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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

端的に言うなれば、僕は怒られた。

いや、萌ねぇの場合は叱られたといのが正しい表現だろう。

要は心配されていたのだ。

「なつ!貴方こんな時間まで何をしてたの?」

別にやましいことは無いのだが、その剣幕に思わずたじろぐ。

「な、何って別に文芸部にいて本の説明を受けていて」

ちょっと遅れたのは謝るけど、と続けようと思ったがそれは萌ねぇの言葉によって遮られた。

「そこが、おかしいって言ってるのよ!」

そこってどこだろう。

萌ねぇは何に対してかくも感情を荒げているのだろう。

分からぬ僕は萎縮するばかりである。

「まぁまぁまぁ」

助け船は思わぬところから入った。

「朝顔くんだって、男の子なんだからさ、色々あるのよ、きっと。」

おっとりと区切るようにしゃべる彼女は、おそらく萌ねぇの友達だろう。

お団子頭が印象的な彼女は、僕に向かってゆったりと微笑んだ。

「でも、校内で逢い引きは感心しないぞ。」

これまたとんでも無い勘違いである。

「ち、違いますよ。」

「だったら何よ!」

ひっ!

だから何で?

萌ねぇ、何で僕攻められてるの?

「・・・貴方、本当に文芸部に行ってたのね?」

萌ねぇの口調が変わる。

「うん。」

紛れもない事実です。

「私の目を見て。」

そう言われて、僕は自分を除き混む鳶色のひとみを見つめ返した。

「貴方、本当に文芸部にいたのね。」

「はい。」

沈黙が流れることしばし、萌ねぇは表情を少し和らげると友人の方へと顔を向けた。

「沙羅、この子嘘ついてない。」

ほっ、分かってもらえたようだ。

「本当に?」

萌ねぇは深くため息をつく。

「私の目の良さは知ってるでしょ?」

この場合の目の良さというのは、何も視力のことに限ってではない。

眼力、というか彼女の目は物事の全てを見抜く。

萌ねぇ曰く、見ようと思って見えない物は無いそうだ。

刀の動線も、

視界に映る僅かな異変も、

そして人の心の中も、

彼女の眼に看破できないものは無い。

「そうよねぇ。しかもその子、私から見ても嘘ついてるようには見えないし。」

「でも、だとしたら不思議よね。」

あの、お二方とも何の話をしているかそろそろ・・・

と思っても言えないのが今の僕。

さっきの今で会話に割り込む程の勇気はありません。

「あっ、ごめん。なつがなおざりだったわね。」

僕の願いが通じてか、二人の意識がこちらにも向いた。

「えっとね、この子は私の友達で」

「どうも始めまして。瀬良 沙羅といいます。朝顔 菜蔓くんよね?話は萌から聞いてるわ。」

そう自己紹介をされて、深々とお辞儀をされた。

年上の方に頭を下げられると、それよりも下げずにはいられないのが僕の性。

「それで?それがどうしたんですか?」

うん。と曖昧な声を発すると萌ねぇは真剣な顔でこちらをみる。

彼女がこの表情をとると、本当に真の剣を突き付けられたように背筋に走る物がある。

「彼女が昼に言った文芸部の子。」

そして、その言葉で僕の脳内で走馬灯の用なスピードで映像が逆再生された。

『ようこそ、文芸同好会へ。』

そう、彼女はそう言ったのだった。

人には偽記憶というものがある。

同好会の事を部と仮称することは良くあることだ。ただしそれは、対となる組織が無いことを限定条件としているが、少なくとも僕はその時この学校に文芸部と文芸同好会の二つがある事を知らずに後者を文芸部と称していた。萌ねぇもおそらくその事を知らずに僕が前者について話していると思ったに違いない。

そして、二人の中であたかも最初から同一の事について話しているという、確認していないにも関わらずそうしたかのような偽の記憶が生まれてしまっていたのだ。

僕がそれを思いだし、萌ねぇに報告しようとしたが、瀬良さんの発言した何気ない一言が僕の推理をひっくり返した。

「んー。名前を間違えるようなややこしい部活も無いんだけどな。」

この場合の部活とは同好会も含む広い意味での部活だろう。それでもなお、可能性を信じて確認する。

「あの、文芸同好会って組織は存在しないんですか?」

瀬良さんはきょとんとした顔で僕の方を見ていいえと否定した。

「昔はね、中等部にそんな組織が有ったらしいけど、文化部の一貫化に伴って高等部の文芸部に吸収されたらしいよ」

瀬良さんは優しく教えてくれたが、その言葉は僕にとって残酷なものとなった。

確かに、あの時最後まで他の部員は現れなかった。

これで辻褄が合う。

じゃあ、あそこは何だったんだろう。

何故彼女は僕を騙したのだろう。

現実を認めたくなかった。

「なつ、なんでそんな事聞いたの?」

そして僕は、現実を受け入れざるを得ない運びとなった。



次の日の朝、僕達4人は早めに学校へと向かった。

一人増えているのは、文芸部の部長さんを伴えていたからである。その方が良いだろうという瀬良さんの判断で、放課後を待たなかったのも早めに解決したいという瀬良さんの要望で、僕が初日の経験からおそらくいるだろうと伝えたところ、このような運びとなった。

「ほら、あそこだよ。」

僕にとってはいつもの時間帯。

校舎の外側からおおよその位置を指差し、やがて目の前に迫った昇降口の扉を、用務員さんからお借りした鍵であける。

―ガチャン

何度行った行為か分からないが、この日ほど鍵が重く、音色が哀しく聞こえた事はない。

そして足早に進む周囲に引きずられるようにして、僕はこの場所、旧図書室にたどり着いた。

自然と僕の周りに空間が出来る。

開けろという無言の圧力に従い、そしてその残酷さを呪った。

わざとゆっくりと扉を引く。

あの美しく儚い、彼女が安らかに眠る光景が、幻のように一瞬頭をよぎり、そして扉は開かれた。

「なんだね。朝から大勢で。」

あからさまに不機嫌な声が場に険悪な空気を醸す。

あの時と違い、彼女はきっちりと標準服を着こなし、図書は整然と整えられていた。

そして僕にはそれに、どこか事務的な冷たさを感じた。

「あの、お聞きしたいことがあるのですが。」

瀬良さんが、こちら側の口火を切った。

あくまで穏やかな口調を崩さす、

「続けたまえ。」

こちらも棘のある口調を崩さなかった。

「実はですね・・・

瀬良さんの説明がどこか遠くから聞こえるようだった。

先ほどから一度も彼女は僕と目を会わせてくれていない。

その事がたまらなく辛く、胸が張り裂けそうなほど痛く、視界がじわりとぼやける。

「ふむ、なるほどそういうことか。」

説明を聞き終えた彼女はちらりと僕の方を見て、微笑んでくれたような気がして、それだけで僕の心はすっと晴れ、現に戻ることが出来た。

「これを見てもらった方が早いだろう。」

そういって彼女が差し出したのは、課外活動申請書なる書類だった。

そこの同好会申請の欄を見ると、団体名に文芸同好会とあり、責任者の欄に茂良 泉、提出日は4月吉日となっていた。

「同好会は一人からでも設立が可能なのでな、今年度から設立させてもらった。まだ知名度が無くて申し訳ないがな。」

何だそういうことか。

という雰囲気が全体に広がる。

特に僕は、彼女の潔癖が証明された事に関してその場に崩れ落ちそうなくらい安堵していた。

「何よそれ!!」

突然の大きさに一同の視線が集中する。

心臓が止まらんばかりに驚いた。

そして声の主はまさかのダークホース。

付き添いできていた文芸部の部長さんであった。

「何でそんなことが許されるわけ? せっかく中高で一緒になって、皆で仲良くやってるのに!部に入れば良いじゃない!貴方のせいで中等部の子達が変な雰囲気になったらどうするの!?」

部長さんの剣幕にも、彼女はどこふく風であった。

「そんなのは、私の知ったことではない。君の部員なら君でどうにか対策を考えたらどうだね。」

「あぁ、もう!なんでこんなのが認可されたんだろう!」

「実際、認可されたのだから、私に言われても困る。」

彼女の一貫した相手にしないといった態度に、とうとう部長さんの怒りは頂点に達したようで、

「私、こんなの絶対に認めないんだから。」

そう言いはなつと、勢いよく扉を閉め出ていった。

困ったのは僕達である、

正直、一応付き添ってもらった人間が、かくもアグレッシブに動くとは思っていなかったのである。

気まずい雰囲気が流れる。

そんな僕らに、彼女はカチャカチャと何か作業をしながら言った。

「まぁ、座りたまえ。」

指示された通り動く他に何かあろうか。

椅子に座り小さくなる僕らに彼女は小振りの陶器を配ると、対面に座って手に持つポットから紅い液体をその中に注ぐ。

この間、双方ともに無言。

「でだ、あれは何だね。」

最後に自分の分を注ぐと、その紅茶にすこし口をつけてから彼女は切り出した。

「あの子はね、文芸部の部長さん。」

今回も答えたのは瀬良さんだった。

本当にありがとうございます。

「あの子、変に部活に熱心でね。その事になると融通効かなくて。本当にごめんなさいね。」

「そうなのよ!しつこく頼んで沙羅から部長の座をもぎ取ったくらいなのよ?」

そこに萌ねぇがフォローを入れる。

「変わった奴なのだな。」

「ほんと、普通文化部の部長なんて誰もやりたがらないのにね。」

これは萌ねぇのお言葉。

「まったくだ。」

ここまで僕は無言。

「でも、連れてきたのは私達だし、失礼したことは謝るわ」

そういって頭を下げる萌ねぇ。

僕もつられて頭下げる。

「うむ、そういう事ならばな。うむ。和解の印ということで、冷めぬ内に飲んでくれるか。」

促されるまま良い香りのする液体を口に入れる。

「美味しい。」

と、それは萌ねぇが漏らすほどのものだったわけで、なんとなく空気も改善され、自然と会話も生まれ、一般生徒の登校するまでには普通に話すようになっていた。(僕を除く)

「泉ちゃん、私この同好会に入っていいかしら?」

と萌ねぇ。

「前から何か文化部に入りたいと思っていたんだ。」

「別に良いが、年上だからといって部長の座は譲らんぞ。」

「そんなつもりはないわよ。泉部長。」

部長と呼ばれた彼女は嬉しそうでそれを隠すためにあえてしかめ面をして萌ねぇに入部届けを差し出した。

「そこに名前を・・ ・うむ。」

皆まで言いきる前に名前を書かれてしまい、どこか膨れっ面の彼女。

「それでは、今朝はこれでお開きにしよう。」

と宣言したのはおそらく逃げだろう。

高等部の二人は校舎が違うので先に行き、僕と彼女とで後片付けをすることになった。

「さっきはごめんね。」

「おや、私はてっきり君が話し方を忘れていたのかと思っていたよ。」

そう言われれば、僕はここに入ってきてから今日初めて喋った気がする。

「それも、ごめん。そ、それよりもさ、なんで紅茶淹れてくれたの?」

「そうでもしないと、自分の感情を押さえられ無かったからだ。」

彼女なりに頑張って大人な対応をしようと思っての結果らしい。その秘密を知れて僕の心は何故か踊った。

「あと、萌ねぇの入部もありがとう。」

「来るものを拒む必要もあるまい。それよりもだ!」

彼女はぱっと振り返り、僕を至近距離から見上げた。

萌ねぇとは違う。吸い込まれそうな黒い瞳。

「君の姉をどうにかしろ!」

そう言って君が軽く叩いた衝撃が、僕の胸に何れほど響くか、自覚はあるのだろうか?

見た目相応な彼女の一面が見れて、僕は頬が緩むのをこらえることができなかった。



そして朝が終わり放課後は本を読んで過ごし、萌えねぇと並んで帰る途中、僕はふと思った。

部長さん、態度はあれだけど言ってる事は正論だったな。

なんで認可されたんだろう。文芸同好会。

それでなんで彼女はあそこまで自信に満ちていたのだろう。

何か、大事な事のような気がしたが、まぁいいか。

今日は彼女の潔癖が証明された事を祝おう。

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