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平凡、平穏、そして平和

「古賀ァ、大丈夫かよお前?昨日病院入ったばっかだって聞いたぞ?」

「だァーっはっはっは!あの程度でへこたれる俺じゃあねーぜ!あれで倒れてたんじゃ、自衛団団員の名折れだかんな!」


 古賀勇作が謎のロボット―とある企業が造り出した偵察ドロイドに打ちのめされ、そして謎の白い鎧の戦士を目撃し、その事を病院で仲間達に報告をした、そのすぐ翌日の朝。


 数時間前まで病院のベッドで横になっていた筈の彼だが、今では大笑いできる程に、すっかり回復していた。万能細胞様々である。


「でよ、どんな奴に襲われたんだ?そんなやべぇ怪我なら、普通の人間相手じゃないんだろ?」

「怪我っつっても、一日経たずに退院できたけどな」

「まさかの怪人!?モノホン!?」

「うんにゃ。ロボットみてぇな奴だったな。いや、ありゃあ…アンドロイド?まぁともかく、助けが来なかったらやばかったぜ、うん。マジで」


 古賀勇作という少年が、超能力者でありながら無能力者達と良好な関係が築けているのは、彼自身の性格からくる人望にある。

 呆れる程に前向きだが、自らの非をきちんと認め、見栄を張る事をしない。人並み以上に馬鹿ではあるが、それを克服しようとする努力家でもあり、そういった面を隠そうとせず(本人は隠しているつもりらしい)、ひたすらに前に突き進むその姿勢が、いつしか彼に対しての級友達の信頼を勝ち取っていたのである。

 と、不意に勇作の視線が、互いに自然と寄り添いあっている男女―愛斗とガラテアを捉える。


「あ、そうだ!昨日はあんがとな。先輩達を呼んでくれてさ」

「…別に。大したことじゃないですよ」

「むー、なぁんか他人行儀くせぇなぁ。別にタメ口でいいのに」


 とはいえ、まだ彼と出会ったばかりの二人―特に愛斗―には、まだ彼が信用に足る人間とは思えないのだが。特に愛斗は、人を信頼するという事をあまりしない。ガラテアさえいればそれで事足りる彼にとって、周りの人間と関係を築くのはあくまでもガラテアの為(・・・・・・)である。

 ガラテアさえいれば後はどうでもいいという考えすら持っている少々アレな頭を持っている愛斗とは真逆で、ガラテアは人との関わりを大事にしようと考えている。無論、愛斗の事を第一に考えてはいるが、それ以前に彼女に与えられた存在意義が、そして心が、彼女に「人に優しくあれ」と命じているのだ。それを知っているからこそ、愛斗は彼女の使命を優先し、外面ではそれなりに愛想良く振舞っているのだった。


「でよぉ、その後どうなったんだ?」

「あ、そうだよそうなんだよ。これがまた、びっくらこいたぜ…マジもんのヒーロー、見ちまったかもしんねぇ」

「え、マジ?」

「ヒーローって、実在すんのか…」

「なんでお前意気消沈してんだよ」

「ばっかおめぇ、怪人ってぇのはな、大抵悲劇的な過程が付き物なんだよ。岩ノ森先生の作品読んだ事あるか?特にペルソナライダーとか…」

「まぁた始まったよ。コイツの怪人好き」


 ヒーロー。そして怪人。現在の一般市民が実際に目の当たりにする事は、限りなく無きに等しい。しかしながら存在自体は一般的に知られているのは、十数年前までかなりの目撃情報が飛び交っていたからに他ならない。一部警察組織等により存在が公になっている者達もいたが、基本的に彼らは表立って行動する事は殆どない。

 悪は社会の闇に紛れて悪事を企て、そしてヒーローは人知れず、その悪を討つ。その過程において悪の手により人が犠牲となる、あるいは偶然一般市民が目撃してしまうという事がある。かつては同時期に多数の悪の組織が動き、それを追って同じく多数のヒーロー達が各地で戦いを繰り広げていた為に、目撃する確率もかなり高かったのだ。その結果、かつては「幽霊を信じるか否か」のレベルの話でしか語られなかった彼らも、今では実在する存在として認められるようになったのだ。


 そして、そんな話を流し聞きつつ、愛斗はちらりとガラテアの方を向くと、一瞬その顔が曇っているように見えた。


(…?見間違い?いや、違う。じゃあなんだ…?)


 意味深な表情を見せたガラテアが気になり、声を掛けようとする愛斗だったが、再び教室内を包んだ喧騒に中断を余儀なくされる。未熟な彼には、その騒音を脳内でシャットダウンしてガラデアに問いかけるという選択ができなかった。

 少し苛立ち混じりに、その騒ぎの起きている方向を睨みがちに見やると、一人の小柄な少年が教室に入ってこようとしていた。


「オッキー!また風邪で休んでたのか?あんま無茶すんなよ?」

「…や、やぁ、古賀、ク、ン。みんな…」

「相変わらず内気だねぇお前さん。もうちょいでいいから、明るくなんないの?」

「無茶振りすんなお前」

「い、いや、いいんだ…原因は僕にあるんだし…」


 古賀を含むクラスメイトの男子達に次々と話しかけられているその少年は、見るからに奥手そうな少年だった。前髪で目元を隠しており、猫背気味な姿勢も相まって内気さを更に演出している。

 口調においても、喋り始めから終わりにかけて、語気が段々弱まっていっており、喋り慣れていないのが見て取れる。


「やれやれ、どうしたらコイツの内気な性格を明るくできますかねーっと…」

「つか、お前がお節介焼き過ぎるだけだっつーの」

「古賀の脳みその辞書ってさ、有難迷惑っていう言葉無さそうじゃね?」

「一理ある」

「め、目の前で、そういう、こと、言っちゃう、ん、だ…」

「別に構わんだろ。なんせコイツだし」

「んだんだ」

「まるっきり聞こえてんだよなぁお前ら…」

「HAHAHA、ワザとワザと」

「テメェ!」


(やはり、ああいうのにはいつまでたっても慣れんな)


 そう胸中で呟いた愛斗の顔は、ひどくげんなりとしていた。元々、ガラテアや大槻夫婦のように昔から親しい人々を除けば、人と絡む事すらも億劫だった。否。だった、と表現するのは正しくない。今も変わらず、人と積極的に関わりを持つ事が億劫で仕方がない。

 他人の事を信用していないとか、そういう事ではない。そう、彼の場合は―


「あ、そーだそーだ。お前昨日休んでたじゃん?実はさ、転校生来てんのよ」


 ふと思い出したようにそう言うと、勇作はその小柄な少年の手を引き、愛斗のいる方へ歩み寄る。

 手を引かれる少年も、突然の事だったからか「あ、わっ」と、情けない声を出しながらあっさり引きずられている。


「ちょ、ちょっと…」

「嫌なんて言わせねーぞ。こうやって引きずってでも連れてこないと、お前逃げるしな」


 傍から見るといじめられっ子といじめっ子の構図にしか見えないのだが、このお節介焼きに限って、いじめという事はあるまい。ただし、あくまでも余計な(・・・)お節介な為、感謝されているとはとても言えないだろうが。


「これもコミュ力上げる為だ!つーわけで、こっちの二人が転校生な。男の方が御堂愛斗で、女の方が大槻ガラテアさん。オーケー」

「えっ、あっ、う、うん…」

「だーッ!挨拶すんのに目を逸らす奴がいるかーッ!てか、よろしくぐらい言えよ!」

「ぅわっ!?え、えっと…よろしく、お、お願い、しま、す…」

「いやいや、お前も名乗るんだっての」


 歯切れの悪い返事と挨拶に、そらしがちな目。なるほど、勇作が苛立つ理由が、愛斗にもわかる気がする。


「えっ、と、あの、ぼ、僕の、なま、名前、は、し、椎木(しぎ)、さ、さく…」


 どうしようもないほどに、聞き取りづらい。他者と話し慣れてないという様子が手に取るように分かってしまうようだ。


「あ、えと…ゆっくりで、いいですから…」


 そんな少年の名乗りとも呼べないような名乗りを聞き、思わずガラテアが助け舟を出す。

 こういう時、ガラテアという存在がありがたく思えてしまう。自分とは違い、奥手ではあるが、彼女なりの積極性で人と接しようとするその姿勢は、いつだって愛斗と周りの環境を繋げてきたものだ。

 彼女という存在が、云わば愛斗と、それ以外の人間達とのパイプとなっているのだ。


 と、ガラテアに声を掛けられた少年は、声を掛けたガラテアの顔を見て、一瞬目を見開いた。それを見逃す愛斗ではない。


「…ティアに、何か?」

「あっ…い、いえっ!ちょ、ちょっと、しり、知り合いに、に、似て、似てた、から…」


 さり気なく苛立ち混じりにアピールするが、どうやらそういう事(・・・・・)ではなかったようだ。愛斗は思わず、胸をなで下した。少年曰く、「知り合いに似ている」との事だが、ぶっちゃけて言えば愛斗にとってどうでもよかった。

 ここにおいて重要なのは、少年がガラテアに気があるか否か。そのどちらであるかという事だけだ。


「え、ええっと。ぼ、僕の、名前は、し、椎木、朔也(さくや)、です」


 ようやく少年―朔也が、自分の名を口にした。とは言え、やはりどもり混じりではあるが。

 それに応えるように、愛斗はできるだけ紳士そうな仮面(ペルソナ)を被り、ガラテアは普段通り、内気だが友好的に、朔也に自己紹介を兼ねた挨拶をした。


「いやー、何はともあれ、ちゃんと挨拶できたじゃねーか椎木!お兄さん、ちょっと涙が出てきちゃったよ」

「う、うぇぇ!?そ、そんな、泣く、事じゃ…」

「嘘泣きに決まってんだろ」

「いや、コイツマジで涙滲ませてんぞ」

「え、えっと、大丈夫、です、か…?」

「おお、大槻さんやっさすぃー!マジ天使!」

「…なぁ、なんか御堂の奴、すげぇ睨んでるように見えんだけど」

「奇遇だな、俺も同じ事思ったわ」


 そんな風にしたくもない駄弁りにいつの間にか巻き込まれていると、再びの喧騒。それも、廊下の方から、どんどんこの教室に近づいてくる。


(今度は一体何なんだ…!)


 流石に堪忍袋の緒が切れそうになるが、その怒りの感情も、一瞬にして掻き消える。





「失礼します」




 凛、として透き通るような、くっきりとした女性の声。その一言と共に教室に入ってきたのは、銀色の髪を靡かせた、一人の女性。

 それを見た愛斗の表情に、怒りに取って代わって表れたのは、驚愕。


 その姿は、メイドであった。それも所謂、ヴィクトリアメイドと分類されるロングドレスの。それ以上に、美しい銀色の髪と恐ろしい程マッチしている、否、し過ぎている美貌が、学校にメイドという異質さを霞ませている。

 だが、彼にとって重要なのはそこではない。


(なんだ?この既視感は…なんで…)


 そして、愛斗は気づかなかった。廊下でのざわつきが近づくにつれて、ガラテアの様子がおかしかった事に。

 そんなガラテアの顔にも―やや分かりづらいが―驚愕の色が浮かぶ。


(あれって…もしかして…)


 その銀髪のヴィクトリアメイドの姿を目にした彼ら二人の脳裏に浮かぶのは、ある共通のワード。


 装甲機人。かつて失われた、ガラテアの同胞を意味する存在の名である。

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