鏡の向こうのお国
※フィクションです
私は三浦百合。
何不自由なく生きてきたなんの変哲もない素朴な女子高校生。
強いて言うなら私はほかの人より頭がおかしい。
考えていることがほかの人とは少しずれていて、あまり誰かと意見が合うことはない。
「へっくしゅん。」
夏の電車の中は肌寒い。
無駄に効いている冷房に私は身震いをした。
30分くらい電車に揺られていつも学校に通う。何の変哲もない日常。
その間私は音楽を聞きながら外をみたり、ドアのガラス越しに映る自分を見たりと、それなりに暇をつぶす。けど、いつも考えてしまうのはクラスのある男子生徒のこと。
今年の春。
クラス替えをして初めての環境に不慣れな私に初めて声をかけてくれた優しい青年。
長い前髪であまり顔はみえないけど、イケメンのほうだと思う。
性格は少し気分屋さんで日々の機嫌探りで私は忙しい。
とりあえず、私はそんな彼のことをかれこれ3カ月は想い続けている。
「はぁ・・・。」
今日もそんな彼に思いをはせて学校へと向かう。
「おはよー、三浦ちゃん。」
隣の席の菅田さんは今日も元気でかわいらしい。
菅田ちゃんがいるときは大抵彼は機嫌がいいんだ。
「あ、菅田。おはよー。」
「っお!今日は遅刻してないんだね、牧野。」
牧野潤。それが彼の名前だ。
私はいつもおどおどと「潤さん」と呼ぶのに、菅田さんは何の気なく「牧野」と呼べる。クラスが二年間も一緒だとこうも違うんだろうか・・・。
ため息しか出ない。
潤くんは菅田さんと仲がいい。だから、よくこうして私の席の隣で仲良くお話しをしている。正直私だってお話しに交じりたいけど、そんな勇気はないからただ聞き耳だけを立てて座っている。
「あ、昨日借りていったノート持ってきた?」
「・・・忘れた!」
「ええええ、なにそれひどいよ!」
「うそうそ、あるってば。」
「もー、牧野さいてー。」
はたから見れば付き合ってる?と言われてもおかしくない。
確かに菅田さんは可愛い。私より全然可愛いからもしも潤くんが好きでも何も否定なんてできない。けど、少しくらい私の気持ちに気がついてほしい。
もししっていたら、こんなにも見せつけるようなことしないだろうに。
私は両耳にイヤホンをぶち込んだ。そして音量を最大にして二人の会話をノイズでかき消した。
窓ガラス越しに二人が会話しているのが見える。その隅に移りこんでいる私。
私のものにならないならいっそのこと潤くんなんていなくなればいいのに。
(じゃ、殺しちゃえばいいじゃん?)
どこからか聞こえた声。
イヤホンから流れていたノイズがいつのまにか消えていた。
きょろきょろろあたりを見渡しても誰もいない。
(こっちだよ、こっち。)
その声は窓ガラスしかないほうから聞こえた。
朝感じた寒気がまた走る。
窓ガラスをみると私がいて柔和な笑みを浮かべて私を見つめていた。
「!?」
声にならない叫びが心の中にある。
窓ガラスの中の私はそっと人差し指を自分の口元でたてて静かにと囁いた。
(私の声はあなたにしか聞こえない。わかるでしょ?)
不思議なくらい自然に私はこの状況を飲み込みつつある。
なんて頭のおかしさなんだ私は・・・。
首を縦に振るしぐさを見せると鏡の中の私はまた柔和な笑みを浮かべた。
(あなた潤くんが好きなんでしょ?知ってる?こっちの世界の潤くんは逆にあなたのことを大好きなの。)
その言葉の意味。
よくわかんない。
つまりは逆さまの世界とでも言いたいのだろうか?
(そうね、ある意味ではそうかもね。パラレルワールドともいうかも。でも・・・)
そこで鏡の中の私は言葉を止めてぐっと声を押さえて言った。
(あなたはこういうのを望んでいたんでしょ?)
ぞくっと身の毛がよだつのと同時に、好奇心があふれ出た。
確かに私は平凡すぎる自分の日常を嫌っていた。だからこそ非日常をもとめていた。
今起きてる状況がすんなりのみこめるのも自分がそう望んでいたからなんだろう。
(なら、こちらの世界とそちらの世界・・・交代してみる?)
すっと伸びてきた手。
ガラスの中から伸びてきたその手はきっと私にしか見えていないんだろう。
周りはがやがやとしゃべっている。
(さぁ、どうする?)
もしもこの手を握ったら私は鏡の国へと行ってしまうのだろうか?
そしたら戻ってこれない?で、でも、潤くんが私を求めている世界?それってすごく・・・いい。
菅田さんじゃなくて私のことを求めている。私が求めて、彼も求めて、完璧じゃない。
揺らいでいた心が鏡のほうへと傾いた。
その瞬間ぎゅっと腕にひんやりしたものが巻きついた。
(ようこそ、鏡の国へ。)
すごく不思議なくらいに私の体がゆがんで鏡の中へと吸い込まれていった。
気がつけばもうそこは別世界だった。
さっきとは全く逆の世界。
暑かったのは一変して、すごく寒い。そして、何よりも暗かった。
「どうしたの?三浦さん。」
ふと聞こえた大好きな声。
振り向けば潤くんがにっこりと笑ってそこに立っていた。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
「おいでよ、三浦さん。」
手をすっとのばしている潤くん、その手をやっと・・・やっとにぎれr
「・・・・・え?」
お腹に刺さった痛み。
じわっと広がる感じが手にとるようにわかる。
お腹から出た真っ赤な血が床に血だまりをつくる。
「じゅ、潤くん?」
潤くんの反対の手に握られた銀色の刃が真っ赤に染まった。
柔和な笑みは純粋そのもの。悪気など少しも感じていない。
「ど、どうして?」
痛みに耐えきれなくておもわず膝をついた。
その膝にさえ真っ赤な血がついてしまう。
「だって、君が望んだことでしょ?」
「え・・・?」
「非日常な世界。そう、平和ではない世界を・・・。」
潤くんの目は生きていなかった。
私の思い続けた潤くんは今ここにいない。
ふと振り返って私が入ってきた窓を見た。そのむこうでは私ではない私が楽しそうに潤くんとはなしていた。私の想い続けていた潤くんと。
「だ、だめ・・・。も、もどらせて。」
痛みに耐えながら私は窓ガラスに手を伸ばした。
「だめだよ、せっかく来たのにもう帰っちゃうなんて。」
潤くんは銀色の刃を振り上げる。
やだ・・・。待てよ。こんなのちがうよ。
「潤くん!!助けて!!!潤くん!!!!!」
悲痛な叫びが黒いこの空間に響いた。
明るい向こうの潤くんには聞こえてない。楽しそうなその笑み。私にもみしてほしかっt・・・
「大好きだよ、三浦さん。」
痛みの中私の意識は消えた。
深く深く。
深く深く深くへと。
「三浦さん、大丈夫?」
気がつくとそこは教室。
そばにいたのは潤くん。私の想い続けた潤くん。
「もう授業終わったよ。」
「あ・・・ゆ、夢か。」
「ん?どうしたの?」
首をかしげる潤くん。
私は少しだけ苦笑気味にそれでも安心したように笑った。
「いやー、潤くんに殺される夢みちゃった。」
「ははは、なにそれ。」
「ははは、ほんとだよね。」
潤くんは笑っていた。
私も笑っていた。
ああ、なんて幸せなんだろう。私は感じた。
潤くんの後ろ手に握られた刃の存在にも気がつかず、私は最後にそんなことを想っていたんだ。
タノシカッタァ