り込んだ一人の人間。
身長175cm程の勇作よりも少し背が高めだが、肌を徹底的に隠すような格好ゆえ性別の判断がつかないその人物は、ぼーっと突っ立ったまま動く気配がしない。
それだけなら単に不気味な人だと思うだけで済んだのかも知れないが、加えてその人物の視線がこちらに向いているような気がするのだ。
(思い過ごしかな…まぁそれならそれでいいけどさ)
そしてそのまま、その側を通り過ぎようとした時だった。
「…!!!」
フードの人物が手を伸ばす。その先にはガラテア。
唐突に伸ばされたその腕に、ガラテアの反応が遅れてしまう。
「――ッ!?しまッ…」
愛斗が気付いた時には、既にあと数cmという距離にまで迫っていた――しかし。
「オラァッ!!!」
勇作の叫びと共にフードの人物の腕に向かって一陣の突風が吹く。その突風によりフードの人物が体勢を崩す。そして、その状態のまま動かなくなってしまう。
(…!?今のは…)
ガラテアに触れようとしたフードの人物を謎の突風。それが吹いてきた方を見れば、手を開き前に突き出している勇作の姿。
常識としては考えられないだろうが、今の突風を出したのは紛れもなく彼だったのだ。
(自衛団の連中の何人かは超能力のようなモノを持ってるとはおじさんも言ってたが…こいつもだったのか)
「ンなろォ…俺の目の前でセクハラしようたぁ、いい度胸じゃねぇかよ」
眉間に皺を寄せ、フードの人物を睨みつけ怒りを露わにする勇作に対し、当のフードの人物は体勢を崩した状態から微動だにしない。
「警告するぜ。それ以上手ェ出そうってんなら、自警団団員としてテメェをボッコボコに…もとい、警察に突き出してやる!」
勇作は手を突き出したまま警告をするが、それでもなおフードの人物は反応を示さない。
だが「おい、聞いてんのか」と再び警告を発しようとした途端、フードの人物は突然首をぐるりとこちらに向ける。そしてその勢いでフードが脱げ―
「…ッ!?な、なんだテメェ?!」
―のっぺりとした顔、というより、目や鼻と言った人間的なパーツが一切ない、逆さにした卵のような頭部。
―その中心にはモノアイがあり、さらにそこから数本のラインが走っている。
到底人間とは思えない頭が出現した。
驚愕する勇作。だが、それ以上に驚いていたのは、愛斗とガラテア。しかしその驚愕は人ならざるものを見たから、という訳ではなく―
「…ガラテア、あれは」
「…うん。あれは…」
思い起こされるのは、10年前。御堂愛斗の父、御堂春彦が犠牲となった、爆発事故として処理された研究所での一部始終。
そして春彦を、彼の研究所を襲ったモノ。
「…あの時のドロイド」
愛斗は強く、その拳を握りしめた。
今更ながら、感想お待ちしてます。本当に今更ですが。