夢の始まり
その日、幼い少年は、人ならざるモノに、恋をした。
ガラス越しに見える、真っ白な壁に囲まれた部屋。此方と彼方を区切る特殊な素材で出来ているマジックミラーの為に、部屋の中から外の様子を知る事ができない。
科学者をやっている父親に連れられて、その父親が責任者として運営している研究所にやってきた少年が目にしたのは、そんな見るからに退屈そうな世界。
幾つも存在する部屋の中に一人ずつ、人が入っている。いや、果たして彼らは人と読んでいいのだろうか。
外見に差異はあれど、その全てが鎧、というより機械的なアーマーのようなものに身を包んでいる。軽薄なアーマーに、重厚なアーマー。中には少年曰くヘンテコな円盤―後に彼は、これがレドームと呼ばれる装備だという事を知る―を頭上に浮かべているようなモノまでいる。部屋の中にいたのは、そんなアーマーに身を包んだモノ達。男もいれば女もいて、まるで子供のような体躯のもいれば、全身がアーマーに包まれて完全にロボットにしか見えないモノすらいる。
確かに少年の好奇心を擽るようなモノばかりだったが、時折見かけるぽっかりと空いた、何も、誰も入っていない部屋が、少年には気になってしょうがなかった。しかし、いくらそれについて訊いても曖昧な答えではぐらかされ、少年はふて腐れていた。
だがその部屋を見た瞬間、少年の歩みが止まった。
少年が今まで見てきたモノ達のそれとは違い、軽薄であると表現するよりも、丈夫さと軽さ、そして美しさを兼ね備えていると賛辞を呈して然るべき白一色のアーマーに身を包み、壁にもたれかかるように座り込んでいる少女。その少女もまた同類の存在なのだろう。しかし、少年が今まで見てきたモノ達の中でその少女は一番美しく、そして儚げだった。
少女の肩までかかるほどの髪は白髪ではあるものの、老人のそれとは違い艶やかさがある。瞳が伏せられているその顔は、端整ながら他のモノ達と違い、正しく人形のように思えた。
そして少年に一番他と違うと感じさせたのは、そのボディ。傷一つすら付いていない純白の装甲に覆われていない部分から覗く関節付近の部分は人形のそれと同じく球体で出来ており、剥き出しになっている肩や股関節に至っては少し力を入れただけで壊れてしまいそうにも思えた。
どう見ても未完成であるようにしか見えないその体。しかし、そんな体が、少年にはとても魅力的に思えた。
誰かの声が聞こえる。しかし、少年は無視する。少年の耳には何も届いていない。少年はその少女の虜になっていた。少年には、今自分が少女に対して感じるものが何なのか、さっぱり分からない。ただただ綺麗だと、そう表現することしか出来なかった。
父親に肩を叩かれて我に返ったのは、それから30分も経った後の事だった。