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我が命の全けむ限り忘れめや

彼女に対する嫌疑が晴れた日から数日がたち今日は日曜日。

そして今僕は、半袖短パンで球を蹴る彼らを、窓越しに室内から見ていた。朝晩まだ寒い季節ではあるが、日中に運動するには調度良い気候だ。

・・・多分。

自他共に認めるもやしっ子の僕には断定はできないが。

何はともあれ彼らの様子は、見ていて実に健康的であり、爽やかな顔で言葉を交わす様は見ていてうらやましくもある。

僕は視界を室内に移す。

対してこちらはどうだろうか。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

静かだ。実に静かだ。そんな静寂の中に紙の擦れる音だけがやけに響いている。外の世界とのギャップの大きさにふとため息が出てしまった。

「はぁ。」

誰にも聞こえないだろうとたかをくくって発した音だったが、それは思いの外響き部屋全体へと拡散された。

「なつ君、どうしたの?」

それまで読んでいた本を伏せ、ページがずれないようにしてから、瀬良さんが僕の方を向いた。

他の二人は相変わらず、黙々と本を読み進めている。無視された気分だ。

「あ、いえ。静かだなぁと。」

「そうね。でも本を読むにはこのくらい静かな方がはかどるわよ?私の部活はちょっとね、」

本を読むにはうるさすぎるのよ、と瀬良さんが続けるとやっとの事でもう一人が読書を止めた。

彼女は栞を本に挟むと納得したような顔で僕達に目を向けた。彼女が本を読む途中で閉じる時は通常かなりの機嫌の悪化が伴うものなので、今回はちょっと意外に思えた。そして僕は次に、彼女が発した言葉に言葉を失った。

「あぁ、だからお前はいつもここにいたのか。」

はい?

「あのー、もしかして瀬良さん、文芸同好会の部員ではないんですか?」

えぇ、と肯定しつつ、でも何が問題なのか分からないといった表情の瀬良さんの代わりに彼女が答える。

「図書室で本を読む人間がいて何かおかしいのか?確かにここは私の部室ではあるが、一般的な図書室としての機能が失われた訳ではないぞ。」

確かに否定はできないが、それだとただ本を読むだけのこの集まりの存在意義がなくなりはしないだろうか。僕が口を出す話ではないので何もいわないけども。

「本当はね、こっちに転部しちゃいたいくらいなんだけど、何せ元部長がこっちに来ちゃったら示しがつかないじゃない。」

まぁ、今の部長があれで転部なんてできるはずがないのは十分に理解出来る。

とりあえず会話に適した距離に移動するために、窓際から離れ、瀬良さんの隣の椅子に座る。

「確かに、あの部長が部長ですからね。」

「んー、悪い子でなないんですけどね。」

フォローを入れる瀬良さんの顔も苦笑いであった。やはりこの前ここで部長さんが取り乱したのは瀬良さんとしても気まずいのだろう。

そんな瀬良さんの心情を把握してか、彼女は瀬良さんに大してフォローを入れる。

「あの件に関しては気にするな。君に落ち度はない。」

それだけ言うと彼女は再び自分の読んでいた本を手に取り、栞を便りにその本を開こうとした。

ー ヴッヴッヴー・ヴッヴッヴー ー

しかし規則的な振動音がそと手を邪魔した。

「誰のだね。この不快な音は。」

読書に雑音を許さない彼女は眉間に皺を寄せて音のする方を見る。

「ご、ごめんなさい。あの部長からメールみたい。多分早くあっちに来いって内容だと思うの。」

そういって本当に申し訳なさそうに立ち上がった。ついでに机の下に置いてあったスクールバックも勢いよく引きずり出したのでそれについていたキーホルダーが僕の足を直撃した。

擬人化された兎のぬいぐるみに、白いふわふわの毛玉のようなキーホルダー、あとこれが一番痛かったのが、プラスチック製のリボンやハートの類。なんで女の子はこんなに沢山のキーホルダーをつけるんだろう。

軽く痛い程度だったし、机下の出来事なので当人も気づいてない様なので何も言わないけど。

それに、ぺこぺこと頭を下げる瀬良さんを見ているとそんな気も失せていった。

それは彼女も同じようで、仕方無いといった対応をしていた。この内輪内では、あの部長のせいというのは一つの免罪符のような効果を発揮するようだ。

「分かったから、頭を上げたまえ。急いでいるのだろう?」

「ありがとうね。あー、うー、でも。」

瀬良さんは名残惜しそうに先程まで読んでいた自分の本を見る。

すると彼女はそんな瀬良さんにずいっと黒い帳簿を突きだし、それを開いた。

「貸し出し簿だ。ここに日付と名前を書け。」

瀬良さんは嬉しそうに受けとると、スクールバックのなかから筆箱を取りだし、木目の綺麗な万年筆でさらさらっと名前を書いた。

僕はそれを女の子の文房具ってお金かかってるなぁとか的外れな事を考えながら見ていた。

そして、彼女に深くお礼をすると瀬良さんは、二宮金次郎スタイルで外を出た。

ながら読みは危ないですよーとはもちろん言えない。

「剣崎」

瀬良さんが部室を出た後、彼女は今までまったく会話に参加していない若干一名に声をかけた。

しかし、反応は無い。

「剣崎!」

そこで初めて萌ねぇは本を置いた。

対した集中力である。

「あら泉ちゃん。どうしたの? 」

多分この調子だと自分の友達が既に退室していることに気付いてないに違いない。

「聞きたいことがある。今年度に今の部長に座を譲ったということは、瀬良は2年にして部長だったのか?」

「うん、そういうことになるわね。彼女は昔から本の虫でね。そこを見込まれて3年生から推薦されて部長になったらしいのよ。私が昔、借りた本のページに折り目を付けちゃった時なんて、一週間は口を聞いてくれなかったんだから。」

そこで、萌ねぇは初めて、現状に気付いた。

「あれ?沙羅は?」

これは僕に聞いているのだろう。

「瀬良さんならもう部活に行ったよ。」

「本当?いつのまにやら。」

貴方が本に熱中している間にです。

「ま、いいわ。私もそろそろ部活の時間だし。」

そう言って布にくるんである自らの得物を取ると、萌ねぇは立ち上がり彼女に向かって御辞儀をした。

「部長、お先に失礼します。」

「うむ。」

照れ隠しだろうか、いつの間にか再び読み出した本から目を外すことなく返事をした。部長と呼ばれるのが好きなようだ。

「じゃあね、萌ねぇ。」

「うん、またね。」

萌ねぇはにこやかに答えると、外へと消えていった。


さて、

「・・・・・・」

「・・・・・・」

さきほど、とは違う雰囲気の沈黙が辺りを支配し始める。僕の心拍数ははねあがって収まらない。

ー ぱたん ー

本の閉じる音がする。

彼女が近づいてくるのが、気配で分かる。

僕は緊張して、背筋を伸ばして椅子に座る。もちろん手はきつく拳を握っている。

そんな僕に猫のようにすりよると、彼女はその右手を首筋から鎖骨を通って僕の腰にまわし、僕の肩に顎を乗っけるようにしてからみついてきた。

彼女が呼吸をするたびに僕の耳を空気のそよめきがくすぐり、吐息が僕の鼓膜を刺激する。

長く黒い髪に視界も覆われ、自分が呼吸をする旅に髪の毛の良い匂いが阿片のように僕の頭に浸透していく。

五感の内のほとんどを奪われ、僕は生暖かい沼に徐々に体がしずんでいくような錯覚に陥った。

そんな僕に君は、鈴のような声で語りかけた。

「どうやら僕は、君の事を好きになってしまったようだ。」

半ば分かりきった言葉であったが、予想以上の電撃が頭を走り、僕の声はなかなか言葉にならなかった。

「はぁはぁ、僕は・・・・んっく、はぁ君の・・・こと、を・・・」

「うん。」

ただの相槌ですら、がんがんと頭にひびく。

「僕は、僕は!君のことを、好きになれない。」

言えたとたん、肉体と精神に対する束縛が少し緩まった気がした。

「ふーん。でも、僕は、諦めないよ。」

区切るように発せられた言葉が、からみつく足がら再び僕を蝕む。

僕は必死に誘惑に耐えた。

「でも君が、教室に来てくれるなら。ここから出てきてくれるなら、今は何をされても構わない。」

僕がそれを言い切ると、彼女はするっと僕から離れ、最初僕がグランドを見ていた窓に歩いて言った。

「僕が・・・」

彼女は何かを振り払うように首を振る。

「私が、ここから出ていない事をいつから知っていた?」

「分からない。でもいつ行っても既に君がいるからさ。もしかしたらと思って。」

「なるほど、鎌をかけられた訳だ。」

そう漏らすと彼女は 沈黙を保ち外を眺め始めた。

僕もその沈黙を破ろうとはしない。


おおよそ、10分くらいだろうか。

永遠とも思えたその時間にも終わりはあり、

「ねぇ、」

と振り向いた彼女は少女のように、外見相応に笑っていた。

「この部屋を出るのはやぶさかではないが、菜蔓君。私に何か有ったら君が助けてくれるのだろう。」

彼女の真っ直ぐな視線に僕は答える。

「うん。こんな頼りないボクで良かったら。」

確かにナイトには頼りないな。そう言って彼女は窓を離れ元の自分の席にちかづいていく。

「なら私は明日から教室に出るとしよう。」

しばらく放置されていた本を手に取ると、彼女は僕の隣に座り、椅子をこちらに寄せると黙ってそれを読み始めた。

仕方がないので、僕も自分の本を読み進めることにした。

机に本を広げ、パラパラとページをめくっていると、ふと自分の小指の上に、彼女の小指が重ねられた。

彼女の方を見ると髪の毛で顔は見えないが、肩が細かく震えていた。

そして発せられた彼女の声もか細く揺れていた。

「約束は約束だ。私にはこの権利がある」

「うん。そうだよ。」

僕は答えると恐る恐る彼女の小指に自分の小指を絡めた。

びくっと震えた後、彼女は強くそれを握りかえしてくれた。

強く結ばれた指切りげんまん。

僕は、こんな時間がずっと続けば良いと、そう切に願っていた。

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