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朝、至福の時

 御堂愛斗みどうまなとはその日、いつもよりも一時間程早い五時半頃に起床した。そして隣で自分と手を繋いで行儀よく寝ている最愛の少女の寝顔を確認すると、フッと微笑んで、少女を起こさないようにベッドから抜け出す。

 それからの行動は早く、手っ取り早く身支度を済ませ、一時間後ぐらいには起きるであろう少女の為に服を出しておく。服と言っても私服ではなく、市立三条ヶ原高等学校と呼ばれる高校の女子用学生服だ。緑を基調とした地味な色合いのそれを丁寧に折り畳み、ベッドの近くに備えてある机の上に置いておく。そして、部屋に置いてある荷物をいつでも運び出せるようにある程度纏めて、それで終わり。

 後は特に何かをすることもなく、時が来るまで待つだけ。強いて何かしたことを挙げるとするなら、少女の寝顔を眺めた事ぐらいだろうか。


「ん……」


 愛斗が起きてから約一時間後。愛斗が予測した通りの頃合いに、少女の口から声が零れる。


「…そろそろか」


 少女の声に気付いた愛斗はそう言うと、少女の方の辺りを揺する。


「ほら、もう朝だぞ」

「う…ぁ…ん……」


 何やら艶めかしい感じがするが、愛斗にとっては聞きなれたものだ。意に介する事もなく(とは言ってもやや嬉しそうではあったが)そのまま揺すり続ける。


「早く起きろよ。今日は荷物を纏めてここを出てかなきゃならないんだから」

「はぁ…い…」


 寝ぼけながらも返答する少女の姿に、愛斗の口元が綻ぶ。この少女、普段はきっちりとした口調で話すように努めているのだが、寝起きの状態だと返事の一つですらどうしても間延びしてしまうらしく、こうした油断している姿というのは愛斗にとって眼福以外の何物でもない。

 そうして愛斗が幸せ一杯に眺めていると、少女がムクリと上体を起こし、愛斗の方へ顔を向ける。相も変らぬ肩までかかる程度の艶やかな白い頭髪は、寝起きであってもほとんど寝癖が付いておらず、顔をこちらに向けた事でその髪がさらりと揺れ動く。

 その顔はと言えば、今しがた起きたとは思えないほど意識がハッキリしているようにしか見えないが、愛斗からすればまだ寝ぼけているのと同然である。


「…マナト?おかしい、いつもより早起き…」

「そりゃあ、荷物纏めたりしなきゃいけなかったし、わざわざお前を起こす程でもなかったしな」


 不思議そうにする少女に、愛斗はにっこりと笑みを浮かべる。


「そんな事どうだっていいって。ほら、さっさと着替えろって」

「…先に起きられなかった」

「あっちゃー、こうなっちゃったか。俺が先に起きた事なんて一度もなかったからちょっと不安だったんだけど、やっぱりスイッチ入ったか」


 表情は変わらないものの深刻そうに悩む少女に、愛斗も思わず苦笑を漏らす。

 愛斗はおろか一般大衆にとっても恐らくくだらないであろう事に少女が真剣に悩むなんて事は、今に始まったことではない。というか愛斗にとっては単に可愛いと思える事でしかなく、稀にわざと悩ませるような事をして、悩む様子を見てニヤニヤする事すらある。確実に他人ひとからは「趣味が悪い」と引かれるだろうが。

 ただ今回の場合、その数少ない事例に当てはまるものではなく、予想外だった事だ。


(…しょーがない)


 よくある事であり、見ていてほっこりとしてくるとは言えど、流石に悠長に待ってもいられない。


「ほら、これティアの制服だぞ。さっさと着替えなって」


 愛斗は再び少女に呼びかける。ティアというのは彼女の愛称の事だ。


「…しかし……でも……」

「…おーい?」

「……」


 いつも以上に深刻に悩んでいる。流石に呼びかけにも答えないなんて事はないだろうと高を括っていたが、彼が先に起きたのがよっぽどショッキングな出来事だったとでもいうのだろうか。

 これには参ったと頭を掻くと同時に、これしか方法はないかと諦めたように、少女の耳元に口を寄せ…


「…ガラテア!」

「ッ!?はい!」


 本名でかつ大声で、それを耳元で叫ばれた事で、少女―ガラテアの体が一瞬ビクン、と跳ね上がる。

 本当はやりたくは無かったが、致し方なしだ。

 そしてガラテアが恐る恐るこちらを向く。


「お、おはようございます…マナト?」

「ああ、おはよう。ごめんな、耳元で叫んで。でもさ、ああでもしなきゃ戻ってきそうになかったんだよ」

「…もしかして、また、ですか?」

「ああ、まただな」


 それを聞いた途端、無表情のその顔に僅かながらの動揺が走る。どうやら恥ずかしいようだ。

 ああ、可愛いなぁ、と妙にほっこりとする愛斗だったが、彼女の体のある場所を見て呆れたような表情を浮かべる。


「あーあー、首の擬装、ちょっとだけだけど剥げかかってるぞ」

「え?…あっ!」


 何のことかと不思議そうにしていたガラテアだったが、首元をさすった瞬間に気付いたらしい。

 彼女の首元のほんの一部分、奇妙な回路のようなものが浮かび上がっている。否、どちらかと言えば愛斗の言う通り剥げているのだ。


「あれ!?ちゃんと補給は出来てるハズ…」

「ティアってば、油断するとよく擬装が剥げるからなぁ…あ、それと」

「?」

「お前、また敬語になってるぞ」

「!!!」


 あっ、と口を押さえるが、出てしまったものはもうどうしようもない。


「やれやれ…ほら、俺外に出てるから、さっさと着替えた着替えた。後擬装もちゃんとやっとけよ」

「はい…」


 またやってしまったと言わんばかりに落ち込むガラテアを尻目に、愛斗は穏やかな口調で話しかけてから廊下に出ていく。先程のように自分の世界に入ってしまった時ならともかく、ちょっと落ち込んでいる程度の今ならなんだかんだでちゃんと着替えるだろうという憶測と、彼なりの気遣いを兼ねてだ。少しばかりサドっ気が湧いても、彼女に嫌われるような真似はしない。それこそが愛斗の信条だ。

 彼女が人ならざる機械仕掛けの存在であっても、それだけは変わらないのだ。


  それからしばらくして、制服に着替え終わったガラテアを伴って一階のリビングに向かうのだが、その際彼がガラテアの制服姿を見た瞬間あまりの可愛さに抱き付いたり色々した事については、ここでは割愛させていただく。

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